上 下
93 / 490
第十三章 パーティスクール

芸能人は歯が命

しおりを挟む
 ミハイルのお節介が上手くいったのか、俺は福間から解放された。
 最後なんか、あいつら手まで振ってバイバイしたよ。
 なんか知らんが、俺とアンナのことを応援することで利害が一致したらしい。

 教室に戻ると、何やら騒がしい。
 一人の生徒に円をなして取り囲む。
「なんの騒ぎだ?」
「さあ?」
 俺とミハイルがポカーンとその景色を眺めていると、ほのかが声をかける。

「ねえねえ、知ってた?」
 知らんがな。
「なんのことだ?」

 するとほのかは人だかりを指差して、興奮する。
「芸能人だよ! 一ツ橋高校に入学してたらしいよ!」
「は、なんで芸能人がうちの高校にいるんだよ?」
「だって、通信制じゃない? だからでしょ」
「なるほどな、芸能活動をする際で全日制コースでは支障をきたすというわけか」
 納得、というかそんな有名人が福岡にいたっけ?

「で、誰なんだよ?」
「アイドルの‟もつ鍋水炊きガールズ”のあすかちゃんだよ!」
 なにその胃もたれしそうなグループ。
「誰だよ。ミハイル、知ってるか?」
「ううん、オレはアイドルとか知らないもん」
 素晴らしい回答だ。
 俺もアイドルは好きなほうだけど、そんなローカルアイドルは興味ない。
 というか、存在を知らないんだからどうしようもない。


 俺とミハイルの反応に不満そうなほのか。
「ええ、博多じゃ有名だよ?」
「博多だけだろ? 地元民の俺とミハイルが知らないってことは極々、狭い中で活動してんじゃないのか」
「琢人くんとミハイルくんが疎いだけだよ」
 まあ俺ら歪な関係だし、変わっていることは認めるけど。
 知らんもんは知らん。


「あ、ほのか! 今、タクトのこと、名前で呼んだろ!」
 なんか今日は感情的ですね、ミハイルさん。
「うん、この前、琢人くんと天神の‟オタだらけ”で一緒に買い物してから仲良くなったんだよね」
 いや絶対に仲良くなってない。
 一方的に凌辱マンガを送られただけです。

「はあ!? 聞いてないぞ、タクト!」
 怒りの矛先が俺に向けられる。
「ん? なんで俺がミハイルにいちいち報告しないといけないんだ?」
「そ、それは……オレだって天神に行ったことないのに、ほのかと遊んだからだよ!」
 涙目でブチギレる。
 ガキかよ。
 そう言えば、今度のアンナとのデートは天神だったよな。
 嫉妬ですか、みっともない。


「ほのかと出会ったのは偶然だよ」
「あっ! タクトもほのかのこと下の名前で呼んでる!」
 いちいち、リアクションが忙しいな、こいつ。
「まあまあ、私と琢人くんとはただのホモダチだからね」
 なにを言ってんだこのバカJK。
「ホモダチ?」
 興味を持ったらいかんよ、ミハイル。
「そうそう、BL、百合、エロゲーを差別なく世界に布教するための同志ってことだよ。琢人くんの小説に必要なことなんだって」
 勝手に話をまとめんなよ。
 全然、俺の小説には必要ないジャンルだよ、バカヤロー!

「そっか……タクトの小説に必要なことなんだ」
 納得しないで、ミハイルくん。
「うん、だから琢人くんとはただのホモダチ」
「ならいいぜ☆ ダチなんだろ? ホモダチってのがわかんないけど」
 はぁ、ミハイルはどうしてこんなにも無知なんだろうか。


 3人で話が盛り上がっていると、そこへ一人の少女が割り込む。

「あなたたち! アタシを差し置いてなにを盛り上がってんのよ!」

 そこにはゴスロリファッションの痛々しい女の子が立っていた。
 艶がかった黒い髪で肩まで流すように下ろしている。
 前髪はちょうど眉毛の上で奇麗に揃えられている。
 顔立ちはいい方だが、それよりも表情がきつい。
 美人の部類なのだろうが、我の強い人間だということが一瞬にしてわかる。


「誰だおまえ?」
「はぁ!? アタシを知らないの?」
「知らん」
「オレも初めてみた」
 ポカーンとゴスロリガールを眺める底辺作家とヤンキー。
 超興味ない。

「琢人くん、ミハイルくん……それは酷いよ」
 フォローに入るほのか。
 だが、俺は曲がったことが大嫌いだ。
 知らんやつは知らんと言ってあげたほうがいいだろう。

「アタシは……」
 俯いて肩を震わせる。
 どうやら癪に触れてしまったようだ。

「アタシは芸能人の長浜ながはま あすかよ!」
「「……」」
 俺とミハイルは互いに顔を見つめあい「ねぇ、知ってる?」と問う。

「なによ、その反応!」
「すまんが、知らんな」
「オレも」
 俺たちの一言が彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんですって!?」
 顔を真っ赤にして睨みつける。

 そこへ宗像先生が教室に入ってくる。
「おーい、楽しい楽しいホームルームやるぞ~」
 相変わらず、無駄にデカい乳をブルンブルンと揺らせながら入ってくる。

「ん? 久しぶりだな、長浜」
 どうやら宗像先生は彼女のことを知っているらしい。
 ま、生徒だから当然だよな。
「あ、先生……」
 バツが悪そうに視線を落とす長浜。

「芸能活動も大変だろうが、ちゃんとスクーリングには来いよな」
 ニカッと笑って長浜の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「は、はい……」
 さっきまでの勢いはどうしたもんか、大人しくなる芸能人。

「さ、席につけ~」
 俺たちは宗像先生に言われて黙って各々の席に散らばる。
 長浜とすれ違いざまに、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「覚えておきなさいよ…」
「え?」
 俺が振り返ると、長浜は足早に去っていった。

 一ツ橋って本当に変な高校だよな。


 席に着くと宗像先生が何やら嬉しそうに話を始める。
「ところで今週からゴールデンウイークだよな!」
 クラスの生徒たちはどこか冷めた様子で聞く。
 きっとアラサー女子の寂しい生活でも想像したんだろ。

「だからしてだな、ゴホン!」
 わざとらしい咳払い。
「今日は放課後、みんなでパーティをするぞ!」
 唐突だし、なにを言いだすんだ?
 そんなもん予定に入ってないだろ。

「全員参加だ! 逃げたやつは今日のスクーリングの出席を欠席扱いとする!」
 なんて酷いブラック校則だ。
 じゃあこのまま帰ろうかな。

「以上、朝のホームルーム終了だ!」
 ホームルームって必要?
 この人の愚痴とかわがままに生徒が振り回されているだけじゃん。


 宗像先生が教室から去っていくと俺は授業が始まる前に、トイレに向かおうと思った。
 席を立つ際、先ほどのように長浜にたくさんの生徒が群がっていた。

「ねぇねぇ、あすかちゃん、この前のテレビ観たよ」
「長浜さんって本当にキレイだよね、モデルもやってるし」
「はぁはぁ、あすかちゃん、カワイイよ、カワイイよ……」
 あれ、ガチオタがいるな。

 遠目から見ても確かに美人だが、俺からしたら「あいつが芸能人?」ってレベルに感じる。
 そんな思いで長浜を見つめていたせいか、彼女は俺に感づいてギロッと睨みをきかせる。
 変わったやつだ。

 俺は鼻で笑って、教室を出た。

 トイレに入り、小便器の前に立ってチャックを下ろすと長いため息が出る。
 事に移すと朝からトラブル続きでもう既にクタクタだ。

「朝から元気なやつばかりだ」
 珍しく独り言も出る。

「元気で悪かったわね!」
 空耳かな? なんか女の声が聞こえるんだけど。
 ここって女子トイレじゃないよね?

 左に目を向けると間違いなく女子生徒が仁王立ちしていた。
 その際も俺はまだ放尿中だ。
 やけに今日は水量が多い。
 コーヒー飲み過ぎたかな?

「お、おい……ここは男子トイレだぞ?」
「だからなによ!? あなた、さっきアタシのことを見下してたでしょ!」
 正解だ、だって自称芸能人の長浜さんじゃないですか。
「長浜、とりあえずここから出てっくれよ。お前が今やっていること犯罪に近いぞ」
 だってずっと人が小便しているのに話を続けるんだもん。
「関係ないわ! アタシは‟もつ鍋水炊きガールズ”のセンターで芸能人の長浜 あすかなんだから!」
 なにその傲慢な理由。

「認めなさい! アタシがトップアイドルだってことを!」
「なあ、話の最中で悪いんだけど、あとにしてくんない?」

 俺の小便は延々終わることがなく、女子生徒に局部を見られるという羞恥プレイを強要された。
 もうお嫁にいけない……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...