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第四章 オタク訪問

ヒーローと小説家

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 風呂上がり、いつものルーティンでリビングに向かう。
 冷蔵庫のキンキンに冷えたコーヒーをとるためだ。
 もちろん、背後にはミハイルもいる。
 きゃわゆ~い女物のフリルとレースのピンクパジャマ(ショーパン)

 俺は「本当に『それ』でよかったのか?」と一度訊ねたがミハイルは「ん? なにが?」とキョトンとしていた。
 意味がわからん。
 自分なら罰ゲームとして屈辱を噛みしめるが……。

「ミハイル、お前はなにを飲む?」
「んと……」
 冷蔵庫の中を二人してのぞき込む。
 ミハイルの髪からほのかに甘い香りを感じた。
 頬もくっつきそうなぐらい近距離で、ミハイルは飲み物を物色する。
 こいつ……女だったら最強だったろうな……いろんな意味で。

「じゃあ、オレはこれ☆」
 手に取ったのはいちごミルク。
 これまたカワイイご趣味で。

「いただきまーす☆」
「ああ」
「うぐっ……ごくっ……」
 なんだ? いやらしい音に聞こえるのは俺だけか?
「プッ、ハァハァ……おいし☆」
 よかったね、満面の笑みが見られて、嬉しいです。


「ミーシャちゃん! あとでパジャマパーティーですわよ!」

 と現れた妹のかなで。
 その姿はブラジャーとパンティーのみ。
 キモい巨乳がブルンブルンと上下に揺れて、身震いが起きそうだ。
 まあ見慣れた格好ではあるのだが。(うちの女性陣は基本裸族)

「か、かなでちゃん!?」
 顔を真っ赤にするミハイル。
 フッ、お前も童貞なんだろうな。

「タクト! 見るな!」
 眼前がブラックアウト……。
 どういうことだってばよ?

 ミハイルが赤面していたのは、恥じらっていたからではない。
 どうやら、怒っていたようだ。

「かなでちゃん! 早くお風呂場にいって!」
「なんでですの? これはおにーさまへの今晩のおかず提供ですが?」
「おかず? さっき食べたじゃん!」
 会話になってない。

 俺は視界を塞がれたまま口を動かす。
「かなで。お前の裸なんぞ、俺の脳内では生ごみに分類されている」
「ひどい~! ですわ~」
 ドタバタとやかましい足音が響く。
 どうやら、その場をさったようだ。
 だが、依然と俺の視界はブラック企業なんだが?

「なあミハイル? もうかなでがいないなら、手を放してくれ」
「あっ……ご、ごめん……」
 視界がしばらくボヤけていた。
 目をこすると、俺の前には一人の可愛らしい少女がいた。
 ……だったらよかったのに!

 ミハイルは頬を赤らめてこちらをチラチラと見つめている。
 どうやら俺の顔に触れていたのが、恥ずかしかったようだ。


「さ、ミハイル。そろそろ寝るぞ」
 アイスコーヒーを一気に飲み干すと、自室へとミハイルを連れていく。
「え? もう寝るの?」
「ああ、俺は明朝に仕事がある」
「タクトって小説家以外にも仕事してんの!?」
 そげんビックリせんでも……。

「新聞配達を朝刊、夕刊としているが……」
「それって朝は何時から?」
「明日は午前3時だ」
「わかった!」
 ん? 何がわかったんけ?


 自室に入るとスマホのランプが点灯していることに気がついた。

『一通のメッセージ』

 スマホのアドレス帳といえば、母さん、かなで、それか死んだことになっている六弦ろくげんとかいう男。
 それ以外は『毎々まいまい新聞』の店長、一ツ橋高校。
 あとは……。

 スワイプすれば、ゆるキャラのアイコンだ。
 間違いない、ヤツだ。

『先生、はじめてのスクリーングどうでしたか? そろそろ好きな子とかできませんでした?』
 
 できるか! ボケェ!
 怒りで手が震える。
 こんの『クソ編集』の思いつきで、俺は一ツ橋高校に通うことになったんだ。
 好きな子だと……。

「タクト? 誰からメールなんだ?」
 怪訝な顔つきで俺をのぞき込む、美少女……。
 じゃなかった古賀 ミハイル。

「ああ、コイツか? クソきもいババア」
「ば、ばばあ?」
「そうだ、『もう1つの仕事』の相手だ」
「もーひとつ? ん……あ! 小説のほうだな☆」
「そういうことだ」
「すげーんだな、タクトって☆ 1つも仕事こなして」
 そんな羨望の眼差しせんでも、よかろうもん。

「でも……どうして、タクトの年で仕事してんだ?」
 よくぞ聞いてくれた。
「さっき夕飯のときにも触れたが、六弦とかいう父親が関係している。我が家はほぼ俺の収入で暮らしている」
「え!?」
「というのもだ……母さんの美容室は人を選ぶし、(BLなだけに)一日に10人も集客できない」
「そうなんだ……でも、六弦さん? とーちゃんが働いているんだろ?」
「うむ、残念だが六弦は無職だ」
「……え?」
 その反応が通常だ。

「ヤツのことをかなでが『ヒーロー』と呼称していただろ? まんまだ」
「ど、どういうことだ?」
「六弦はその名の通り、自称『スーパーヒーロー』というボランティア活動をいきがいとしている。だが、その実は無職であり、俺から毎月3万円も無心してくるクズ中のクズだ」

 新宮 六弦。36歳にして無職。ボランティア活動を生きがいとし、震災や災害時には現地にかけつける伝説の男。
 助けられた人々からすれば、ヒーロー扱いなのだが、家族の方からすればさっさと「ハローワークいけや!」が第一声なのだが、母さんが許しているのだ。


「オレ……知らなかった……」
 拳をつくりプルプルと震えるミハイル。
 そうか、お前も怒ってくれるか。

「か……カッコイイ!」

「え?」
「タクトのとーちゃんって超かっけーのな☆」
 ファッ!

「な、なにを言っているんだ? 息子を働かせる父親だぞ?」
「でも……見返りを求めないで、こまっているひとたちを助けているんだろ!?」
 それって美化しすぎてません?
「確かにそうだが……」
「オレ、タクトのとーちゃんに会ってみたい☆」
 そんなに目をキラキラさせんでも。

「だがそれは無理だ。ヤツは日本各地を飛び回っていて、冠婚葬祭をのぞいたら年に3回ぐらいしか帰ってこんぞ? 電話もなかなか出ない」
「そっか……」
 ミハイルが肩を落とす。
 ふと、視線を壁に向ける。
 時計の針は、深夜の0時を指そうとしていた。
 いかん! 睡眠時間が大幅に削られていく。

「すまんがミハイル。俺は寝るぞ」
「え!? さびし……。な、なんでもない!」
 驚いたり怒ったり忙しいヤツだ。
「でも、かなでちゃんとパジャマパーティーするから安心だゾ☆」
 なにが?

「じゃあ、おやすみな」
「うん、タクト……今日はありがとう☆」
 はにかむミハイル。
「どうした? 急に改まって」
「なんでもない☆ おやすみ☆」

 俺は二段ベッドの梯子をのぼり、布団に潜った。
 その日は初めてのスクリーングもあってか、五秒で寝落ちした。
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