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第十三章 パーティスクール

芸能人は歯が命

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 ミハイルのお節介が上手くいったのか、俺は福間から解放された。
 最後なんか、あいつら手まで振ってバイバイしたよ。
 なんか知らんが、俺とアンナのことを応援することで利害が一致したらしい。

 教室に戻ると、何やら騒がしい。
 一人の生徒に円をなして取り囲む。
「なんの騒ぎだ?」
「さあ?」
 俺とミハイルがポカーンとその景色を眺めていると、ほのかが声をかける。

「ねえねえ、知ってた?」
 知らんがな。
「なんのことだ?」

 するとほのかは人だかりを指差して、興奮する。
「芸能人だよ! 一ツ橋高校に入学してたらしいよ!」
「は、なんで芸能人がうちの高校にいるんだよ?」
「だって、通信制じゃない? だからでしょ」
「なるほどな、芸能活動をする際で全日制コースでは支障をきたすというわけか」
 納得、というかそんな有名人が福岡にいたっけ?

「で、誰なんだよ?」
「アイドルの‟もつ鍋水炊きガールズ”のあすかちゃんだよ!」
 なにその胃もたれしそうなグループ。
「誰だよ。ミハイル、知ってるか?」
「ううん、オレはアイドルとか知らないもん」
 素晴らしい回答だ。
 俺もアイドルは好きなほうだけど、そんなローカルアイドルは興味ない。
 というか、存在を知らないんだからどうしようもない。


 俺とミハイルの反応に不満そうなほのか。
「ええ、博多じゃ有名だよ?」
「博多だけだろ? 地元民の俺とミハイルが知らないってことは極々、狭い中で活動してんじゃないのか」
「琢人くんとミハイルくんが疎いだけだよ」
 まあ俺ら歪な関係だし、変わっていることは認めるけど。
 知らんもんは知らん。


「あ、ほのか! 今、タクトのこと、名前で呼んだろ!」
 なんか今日は感情的ですね、ミハイルさん。
「うん、この前、琢人くんと天神の‟オタだらけ”で一緒に買い物してから仲良くなったんだよね」
 いや絶対に仲良くなってない。
 一方的に凌辱マンガを送られただけです。

「はあ!? 聞いてないぞ、タクト!」
 怒りの矛先が俺に向けられる。
「ん? なんで俺がミハイルにいちいち報告しないといけないんだ?」
「そ、それは……オレだって天神に行ったことないのに、ほのかと遊んだからだよ!」
 涙目でブチギレる。
 ガキかよ。
 そう言えば、今度のアンナとのデートは天神だったよな。
 嫉妬ですか、みっともない。


「ほのかと出会ったのは偶然だよ」
「あっ! タクトもほのかのこと下の名前で呼んでる!」
 いちいち、リアクションが忙しいな、こいつ。
「まあまあ、私と琢人くんとはただのホモダチだからね」
 なにを言ってんだこのバカJK。
「ホモダチ?」
 興味を持ったらいかんよ、ミハイル。
「そうそう、BL、百合、エロゲーを差別なく世界に布教するための同志ってことだよ。琢人くんの小説に必要なことなんだって」
 勝手に話をまとめんなよ。
 全然、俺の小説には必要ないジャンルだよ、バカヤロー!

「そっか……タクトの小説に必要なことなんだ」
 納得しないで、ミハイルくん。
「うん、だから琢人くんとはただのホモダチ」
「ならいいぜ☆ ダチなんだろ? ホモダチってのがわかんないけど」
 はぁ、ミハイルはどうしてこんなにも無知なんだろうか。


 3人で話が盛り上がっていると、そこへ一人の少女が割り込む。

「あなたたち! アタシを差し置いてなにを盛り上がってんのよ!」

 そこにはゴスロリファッションの痛々しい女の子が立っていた。
 艶がかった黒い髪で肩まで流すように下ろしている。
 前髪はちょうど眉毛の上で奇麗に揃えられている。
 顔立ちはいい方だが、それよりも表情がきつい。
 美人の部類なのだろうが、我の強い人間だということが一瞬にしてわかる。


「誰だおまえ?」
「はぁ!? アタシを知らないの?」
「知らん」
「オレも初めてみた」
 ポカーンとゴスロリガールを眺める底辺作家とヤンキー。
 超興味ない。

「琢人くん、ミハイルくん……それは酷いよ」
 フォローに入るほのか。
 だが、俺は曲がったことが大嫌いだ。
 知らんやつは知らんと言ってあげたほうがいいだろう。

「アタシは……」
 俯いて肩を震わせる。
 どうやら癪に触れてしまったようだ。

「アタシは芸能人の長浜ながはま あすかよ!」
「「……」」
 俺とミハイルは互いに顔を見つめあい「ねぇ、知ってる?」と問う。

「なによ、その反応!」
「すまんが、知らんな」
「オレも」
 俺たちの一言が彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「なんですって!?」
 顔を真っ赤にして睨みつける。

 そこへ宗像先生が教室に入ってくる。
「おーい、楽しい楽しいホームルームやるぞ~」
 相変わらず、無駄にデカい乳をブルンブルンと揺らせながら入ってくる。

「ん? 久しぶりだな、長浜」
 どうやら宗像先生は彼女のことを知っているらしい。
 ま、生徒だから当然だよな。
「あ、先生……」
 バツが悪そうに視線を落とす長浜。

「芸能活動も大変だろうが、ちゃんとスクーリングには来いよな」
 ニカッと笑って長浜の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「は、はい……」
 さっきまでの勢いはどうしたもんか、大人しくなる芸能人。

「さ、席につけ~」
 俺たちは宗像先生に言われて黙って各々の席に散らばる。
 長浜とすれ違いざまに、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「覚えておきなさいよ…」
「え?」
 俺が振り返ると、長浜は足早に去っていった。

 一ツ橋って本当に変な高校だよな。


 席に着くと宗像先生が何やら嬉しそうに話を始める。
「ところで今週からゴールデンウイークだよな!」
 クラスの生徒たちはどこか冷めた様子で聞く。
 きっとアラサー女子の寂しい生活でも想像したんだろ。

「だからしてだな、ゴホン!」
 わざとらしい咳払い。
「今日は放課後、みんなでパーティをするぞ!」
 唐突だし、なにを言いだすんだ?
 そんなもん予定に入ってないだろ。

「全員参加だ! 逃げたやつは今日のスクーリングの出席を欠席扱いとする!」
 なんて酷いブラック校則だ。
 じゃあこのまま帰ろうかな。

「以上、朝のホームルーム終了だ!」
 ホームルームって必要?
 この人の愚痴とかわがままに生徒が振り回されているだけじゃん。


 宗像先生が教室から去っていくと俺は授業が始まる前に、トイレに向かおうと思った。
 席を立つ際、先ほどのように長浜にたくさんの生徒が群がっていた。

「ねぇねぇ、あすかちゃん、この前のテレビ観たよ」
「長浜さんって本当にキレイだよね、モデルもやってるし」
「はぁはぁ、あすかちゃん、カワイイよ、カワイイよ……」
 あれ、ガチオタがいるな。

 遠目から見ても確かに美人だが、俺からしたら「あいつが芸能人?」ってレベルに感じる。
 そんな思いで長浜を見つめていたせいか、彼女は俺に感づいてギロッと睨みをきかせる。
 変わったやつだ。

 俺は鼻で笑って、教室を出た。

 トイレに入り、小便器の前に立ってチャックを下ろすと長いため息が出る。
 事に移すと朝からトラブル続きでもう既にクタクタだ。

「朝から元気なやつばかりだ」
 珍しく独り言も出る。

「元気で悪かったわね!」
 空耳かな? なんか女の声が聞こえるんだけど。
 ここって女子トイレじゃないよね?

 左に目を向けると間違いなく女子生徒が仁王立ちしていた。
 その際も俺はまだ放尿中だ。
 やけに今日は水量が多い。
 コーヒー飲み過ぎたかな?

「お、おい……ここは男子トイレだぞ?」
「だからなによ!? あなた、さっきアタシのことを見下してたでしょ!」
 正解だ、だって自称芸能人の長浜さんじゃないですか。
「長浜、とりあえずここから出てっくれよ。お前が今やっていること犯罪に近いぞ」
 だってずっと人が小便しているのに話を続けるんだもん。
「関係ないわ! アタシは‟もつ鍋水炊きガールズ”のセンターで芸能人の長浜 あすかなんだから!」
 なにその傲慢な理由。

「認めなさい! アタシがトップアイドルだってことを!」
「なあ、話の最中で悪いんだけど、あとにしてくんない?」

 俺の小便は延々終わることがなく、女子生徒に局部を見られるという羞恥プレイを強要された。
 もうお嫁にいけない……。
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