不器用なたまご屋店主

蕪 リタ

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中編

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 今日も暑くなりそうなぬるい風が、閉める相方を失った窓から入ってくる。カランといつもより多めの氷を魔法で出し、キンキンに冷えた水をかっくららう。くぅー・・・・・・っ、冷てえ。

 冷水で目も覚めたし、朝飯でも――と思い、いつものたまごに手を伸ばす。あと何かあったか・・・・・・と、振り向いたらそこに居た・・・・・保冷庫を開けた。おお、こおっとるクラーケンの欠片かけらもそろそろ処理しねえとな。朝食う分には少し大きすぎるゲソ一本取り出し、棚から引っ張り出したデカ鍋に水とともにほおり込んだ。

 煮立つまでの間、他に何か入れるものがないか探す。そういえば、裏庭の白ツバードが食べごろだったか。緑の方は周りのとげいても、刻んだとしてもすじが残って触感が悪くなるからかんが・・・・・・白は棘さえ剥けば、シャキシャキの触感がアクセントになるし、味に癖がないから使いやすい。よし、取りに行くか。

 いつも開けない勝手口に手をかけると――あ、ここもだったか。建付けの悪さを忘れていた戸は、案の定ビクともしなかった。今日こそ加減を間違えまいと戸から少し離れ、「じゃく、弱、弱」と頭に浮かべながらパチンと鳴らす。直ぐにカタンと音がして、ギイギイぎこちない音を立てながら開いた。よかった、今日は成功したようだ。うらめしそうに温い風を送ってくる窓を通り過ぎ、勝手口を出た。



 さえぎるものがなくなって直ぐに日差しが照りつけ、暑い。裏庭の右端にある前の住人が残していった、やりたい放題のびのび育っている畑に足を向ける。その中でも最奥にある緑ツバードが生えている一角に、目当ての白様が居る。どうやら、端に生えている木が陰となり、変異して白く育っているようだ。日に当たっている部分だけ緑になって、まだら模様になってる奴も居た。あ、収穫用のはさみ忘れた。取りに行くのも往復するのもこの暑さの中じゃあ面倒だから、諦めて棘に気をつけながら手で折る。ポキッといい音を立てながら折れていく白様を数本収穫し、急いで戻った。

 少しの移動だけで背中に服が張り付く。ひたいの汗をぬぐって、もう一度冷水を注いだカップをあおった。うー・・・・・・っ、やっぱ冷てえ。キーンと冷えが伝わる頭を手根しゅこんで叩きながら、棘を削いだツバードたちを洗っていく。洗い終えたツバードをざく切りにしていくと、丁度ちょうどクラーケンもゆで終えたので、同じくらいの大きさになるまで切り分けた。

 いつものたまご焼きは、たまごを焼いた上に別調理の具材を乗せて巻くが・・・・・・暑さで思った以上に気が削がれてしまったため、大量に割ったたまごをいたところに具材をダイブさせた。おたま、おたま・・・・・・あ、あった。おたまでかき混ぜたたまご液を、残っていたボアの脂身を引いたフライパンに流し込む。ジュゥーッといい音を立てながら広がったたまごをクルッと一回かき混ぜ、フライパンを振る。丸まったたまごを皿に移して――気づいた。あ、下味忘れた。ま、これは俺の朝飯だしいいかと、残ってる大量のたまご液の方に塩とコショウを入れてごまかした。

 焼きあがったばかりのプルンプルンなたまご焼きに、特製だれをつぼからひとさしかけまとわせる。減ってきたな・・・・・・後で足すか。えっと確かこの辺に――あった、あった。たまごで作ったさっぱりめのソースもかける。「またたまごかよ」とか思うなよ? この特製だれとたまごソースがいい味出すんだ。他は、使わないときは飾りになっているカッチカチに乾燥したスカイフィッシュをけずり、ノリ菜と一緒にかけて完成。

 昨夜食べ損ねた冷や飯を微弱の火魔法で温め、いやあぶって?たまご焼きのお供にする。はぁーたまんねぇ。食欲を誘う、特製だれと削ったスカイフィッシュの香ばしい香り。プスッと入ったフォークで切り分けたたまご焼きは、とろりと黄色の汁を垂らす。ビンゴ! 上手く半熟にできたようだ。落ちかけたノリ菜と削ったスカイフィッシュをたまごの上に戻して、落ちないよう器用にフォークを口まで運ぶ。特製だれの甘辛さとノリ菜のしょっぱ辛さの中から、とろりと甘いたまごとぷにぷにしたクラーケンの甘さが広がる。食べ進めると出てきたシャキシャキのツバードの独特の甘みが、たまごの甘さを邪魔せずに顔をのぞかせる。うっめぇ。たまごの余韻に浸った口に、炙っておいた冷や飯を放る。あ、これ何杯でもいけるわ。

 客が途切れたら早めに閉めて、夕飯にでももう一度食べようと残った飯をかきこんだ。


 洗い物を済ませ、今日は常時入ったままの氷を浮かべた水を片手に、煙草に手を伸ばす。そういや、手紙来てたか。相棒に火をつけながら、テーブルやカウンターを一通り見渡すが・・・・・・取って来たはずの手紙が見当たらない。あれ? 取ってなかったか。仕方がないので、重い腰を上げて玄関口へ向かう。

 手紙といえば最近、大陸の東側が何やらきな臭いが――あいつ、確か東の方に行ってたよな。無事なのかな・・・・・・なんて、らしくないことを考えていたせいか、手を伸ばした扉が勝手に・・・開いた。勿論、くだんあいつ・・・が目の前にいる。


「よ!」
「・・・・・・『よ!』じゃねえ。まだ開けてねえんだよ」
「えーいいじゃん。私しか来てないし――入れて? ていうか、たれのいい匂いしてて待・て・な・い!!」


 ね?って、そんな可愛く上目遣いされたら、ほだされんだろ・・・・・・。もう来たもんはしょうがないから、彼女を先に店に入れた。急いでポストからひったくった手紙とともに戻ると、カウンター椅子が少し高いからか、足をブランブランとさせてほおけていた。


「・・・・・・起きてるか? エヴァンジェリーナ」
「あ、お帰り。起きてるよ~」


 何かあったのか、お決まりの「エヴァっていつ呼んでくれるのさ!!」という元気な抗議が来ない。大丈夫か?


「今日の中身なあに?」
「ん? あぁ、クラーケンとツバード」
「クラーケン! 私たちもこの間、クラーケン出るとこまで依頼に行ったんだよ~」
「そういえば、東の方に行ってたな。泡の花は見れたか?」
「見た見た!! クラーケンの大暴れで出来た荒波がわっさーって陸まで来て、岩壁がんぺきに当たりまくって! ホント、見渡す限り泡だらけ! すっごく綺麗だった!!」
「そーか」
「場所、教えてくれてありがとね! ジャンさん」
「・・・・・・おう」


 クラーケンの話につられたのか、エヴァンジェリーナは何事もなかったのように元気になった。以降、エヴァンジェリーナが惚けることはなかった。俺の気のせいだったのか?




 エヴァンジェリーナの相方が来るまでの間、二人っきりであーでもないこーでもないと冒険話に花を咲かせた。俺が旅の話をしてる時のエヴァンジェリーナは、花が咲いたようにふわっと柔らかい表情で聞いていた。笑顔が見れたのはよかったが、心臓に悪い――今夜追加する特製だれは、もしかしたらいつもより甘すぎるかもしれない。
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