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第八章 ミハイルの家族

お邪魔します

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 その女は無言で店のシャッターを閉じると、振り返ってニヤリと笑う。
「さあ、これで時間はたっぷりできたなぁ、坊主」
 こ、こえ~
 なにこれ? 俺ってば今から殺されるの?

「は、はあ」
「なんだぁ? 男ならシャキシャキ喋れないのか、バカヤロー!」
 バカヤロー? お前の所属している組はどこだよ?

「す、すんません!」
「フン、こっちにこい」
 生唾を飲む。殺されるのかも知らんからな。

 お姉さまことヴィクトリアのあとに続く。
 店の裏に回る。
 どんどん奥へと入っていくと、少しさびた外付け階段が見えてきた。

「あがれ」
「はいっす……」
 どうやら、俺の家同様に店の二階が自宅のようだ。

 階段をあがると、『KOGA』と玄関の標識があった。
 その下には『ヴィッキーちゃんとミーシャ☆』とある。
 ヤンキーのくせして、可愛いことが好きなんだな。この姉弟。

 鍵をあけるヴィクトリア。
 だが、ドアノブに手を回すと舌打ちした。
「クソがっ、ポンコツのドアめが!」
 そう言うと、自宅のドアをガンッガンッ! と蹴りまくった。
「な、なにやってんすか?」
 振り向くその顔は鬼のそれと同じだ。

「ああん? オヤジが残した家だからボロいんだよ。こうやってたまに蹴らないと開かないんだ、よ!」
 ボカン!と何かが壊れた音がした。

「おし、開いたぞ」
 ええ……壊れただろ、絶対。

「ほら?」
 ヴィクトリアは「な☆」と言いながら、ドアが開くところを見せてくれた。

「じゃ、入れ。私はシャワー浴びるから、坊主は適当にくつろいでくれ」
「え?」
「なんだ? 一緒に入りたいのか、このスケベ坊主~」
 むっかつく女だな、コノヤロー!
「ま、ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」
「は、はあ……」
 
 俺は「お邪魔します」と一応、挨拶してから靴を脱ぐ。

 家の中もやはり店と同様のクマのぬいぐるみが一面に並んでいた。
 廊下には夢の国のネッキーのポスターやスタジオデブリのパズルアートが飾ってある。
 本当に男っ気のないところだな。

 そのポスターとポスターの間にトイレや洗面所がオセロのように挟まれている。
 ヴィクトリアは客人の俺を残して洗面所へと向かった。
 洗面所の奥は浴室が見える。
 先ほど俺に言った通り、シャワーを浴びるようで、服を脱ぎだした。
 気がつけば、ブラジャーとパンティーのみ。
 俺は思わず、彼女に背を向けた。
 ヴィクトリアは構わず、鼻歌交じりで浴室の扉を開いたようだった。
 
 どうして、俺の周りの女どもはこうも裸族ばかりなのだ?

 頬が熱くなるのを確認すると、俺は勝手に廊下の奥へと進む。
 だって、ねーちゃんが「ミーシャの部屋に入ってたらどうだ?」とか言ってたしな。

 廊下を抜けるとリビングが中央にあり、左右に二つの部屋があった。
 
 左手の部屋の前には律儀にもネームプレートが貼り付けてあった。
 ハートの形で『ミハイル☆』とある。

 これか、ミハイルの部屋は……すまんが勝手に入るぞ。

 俺は心で一応謝っておきながら、無断で彼の自室に踏み込む。

「なんじゃこりゃ……」

 壁紙はピンク色でハートや星の柄入り……。
 なんかいけないホテルじゃねーか?

 部屋中、ネッキーやその愉快な仲間たちのぬいぐるみでいっぱい。
 もちろん、デブリのドドロやボニョも欠かせない。

 絨毯は安定のネッキーとネニーのチューショット。(キスしているだけに)

「どんだけラブリーなんだよ、ミハイル……」

 彼の趣味はわかってはいたが、いざ部屋にあがってみるとエグいな。
 だって彼女の部屋じゃないんだぜ?
 しかも、なんか甘ったるい匂いがする……。

 俺はリュックサックを床に下ろすと、近くに飾ってあったコルクボードに目をやった。
 たくさんの写真が貼ってある。
 幼いころのミハイル、制服姿のヴィクトリア、そして……。

「これは……あいつの」
 一つの写真が気になった。

 ヤンキーっぽい男性が中央に立ち、たくましい両手で二人の女性の肩を抱いている。
 眩しいぐらいな笑顔で。
 そして、左には制服姿のヴィクトリアらしき少女。
 最後は優しそうに笑う美しい女性。
 金髪でエメラルドグリーンの瞳。

「ミハイルの母さんか……」
 その証拠に女性の両手には生まれて間もない赤ん坊が大事に抱えられている。


「ただいま~っ☆」
 
 俺は慌てて、コルクボードから離れた。
 別にやましい気持ちがあったわけではない。
 だが、以前ミハイルから親は死別していると聞いた。

 勝手に入って、人様の大事なものを土足で踏みにじっているような感覚を覚えたからだ。

「お、おかえり。ミハイル……」

 ミハイルと目があう。
 彼はボンッ! と顔を真っ赤にさせて、俺を部屋から追い出す。

「なんで勝手に入っているんだよ! タクトのバカ!」
「いや、姉さんが入っとけって……」
「冗談に決まってんだろ!」

 そう言うと、彼は「ちょっと待ってろ!」と言って、部屋の扉を乱暴に閉めた。
 バタン! という音と共に、可愛らしいネームプレートがカランカランとゆれた。

 エロ本でも隠してたんか?

 そういうものは共有しようぜ!
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