やまうみうし

ぼすこ

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中編 ※

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 靴を盛大に汚しながら三十分ほど歩いた後――ようやくと目的地の家について早々、私は思わず息を吞んだ。
「……」
 平屋の家全体をびっしりと囲うように雑草が生い茂っている。
 行き交うはずの人間が踏みしめた形跡がまったくない。
 荒れ放題の庭から見える居間は、私たちを迎え入れるように雨戸が全開になっている。
 そこから漏れ出る電気の灯りさえ視界にいれなければ、私はその場に立ちすくんで動けなかっただろう。私は、靴を脱いで居間から帰宅する少年に続き「お邪魔します」と×××家にあがらせてもらった。

「兄ちゃん。ごめんやけど、今はここで座って待っとって」

 少年はどこかから大きな座布団を持ってきてくれた。
 ありがたくそれを床に置いてもらう最中、気づいたことがある。

『何だか、この子のお腹やけに膨らんでないか?』

 子供はご飯をたくさん食べると大人以上にお腹が前に出やすいらしいが、彼は先ほどまで私と一緒にいて食べ物どころか水も口にしていない。もともとこういう体形だっただろうか。私は首を傾げつつ、居間を隔てる引き戸の奥へと消える少年を見送った。

 その後、二十分ほど経ったろうか。
 私はふかふかの座布団の上で早くも正座を崩しはじめていた。だれも見ていない部屋でいい格好を続けるのはむずかしいものだ。

 あの男の子は何をしにいったんだろう。
 最初は家の中にいる親を呼びに行ったのだと思っていたが、話し声の気配一つしない。
 もしや狐か狸に化かされているのだろうか。
 私の職業上、それは大いに歓迎すべきことであるかもしれないが。
 不安にかられた私はくたびれた足をもう一度立ち上がらせ、あの少年を捜すことにした。彼以外の人間に会えば不審者として通報されるかもしれない。
 だがまあ、そのときはそのときだ。
 意を決して彼が出て行った引き戸を開けると同時に、私は悲鳴をあげそうになるのをなんとかこらえた。

「……な」

 部屋と部屋とを隔てる板張りの廊下――そこに名も知らない小さな生き物がいる。
 手足や目のようなパーツは一切見あたらない。薄青い半透明の体に包まれた、飴玉ほどの小さな赤い心の臓だけは見て取れる。それは規則的な収縮を何度も繰り返していた。作り物ではないようだ。体から出ているぬらぬらした粘液の軌跡を廊下に残しながら、その身をぶるぶる震わせている。
 まるで蛞蝓のようだが、鼠程度の大きさと、鮮やかな色合いから見て、どちらかというと海牛を連想した。
『ばかな。こんな山奥に海牛がいるものか』
 私はその海牛然とした生き物と粘液を大きく避けるように廊下を歩いた――だがすぐにその先でまた同じ生き物を見つけてしまった。
「……」
 もう一匹の軟体動物は、とある部屋の引き戸の隙間から、ぬたり、ぬたりと頭(?)を左右に振りながら現れた。
『もしかすると“あれ”は、この家の主のペットなのだろうか。だがどう見ても離し飼いにする類のものではない。水槽か何かに入れておくのが適切だろう』
 ということは、あれは山から勝手に入ってきた新種の動物か何かだ。そうだ。そうに違いない。そんなことを考えている私の耳に、あの少年の声が滑り込んだ。

「ひっ――あ、あ、ひっ」

 私は己の耳を疑った。
 それは泣き声ではない。嬌声なのだ。
 決してあの太陽をたくさん浴びた、いかにも子供らしい子供一人が出せる声ではない。そんな声が、先ほど“あれ”が出てきた部屋から漏れ出ている。
『だれかが出させている』
 そう気付いた途端、言いようのない気持ち悪さと憤りを覚えた。
 目前の海牛のことなどすっかり忘れてしまうほどの怒りのままに、私はその扉を開いた。あの子が性的な虐待を受けていれば即座に彼を抱えて逃げるつもりだったのだが――そのあまりの惨状に私は言葉を失った。
 そこは、一言で言い表すなら、地獄だった。
「……」
 部屋の内装は、先ほど私がいた居間よりもいくらか小さい普通の畳部屋だ。
 違いは古めかしい床の間と黄ばんだ掛け軸、押入らしき襖があるくらいだろうか。そんなどこにでもある普通の部屋を、少年と“あれら”が地獄にしていた。

「あ、あ、あ、あーっ!」

 どぅるん。ぼと。ぼとぼと。べちゃ。
 一匹。二匹。
 彼は、その小さな尻から、あの海牛のような生き物を産んでいた。
「……兄ちゃんの、あほ。待っとってって、ゆうたやんか」
 立ち尽くす私の姿を視界にいれた四つん這いの彼は、涙で濡れた顔を畳に押し付け隠した。タンクトップの裾を両手で引っ張り股間も隠し始めたが、肝心の尻はまったく隠れていない。尻の穴が、ぷくんぷくん、と開いて閉じるを繰り返している。
 誰のどの尻にもあるだろう窄まりが開閉を繰り返すたび、件の半透明がそこから頭を覗かせた。あの左右に頭を振るしぐさで、ぬちぬち、びちびちと頑張って彼のそこから出ようとしている。
「兄ちゃん。兄ちゃん。あっ、あっ、赤ちゃん。赤ちゃん出えへん。赤ちゃん出したい」
 泣きそうな声で少年は小さな尻をこちらに突き出し、私に助けを求めた。もともとは色白だったのだろうか。彼が履いていた短パンのラインに沿ってくっきりと日焼け跡が残っている。私は湧き上がるすべてを心中で平らにしながら、無心で彼の穴に指を差しいれた。
 そこは熱く、どういうわけか女のように濡れそぼっていた。
 小さい尻の中に詰まった柔い肉が私の指で拡がった穴を閉じようと懸命に収縮する。そのたびに歯のない無垢な赤ん坊に指を吸われているような、妙な錯覚を覚えた。
「……痛かったら、言うんだ」
 そう伝えてから指を二本に増やした。もちろんあの海牛をつまんで引き出すためだ。
 そして空いている左手で饅頭ほどの大きさの尻肉を指が食い込む程度に掴む。すでに私の右手の指が入っている穴の入り口を、左手の親指で乱暴にぐい、とかき分け、更に拡げる。
 断言するが私は決して小児愛者ではない。
 私の手が性急なのは妙に優しくして時間を長引かせたくないし、この地獄のような状況から早く逃げ出したいからだ。
 数十分――それとも数時間後か。
 私が“赤ちゃん”をそこから引き抜くことに成功した途端、少年は背中を大きく反らせ、うつ伏せで倒れこんだ。びくんびくんと痙攣を繰り返している。私は手に持っていた海牛を床に置き、慌てて彼を仰向けにさせると、彼のかわいらしい息子の吐精の痕跡に気付いた。
 少年は射精後の快感の波に翻弄されていたが、やがてそこを露わにしていることを私の視線で感じ取ったようだ。慌ててそこをまたタンクトップの裾で隠してしまった。少年は「見た?」とこちらに問う。嘘をついても仕方ないので、私は正直に「見えた」と答えた。
「……俺な、あかんねん……赤ちゃん産むのんは、ほんとは苦しくて痛いはずやのに、どうしてもちんちんがびゅうーッてなるんや……どんなに我慢しよ思ても赤ちゃん穴が勝手にな、ぐねんぐねんして……」
 今にも泣きだしそうな少年は私の常識の範囲外の悩みを打ち明けてきた。
 言葉に詰まっていると「絶対、だれにも言わんといてな!」と詰め寄ってくる。私は何度も頷いて了承した。
「よかった……なんで兄ちゃんのちんちん膨らんでるん?」
 動揺した私は即座に自分の股間に目をやった――確かに、ズボンの下がはち切れんばかりに怒張している。
「これは……その、君のその“赤ちゃん穴”が女の人の赤ちゃんが出る穴と似ていたから、ちんちんが勘違いしたんだよ」
「え? なんで勘違いするとちんちんが固くなるん?」
「何って……膨らんで固くして、あの穴に入りたいな~ってなるんだ」
「ふーん……変なの」
 先ほどの涙目はどこへやら。心底分からないといった風に首を傾げている。
 どうも彼は自身があれの母体である認識はあれど、それに至る行為の過程についてはまったくの無知らしい。男女の営みと出産を、少しも結びつけていない。
 そのことに気付いた私の中の悪魔が、さも親切そうに優しく囁いた。
「よければ、練習、してみようか?」
 少年はまた首を傾げた。
「練習て何の?」
「もちろん、赤ちゃんを産む練習だよ。君は赤ちゃんを産むたびにちんちんが気持ち良くなっちゃうのが変だと思ってるんだろう?」
 あけすけな私の問いに彼は恥ずかし気に小さく頷いた。
「方法は簡単だ。何度も何度も君の赤ちゃん穴に何かを出し入れして、気持ちいいのに慣れさせればいいんだ」
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