上 下
142 / 490
第十九章 謝罪と贖罪と……食材?

早朝ウォーキングデッド

しおりを挟む
 俺は人生で初めてクッソ忙しいゴールデンウィークを味わった。
 というか、ほぼほぼ巻き込まれたといったほうが正しい表現かもしれない。

 そこで、今回起こった出来事をなるべく忘れないうちに、ノートパソコンにデータ入力する作業を行っていた。
 ミハイルの姉、ヴィクトリアから解放されて帰宅したのも深夜12時を超えていたのだが、この興奮をなるべく早くタイピングしておきたかった。
 夢中でキーボードを打っていると、スマホのアラームが鳴る。
 
「もうこんな時間か……久しぶりの徹夜だな」

 朝刊配達に行かないと。
 俺は家族を起さないように静かに、家を出た。


 毎々新聞、真島店に着くと、店長が朝もはよから元気な声で挨拶してきた。
「ああ、琢人くん! おっは~」
 今日び聞かないあいさつだね。
「おはようございます」
 そう言うと、店長が目を丸くして俺の顔をまじまじと見つめる。
「琢人くん、何かあった?」
「え……」
「きみ、すごく顔が赤いよ」
「お、俺が?」
 配達店の中にあった鏡で自身を見つめる。
 確かに店長の言うように、頬が赤い。

「熱でもある?」
 心配そうに店長が俺のおでこを触る。
「ないねぇ……興奮してるの?」
 ギクッ!
 というか、なんでこの人は俺の心情を必ず当てにきやがるんだ。
 心理学でも学んでのか?

「ちょ、ちょっと小説を書いていたら、徹夜しちゃって……」
 頭の中を駆け巡るアンナちゃん。
 ずっと彼女が脳内で、可愛くダンスしているのが止まらないんです。
 重症ですね。

「そうなんだ。よかったね! きっといい取材ができたんだよ」
 ニカッと目をつぶり、自分のように喜んでくれた。
 マジでこの人の方がお父さんぽいよな。
 付き合いも長いし、俺のダディになってほしいわ。
「そっすね……じゃあそろそろ配達いってきます」
「うん、興奮しすぎてスピードあげたらダメだよ~」
 なんか俺が変態みたいな表現だな……。

 俺は火照った身体を冷ますように、バイクを飛ばす。
 もちろん法定速度で。

 5月に入ったとはいえ、まだ夜明けは肌寒い日が続く。

 
 しかし、あれだな。
 もう何年も朝刊配達やっているんだけども、真っ暗な住宅街をバイクで一人走るのはゾッとする。
 小学生の時なんかはおばけとか信じちゃって、そういう怖さがあったけど。
 今はそんな可愛らしい恐怖じゃなくて、ひとが一番怖いよな。

 だってたまに暴走族に出くわしたりしたときなんかは、からまれるんじゃないかって、ブルっちゃうぜ。
 24時間営業の店の前にあいつらはたむろして、ケラケラ笑っているんだもん。
 
 そう人間が一番この世で怖いんだよ。
 とある家のポストに新聞を入れ込んだ瞬間、パンツ一丁のおじさんが出てきたりするんだぜ。
 俺がビックリして「ギャーッ!」って悲鳴をあげたら、おじさんが暗闇の中でこう囁くんだ。
「若いのに偉いね。おつかれさん」
 ただの優しいおじさんで草も生えそうなのだけど、心臓が破裂しそうだから、もうちょっと派手に出現してほしいものだ。


 そうこうしているうちに、配達ルートの折り返し地点まで来た。
 真島という地域はけっこう坂道が多くて、バイクでも坂を上るのに苦労する。
「トットット……」と音は立てるがあくまでも原動機付のチャリだからな。
 狭い路地へと曲がろうとしたその時だった。

「誰かが見ている……」

 確かに感じるぞ、視線を。
 恐る恐る、振り返る。
 電柱の後ろに人影が見えた。

 心臓の鼓動が早くなる。
 こういう時は落ち着いて行動すべきだ。
 相手は見たところ、徒歩だ。
 だが俺は原チャリに乗っている。
 逃げるが勝ちだ!

 とりあえず、配達は一時中断して、店長のところまで逃げよう。

 俺はそう決断するとアクセルを吹かす。
 エンジンの音で威嚇する意味もある。

 そうして、発進しようとした瞬間、人影もササッと動き始めた。

「う、うひゃあ!」
 恐怖から思わず、アホな声で叫んでしまう。
 だが、マジで怖い。
 殺人鬼だったらどうしよう。
 まだ死にたくないぞ、俺は。

 バイクを猛スピードで走らせたが、例の坂道のせいで思うように速度が上がらない。

「はぁはぁ……早く進みなさいよぉ!」
 ビビりすぎてオネェ言葉になってしまう。

 怖くて後ろを見ることはできないが、確かにその足音は近いづいてくる。
「タタッ…タタッ…」
 と俊敏な動きでこちらへ着実に向かってきた。

「ひ、ひぃぃぃ!」
 もうダメだと思い、目をつぶって死を覚悟した。
 母さん、今までありがとう。
 かなでも元気でな。
 六弦は無視で。
 最後に、一目アンナの笑顔を見たかった。
「アンナ……」
 涙がこぼれおちる。

「止まってください……」
「え…」
 目を開くと、時速40キロは出しているバイクに並んで走っている人間が。
 俺は暴漢か何かと思っていたが。
 そいつは華奢な細い身体の女性だった。
 ただ、めっちゃ両手を振って、全速力でマラソンしている。
「センパ~イ……」
「ぎゃあああ!」
 別の意味でホラーだった。
 
 だって三ツ橋高校の現役JK、赤坂 ひなただったから。
 こんなところにいるなんて思いもしなかった。
 ひなたは真島からJRで2駅も離れている梶木に住んでいる。
 なのに、こいつは今ここにいる。
 奇跡という名の恐怖。
 つまりはストーカーである。

 とりあえず、俺はバイクを止めた。
「はぁはぁ……驚かすなよ、ひなた…」
 ひなたも足をとめるが、全然呼吸が乱れてない。
 こいつはバケモノか?
「センパイ。酷くないですか……この前の取材…」
 ああ、そうだった。あのあと放置してたし、忘れてた。
 長い前髪で目を隠し、だらんと立ちふさがる。
 しかも電柱に潜んでいたという時点で通報レベルだ。

「あ、あれか……本当にすまない」
 とりあえず、頭を下げる。
「いいんですよぉ。私は別に怒ってませんから」
 冷たい……なんて声だ。
 悪寒が走って、膝が震えだす。
 この子、こんなに怖い女子高生だったけ?

「つぐない……してください」
 なにそれ? まさか命で償えってこと?
 ナイフとか持ってないよね……。
「わ、わかった! なんでも言ってみろ」
 彼女の行為はほぼ脅迫に近かった。
「じゃあ……このまま一緒に新聞配達しましょ♪」
 急に笑みを浮かべる。
 声も優しくなった。
 その豹変ぶりが、更にサイコパスだ。
「へ? 配達?」
「はい! 仲良く朝のデートを楽しみましょうよ♪」
 デートになるの?
 君には賃金発生しないよ。


 俺はかなり動揺したが、追ってきた相手がひなただとわかってから、徐々に落ち着きを取り戻した。
 そして彼女にこう切り出す。

「なあ俺はバイクで配達するんだぞ? お前は徒歩じゃないか……ついてこれんだろう」
「センパイったら♪ 私は水泳部のエースなんですよ。余裕ですってば♪ 梶木から走ってきたんですよ?」
 夜中にランニングすな!
 マジで怖いわ。
「わ、わかった。じゃあ一緒に配達するか」
「はい♪」
 そして前髪をかきあげると、笑顔のひなたが確認できた。


 俺はバイクにまたがり、ひなたはそれに平行して走る。
 彼女の凄さというか怖さは、笑顔で「何部配達するんですか?」と全速力で走りながら質問してくるところだ。
 息も乱さず。
 時速30キロは出しているんだぞ……。

 
 やっとのことで配達を終え、俺はバイクを店に返しにいった。
 その間、ひなたは近くの自動販売機で待機してくれた。

 震える手でバイクの鍵を店長に渡すと、「大丈夫? 興奮のしすぎじゃない?」と聞かれた。
 確かに興奮したよね、怖すぎて。

 
 自動販売機にもたれかかるひなたを呼び止める。
「待たせたな」
「ううん、全然大丈夫ですよ♪」
 屈託のない笑顔で俺を迎える。
 前回のひなたとのデートは、確かに俺のせいで彼女を悲しめることになった。

 ズボンのポケットから財布を取り出し、小銭を自動販売機に入れる。
「なあ、何か飲まないか?」
「いいんですかぁ。じゃあ、ホットココアで♪」
「わかった」
 彼女の分と俺のコーヒーを買い、二人で道を歩き出す。
 朝陽がアスファルトを明るく照らす。

 ひなたに暖かいココアを渡すと、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。
 頬に缶を当てて、うっとりしていた。
「あったかい……センパイが私にくれた初めてのプレゼント」
 俺はコーヒーを飲みながら、思った。
 この子、病んでる。

 
 真島駅までたどり着くと、ひなたは満足したようで「JRで帰る」と別れを告げる。
「今日のデート、絶対ラブコメに使えますよね♪」
 そう言って、出勤するサラリーマンたちにまぎれて去っていった。

 いや、絶対に使えないよ……今日の取材は……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕は絶倫女子大生

五十音 順(いそおと じゅん)
恋愛
僕のコンプレックスは、男らしくないこと…見た目は勿論、声や名前まで男らしくありませんでした…。 大学生になり一人暮らしを始めた僕は、周りから勝手に女だと思われていました。 異性としてのバリアを失った僕に対して、女性たちは下着姿や裸を平気で見せてきました。 そんな僕は何故か女性にモテ始め、ハーレムのような生活をすることに…。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

トリビアのイズミ 「小学6年生の男児は、女児用のパンツをはくと100%勃起する」

九拾七
大衆娯楽
かつての人気テレビ番組をオマージュしたものです。 現代ではありえない倫理観なのでご注意を。

処理中です...