お湯屋の日常

蕪 リタ

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パートの案内係

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 今日も沢山たくさんの人であふれかえるロビー。個人客をさばくフロントの横で、今到着したばかりのツアー客達をエレベーターへ誘導する。


「いらっしゃいませ。鍵はお部屋にございますので、こちらのエレベーターまでお進みください。旅程表りょていひょうにある、お部屋番号の階をお願いします」


 今日はバスツアーが多かったようで、エレベーターまでの誘導が多く、時折りいらっしゃった個人のお客様をお部屋にご案内するが、直ぐに終わってしまった。レストランか食事処の配膳の手伝いにでも入るかな。そう思った夕食が忙しくなりだす頃、お客様が途切れたタイミングでフロントの子に声をかけられた。


三木みきさん!今日はバイトの子達も多いし、部屋食も個室も少ないから上がっていいって支配人が言ってました」


 繁忙期じゃない今時期はそれほど忙しくない為、一気に押し寄せるツアーが終わればパートの時間は終わっていいとのことだった。


「折角早く終わったんで、ゆっくりお風呂浸かっていってくださいよ?三木さん達パートさんが居ないとフロントもまわんないから、わざわざ来てくれてありがたいんです」


 誰も口にしないですけどね、なんておどけていう彼女は、どんなに忙しくてもこちらの仕事終わりには必ず一声かけてくれる気遣い屋だ。気を遣いすぎて、上司とりが合わなさそうなのは見てなくてもわかる。社会人としては優しすぎる彼女は、お客様や私のような年配スタッフには、旅の疲れや仕事の疲れを癒してくれる存在だ。出来れば彼女のような人に残って欲しいが・・・・・・こう言ったサービス業は、良い人ほど出て行く不思議がある。

 この間浴場で会った時も、暗い表情をしていた。最近、体調まで崩し始めた彼女。化粧で誤魔化して仕事をしているが、こちらはパートでもベテランと言われるくらい接客しているおばちゃんだから、勿論もちろん気づいてる。きっとまた何か言われて、落ち込んでいるんじゃ・・・・・・と娘のように可愛い彼女が心配になり、声をかけた。


「お疲れ様。大丈夫かい?」
「あ、三木さん・・・・・・お疲れ様です」


 我ながら、大丈夫じゃなさそうな子に言うセリフではなかったと思う。案の定、苦笑いで返された。

 とりあえず気を紛らせてあげようと隣に陣取り、服を脱いで洗い場に連れて行った。仕事上プライベートまで面倒見ると仕事しづらくなるが、構ってあげないと溶けて無くなりそうなくらい暗かった為、わざとかまい倒した。


「ほらほら!ここ座って!おばちゃんが髪も背中も悩みも流してあげるよ!」


 無理矢理鏡の前に座らせて、髪や背中を流していく。途中、消え入りそうな声で「ありがとう」と聞こえたが、水音で聞こえなかったことにした。

 一通り洗い終えると、熱めの湯船に連れて行く。ぬるいと色々考えちゃうからね、あっつあつで何も考えずにゆっくり浸かったらいいさ。

 そんなおばちゃんの考えがわかったのか、彼女は少しはにかみながら黙ってお湯に浸かった。


「・・・・・・あのね、三木さん」
「なんだい?」
「・・・・・・私、結婚するんだ・・・・・・」
「そりゃおめでたいね!おめでとう!」
「ありがとう。それでね、この仕事なんだけど・・・・・・もう少しやりたい事あるんだけどね・・・・・・」


 あぁ、この子は辞めていく人種の中でも、やりたい事が満足に出来なかったタイプなんだね。


「辞めちゃえばいいさ!」
「・・・・・・え?」
「それであんたが元気になるんだったら、いいじゃないかい。元気になってから、また好きなことしたらいいさ。まだ若いんだから」


 驚いた顔に伝うのは、熱々の湯船のせいで流れた汗だということにしておいた。優しいこの子が元気に生きていくなら、おばちゃんも満面の笑みで送り出してあげようと、昨日の珍客がロビーまで入って来た話をして熱々の湯船でもうひと汗かくまで付き合った。
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