やまうみうし

ぼすこ

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前編

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 川の涼やかなせせらぎに、木々が風で擦り合う音。ここのところテレビかイヤフォンからしか聴いたことがなかった大自然の音色は、やはり生で聴くと違うものだ。今の私が道に迷ってさえいなければ、もっと落ち着いてそう感じられたに違いない。

 携帯の電池が切れてしまい確認できないが、時刻は昼前のはずだ。だが私の視界に映るもの全てはすでに青みがかかっている。山の中は日が暮れるのが早いと聞くが、ここまでだっただろうか。山歩きに慣れてない私は岩に腰を下ろして最悪の結末を想像し、両手で顔を覆った。

 そうしていると、いつのまにか私の隣に腰かける小さな気配に気づいた。すわ妖怪かと背筋に氷を当てられた気分でいると「おっちゃん、何してるん?」という、あきれたような少年の声が耳に届く。恐る恐る己の顔から手をどかすと、そこには血だらけの少年――ではなく、タンクトップに短パンの男の子がいた。

 服装は子供らしいが今時のものではない。紺色の短パンは学校の制服をそのまま履いているだけのようだし、タンクトップにいたってはただの白い無地で肌着に見える。サイズは大人のものなのか襟ぐりが大きく、夏の太陽をたくさん浴びた小麦色の肌が露出していた。

 助かったという気持ちを悟られぬよう、咳ばらいをしてから「君は、この辺りに住んでる子?」と、努めて冷静に質問をする。少年は訝げに頷いた。

 私は藁にもすがる思いで「この辺に×××さんて人の家、知ってるかな」と続けて問うと、少年は「え、俺んちやん!」と目を丸くした。地獄に仏とはこのことだ。

「悪いんだけど君の家まで案内してくれないかな。もちろんお家の人がいいって言えばなんだけど」
 手を合わせて頭を下げるいい年の大人に、色黒の少年は笑って快諾した。

「おっちゃんは何してる人なん?」
 山中の悪路を軽快な足取りで進む小さな男の子の後ろを、やっとの思いでついていく。息を切らせながら彼の問いに答える前に「まだお兄さんだ」と訂正した。

「簡単に言えば、僕は山の中で起こる不思議なことを調べる仕事をしているんだよ。君のお家にもそのために行くんだ」
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