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第八章 ミハイルの家族

徹夜はテンションが高い

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「いいがぁ? ぼうず……」
 もう呂律が回ってないよ、ヴィクトリア。
 かれこれ、数時間も俺はこの酔っ払いにからまれている。
 寝ちゃダメなの、俺は?
 スマホをチラ見すると『2:58』。

「あの……」
「なんだぁ? あたいとエッヂなことでもじだいのがぁ?」
 はぁ、疲れるな、独身アラサーの酔っ払いは。

「俺、そろそろ帰っていいですか?」
 なぜならば、あと一時間で朝刊配達が始まるからだ。
「なんだと!? 泊っていけったろ、坊主!」
 急に立ち上がるヴィクトリア。
 なぜか巨大なクマさんのぬいぐるみを抱えている。
 よっぽど好きなんだな、クマさん。

「いや、俺。仕事があるんで……」
「仕事だぁ? こんな時間に働く仕事なんてあるのか?」
 あるわ、ボケェ!
「新聞配達やっているんです。朝刊と夕刊」
「……ほう、坊主。勤労学生だったのか」
 勤労って……。

「なら仕方ないな……だが、電車は動いてないぞ?」
 げっ! そうだった!
 ど、どうしよう? タクシー使ってもいいけど、金がかかる。
 ただでさえ、うちは俺の収入でどうにかやっているのに……。

「あ、歩いて帰ります……」
 泣きそう!
「席内からか?」
「はい」
 歩いて一時間くらいか。徹夜でウォーキングとか苦行すぎ。

「坊主、バイクの免許持っているか?」
「原付なら……」
「ならあたいのバイクを貸してやる」
 そう言うとヴィクトリアはよろけながら立ち上がる。

「ヒック……こっちこい」
「はぁ」
 手招きされて、家を出る。
 去り際、ミハイルの寝顔を拝んて行く。
 やはり、こいつは可愛いな……。

「ミーシャのことなら後であたいが伝えておくよ」
 見透かされたようにツッコまれる、俺氏。
 ヴィクトリアはミハイルの女装の件を把握しているのだろうか?

 家を出ると春先とはいえ、夜中だ。けっこう冷える。
 階段を下りて、裏庭に出ると物置が見えた。
 ヴィクトリアは物置を開くと、ビニールシートで覆われた大きな物体の埃を落とす。
「久しぶりだからな……動くかな?」
 なんか嫌な予感。
 彼女がビニールシートを勢いよく取り払うと、そこに衝撃のバイクが!

「こ、これは……」
 バイク全体がピンク色で塗装されており、所々にハートやおなじみのクマさんのステッカーが貼られている。
 痛車? 萌車? なにこれ?

「あたいの愛車、『ピンクのクマさん号』だ☆」
 まんまじゃねーか。
「懐かしいなぁ、さっき見せた写真あっただろ? あの頃に乗り回してたんだ」
 族車だった……。

「お借りしてもいいんですか?」
「は? やるよ?」
 いらねぇ!
「それはさすがに……」
 絶対にお断りしたい代物だからな。

「なんだと、坊主……あたいの宝物が気に食わないってのか!?」
 腰をかかがめて、睨むヴィクトリア。
 あの……キモい巨乳が露わになってます。『中身』も見えそうだから、やめてください。

「いえ、宝物ならなおさら……」
 俺がそう言うと、ヴィクトリアはニッコリと微笑む。
「だからだろ☆」
「へ?」
「あたいの宝物はミーシャ。そのダチなんだ……」
 ヴィクトリアは優しく笑いかけて、俺の頭を撫でる。
「だから坊主に託すよ」
 それ俺に託しちゃダメだろ。ミハイルに託せよ。

「ガソリンは入っているんすか?」
「ああ、こんな時のためにちょくちょくメンテしていたからな」
 クソッ! 歩いた方がマシじゃねーか。

「じゃあお借りします」
「やるっつたろ!」
 クッ、忘れてないのかよ。酔っぱらいのくせして!

 俺は痛い族車にまたがる。
 ヴィクトリアは満足そうに微笑む。
「よく似合っているぞ、坊主」
「は、はぁ……」
 バイクに鍵はつけっぱなしだ。
 鍵を回すとエンジンが音を立てて、俺に挨拶する。
 ものは悪くない。しかし、問題は見た目。

「また遊びに来いよ? 坊主」
「はい……何からなにまでお世話になりました」
 もう二度とお世話になりたくない。

「いいってことよ☆」
 俺はアクセルを回して、ゆっくり裏庭から発進する。

 店の前まで来ると、商店街は人っこ一人いないことが確認できた。

「坊主!」
 振り返ると、ヴィクトリアがわざわざお見送り。
「はい?」

 バイクに乗っている俺に近寄り、耳元でささやく。
「ミーシャを泣かしたら……おめぇ、殺すからな☆」
 一回泣かしたから死刑宣告かな?

「はは……俺とミハイルは仲良いですよ?」
「ならいいんだ☆」
 ヴィクトリアは数歩下がり、両手を腰にに回す。
 夜風に吹かれて、美しい金髪が揺れる。
 優しく微笑む彼女はまるで、映画のヒロインのようだ。

 やはり姉弟だな……。
 巨乳じゃなかったら惚れていたかもしらん。

「じゃあ、また……」
 俺はアクセル全開でエンジンをふかす。
 ヴィクトリアは笑顔で手を振っている。

 不思議な女性だ……。
 この人のもとで育ったからこそ、ミハイルはあんなにキラキラと輝く少年になったんだろうな。

 俺は夜道を族車で、走る。
 思い起こせば、こんなに人とちゃんと接したことはなかったろうな。

『そこの原付! 止まりなさい!』

 ミラー越しに背後を確認すれば、パトカーがサイレンを鳴らしている。

「あ……ヘルメットしてなかった」
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