上 下
125 / 490
第十七章 新宮ファミリー

家族団らん

しおりを挟む
 気がつくとアンナは、テーブルに乗りきれないぐらいのおかずを並べていた。
 鮭、卵焼き、ウインナー、サラダ、味噌汁、ひじき、きんぴらごぼう……。
 一体、この短時間でどこまで仕込んでいたんだ。

「ふぁあ……おっ! なんだこのメシは!?」
 親父はタンクトップにトランクス姿という、だらしのない格好で現れた。
「キャッ!」
 思わずアンナが目を手で覆う。
「おっと。彼女ちゃんがいたか、悪い悪い」
 とヘラヘラ笑いながら一旦部屋に戻る。


「すまない、アンナ。親父はデリカシーなくてな」
 てか、あなたも男だから寛大になりなよ。
 どこまで乙女なの?
「ご、ごめん。あの人、タッくんのパパさんなの?」
 なんか言い方がいやらしく聞こえるのは俺だけですか。
 パパ活しちゃダメよ。

「ああ、そうだ。無職だが」
「そうなんだぁ……タッくんに似ているね☆」
 え、あんまり嬉しくない。
「よく言われるよ、不本意ながら」
 テーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せていると、誰かが頭のてっぺんをブッ叩く。

「誰が無職だ! いつも言っているだろ、俺はヒーローだと!」
 犯人は自称ヒーロー。
 英雄なら暴力しちゃダメでしょ。
「いってぇ……」
「ところでタク。このお嬢さんのお名前は?」
 親父がそう手のひらをアンナに向ける。
 するとアンナはカチコチに固まってしまった。
 こんな親父に緊張しなくてもいいのに。

「ああ、古賀 アンナだ」
「ど、どうもお父様。アンナです。タッくん……いや琢人くんとは日頃から仲良くさせていただいてます」
 かしこまりすぎ。
「そうかそうか、アンナちゃんか。君はタクと付き合っているんだろ? タクのことをこれからもよろしくな。こいつバカで変態だけど」
 おい! 最後の一言、人格否定だぞ!

「あ、あの……そのアンナとタッくんは…そのぉ」
 頬を赤くして、しどろもどろになる。
 どうやら付き合っていることを否定したいみたいだが、説明に困っているようだ。
 何度か俺のほうをチラチラと見ては助けを求める。

「あのな親父。俺とアンナはそういう仲じゃないんだよ」
 そう言うと、親父は目を丸くした。
「は? お前さんたちどう見ても付き合ってるだろ? 雨の中でびしょ濡れになるまでお互いを気にし続けるような仲じゃないか……って言っているこっちが恥ずかしいわ」
 改めて親父にそう回想されると、俺もなんだかめっちゃはずい。

「あ、あのひょっとしてお父様がアンナを助けてくれたんですか?」
 アンナがそう聞くと、親父はニカッと歯を見せて笑う。
「助けたのはタクだよ。俺は少し車を運転しただけだ」
 違う、そうじゃない。
 正しくは窃盗したパトカーを無断で運転しただけ。
「そうだったんですね……でもありがとうございます!」
 アンナはその場で深々と頭を下げた。

「良いって良いって、俺は人を助けるのが趣味みたいなもんだから」
 若い女子に褒められたもんだから、鼻の下を伸ばして頭をかく。
 アンナは顔を上げると俺の方をチラッと見て、優しく微笑んだ。

「それからタッくんも……」
「お、おう……」
 俺はアンナに釘付けだった。
 親父の存在は無視して、アンナのグリーンアイズに引き込まれる。
 彼女も俺を見つめ、声には出さなかったが唇だけを動かした。
「あ・り・が・と」
 頬が熱くなるのがわかる。

 俺とアンナの甘い二人だけの時を遮断したのは気色の悪い無駄乳だった。
「アンナちゃーーーん!」
 妹のかなでが彼女に飛び掛かる。
 そして中学生には似合わない巨乳をアンナの顔にゴリゴリとなすりつける。

「うぶ……」
 息できてない!
「はぁん、カワイイ、カワイイよん。アンナちゃんってば~」
 そう言うとアンナの白くて柔らかそうなほっぺに自身の頬をすりすり。
「あっ!」
 思わず声が出てしまった。
 俺でさえしたことないのに!

「く、くるし……」
 本当に苦しそうだったので、さすがに止めに入る。
「おい、かなで。アンナが苦しそうだ。そろそろやめてやれ」
 俺がそう言うとかなでは「ハッ」と我に返る。
「おいたが過ぎましたわね……ごめんなさいまし」
 かなではやっとのことで彼女から離れると、スカートの裾を軽くたくし上げて、頭を下げる。

「はじめまして。私、おにーさまの妹、かなでと申しますわ」
 言うて二回目の自己紹介だけどね…。
「え……何を言っているの? かなでちゃ……」
 とアンナも設定を忘れていたようで、言いかけた途中で口に手をあてる。

 それを見ていた親父が、すかさずつっこむ。
「おん? アンナちゃんはかなでと知り合いか?」
 ヤバい、もうボロが出だした。
「あ、いえ、その……」
 尋常じゃないぐらいの大量の汗が、額から吹き出すアンナ。
 俺が助け舟を出す。
「違うんだよ、親父。アンナのいとこに俺のダチがいてな。そいつからかなでのことを聞いてたらしい」
 アンナ=ミハイルなんだよなぁ。
「なるほど……」
 いとも簡単に納得してくれたバカ。


 しばしの沈黙のあと、お袋がよろよろしながらリビングに現れた。
 腰が曲がっていてなんか逝く前の老人みたい。

「六さんや……私を座らせておくれ……」
 いや話し方まで老けちゃったよ。
「おお、琴音ちゃん。腰がブッ壊れたか」
「え、腰?」
 俺はそのワードにしばらく囚われた。
 かなでがそれにいち早く気がつき、俺に耳打ちする。
「おにーさま、昨晩の例のやつですわよ……」
 そういうかなでの声は凍えるような冷たい声だった。
 あ……察し。

 母さんは親父に介護されながらテーブルのイスに座った。
 ヤリすぎて腰をぶっ壊したらしい。

「いやぁ、昨日はスッキリしたなぁ」
 親父はゲラゲラと品のない大声で笑い、それを見たかなでは「フン」と不機嫌そうに首を横にやる。
「そうですねぇ……六さんはまだまだ若いですからねぇ……」
 琴音おばあちゃん、認知症入った?
「なんかすごくいいご家族ですね☆」
 何も知らないアンナが屈託のない笑顔でそう言った。
 事実を知っている俺とかなでは苦笑い。
「そうか?」
「……」
 無言の圧力をかけてくる妹氏。

「だろ、俺の自慢の家族だよ! いつまでもカワイイ琴音ちゃん」
 と言って、ヨボヨボ母さんにほっぺチュー。
「うわぁ大胆☆」
 アンナはなぜか嬉しそうだ。

「それにオタクのタク!」
 と言って失礼な紹介をするクソ親父。
「うんうん」
 なぜか納得するアンナちゃん。

「最後は無駄に乳がデカいかなで!」
 と言ってかなでの顔ではなく乳を指差す。
「え……」
 これには絶句するアンナだったが、例外が一人。
 かなでだ。
「も~う! おっ父様ったら~!」


「じゃあ自己紹介が済んだところで、アンナちゃんお手製の朝ご飯をいただくとするか!」
 なぜお前が仕切っている六弦?
 仕方ないので俺は親父に従って、長いすにアンナ、俺、かなでの順で座る。
 反対側には弱り切った母さんと親父。

「よしみんな手を合わせて~」
 一人、合掌したら死にそうなご婦人がいるんだけど。 

「「「「いただきまーす!」」」」

 俺はアンナが愛情たっぷり注いで作ってくれたご飯を堪能する。
「うむ、アンナの料理はいつ食べてもうまいな」
「ただの卵焼きだよ、それ☆」
 言いながらも嬉しそうに笑うアンナ。

「いや、俺好みの甘い卵焼きだ……俺は卵焼きのプロだが、それを凌ぐ腕だな」
 ソースは俺。
 卵焼きだけを焼き続けて早十年。
 この境地に至るまでにどれだけのひよこたちを犠牲にしたのやら。
 悔しいがアンナは俺と同等かそれ以上だ。

 かなでも「う~ん、おっ母様よりもおいしいかも~」とアル中のように喜ぶ。

 ふと反対側を見ると、親父が母さんに「あーん」と鮭を口に運んでいた。
 いつもなら、こんなことはないのだが……。
 逆に母さんが親父に「あーん」してあげることは多い。特に夜。
 だが今日の母さんは弱りきっているため、ただの介護だ。

「もしゃもしゃ……アンナちゃんはこんなおいしいご飯作れるんだねぇ。タクくんを……お嫁さんにしておくれぇ」
 いや、逆だろ? 俺がアンナを嫁にしないと。
 マジでボケた……?

「は、はい! お母さま、必ずや!」
 なぜか真に受けるアンナ。
 そして、何を思ったのか、鮭を箸で取り俺の口元へ。
「ん? どした?」

「あ、あ~ん……」
 頬を赤くしながら上目遣いで、箸を俺に向ける。

 しばらく俺はその行動に困惑していた。
 すると隣に座っていた、かなでから肘うちを食らう。
「グヘッ!」
 かなでは味噌汁を啜りながら呟いた。
「女の子に恥をかかせないで」


 俺は従うしかなかった。
「あむっ」
「ど、どう?」
「うまい……」
「良かったぁ」
 緊張がほぐれるアンナ。
 しかし俺が懸念していることは鮭の中に骨があったことだ。
 出したいが失礼かと思い飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

W-score

フロイライン
恋愛
男に負けじと人生を仕事に捧げてきた山本 香菜子は、ゆとり世代の代表格のような新入社員である新開 優斗とペアを組まされる。 優斗のあまりのだらしなさと考えの甘さに、閉口する香菜子だったが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...