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第5話 絶望。

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「痛いよぉぉ」
「助けて、たすけてぇぇ」

 スズメバチ奇蟲人の体にたくさん生えた、生徒や先生の顔。その呻き声。罪悪感から耳をふさぎたくなる。

 仕方がなかった。ボクには、みんなを助ける力はなかったんだ。既にそう割り切っていたつもりだった。特別な思い入れもない。だけど、やはり見知った顔が苦しむ様を見続けるのは、辛いものがある。

 ボスの弱点は、他の奇蟲人たちと同じように、顔である。本来の頭の位置にあるひときわ大きな顔が、ニヤニヤと不気味に微笑んでいる。早く倒して、せめてみんなを楽にしてあげたい。

「改革。必要なのは改革です」

 などと呟いている。ボスは現在ホバリング飛行を続けている。こちらの出方を見ているのだ。

 奴は素早い。うかつに攻撃するとカウンターを食らう。あの尻尾の毒針は、神使徒ですら致命傷を負う猛毒だ。やはり飛び道具で攻めるか......。

 ボクは右手に意識を集中した。右手が光輝き、バリバリと雷が宿る。この拳で相手を殴れば神雷拳。遠くの敵を撃ち落とすには、さらに意識を集中し「雷」を飛ばせるぐらいまでにする。よし、集まった。

「神雷砲!」

 ボクは右拳を前に突き出し、スズメバチ奇蟲人に雷撃を放った。

 だが、奴は素早い動きでそれをかわす。まぁ予想はしていた。これは不意打ちには有効だけど、面と向かって戦闘態勢な相手にはかわされやすい。何と言っても力を貯めるのに時間がかかる。

 ゲームと一緒か......。このあとボクは肉弾戦に持ち込み、毎回負けていた。でも、やるしかない!

 ボクは拳に雷を宿らせつつ跳躍し、奴の顔面に向けて神雷拳を打つ。だがやはり。ボクの拳が顔面に届くより早く、奴の尾先の毒針が、ボクの腹に到達しそうだ。

「雷光の盾!」

 ボクは雷で構築された盾を左手から出現させ、毒針を防御する。

「ぎょえぇぇっ!」

 奇蟲人の体に電撃が走る。よし、上手くいった。そのままボクの右拳が、奴の顔面を捉える。

「神雷拳!」

 追い討ちをかけるように、右拳からも雷撃を放つ。奇蟲人の体中から、青く輝く雷の光が漏れる。

 だが。これだけでは奴は死なない。その事はよくわかっていた。

 奇蟲人の中心となる顔が、黒焦げになって抜け落ちる。そしてその場所に、新たな顔が出現した。それは先程まで、体にあった顔の一つ。死んだ校長先生のものだった。

「あー、であるからしてー、えー」

 なんかスピーチっぽい事を語り始めた。そう、このボスは、犠牲者の魂を力に変える。奇蟲人に食われた人間が多いほど、強くなってしまうのだ。

 そして、一度でも攻撃を食らった奴は、本気でこちらを殺しにくる。

 ブブブブブ。

 不気味な羽音を立てながら、奴の体から十匹ほどの子供スズメバチが分離する。先程まで奴の体に生えていた顔たちが、子供となって分離したのだ。

 こいつらを上手く殺せれば、本体の顔も減る。つまり復活の回数が減るので、殺しやすくはなる。

 だがそれが難しい。なんと言っても数が多すぎる。

「やーばーばばい!やーばーばばい!」

「へいへいドクターヘイドクター」

 四方八方から意味不明な言葉を発しながら、クラスメイトや先輩、先生の顔をした子スズメバチが襲ってくる。

神雷蹴しんらいしゅう!」

 雷をまとった回し蹴りを放ち、二匹を撃ち落とす。そして残る子供たちと親の同時攻撃を、盾を使ってどうにかかわす。

 これを繰り返せば行けそうな気もするんだけど、だいたい途中で防ぎきれなくなって負けてしまうんだ。子供は次々生まれてくる。

 何度かその攻防を繰り返し、子供は全部出し尽くした。ボクの周囲には、五匹の子供と、親スズメバチがホバリングしている。

 やっとここまで来た。もう少し、もう少しで倒せる。そう思った。

 その気持ちが、油断を生んだのかも知れない。もう何度目かわからない攻防。ボクは子供一匹の攻撃を防ぎきれず、食らってしまった。

「ううっ!」

 毒針が左脚の太ももに突き刺さる。体が痺れていく。子供の毒針には親ほどの致死性はないが、生き物の体をじわじわと麻痺させていくのだ。

 もう、だめだ。生きたまま食われる。他のみんながそうされたように。ボクも激痛と死の恐怖を味わいながら、食べられてしまうんだ。

 子供の一匹が、ボクにかじりつこうと襲ってきた。ボクは覚悟を決めた。だがその次の瞬間。眉間に矢が突き刺さり、そいつは墜落した。そして何やら泡のようなものが、勢いよく他のスズメバチたちの顔に直撃していく。

「へへーっ! 命中!どうだヨッシー!うまいもんだろ!」

「さっすがカオルちゃん! 弓矢の扱いも上手だね!」

 痺れた体でどうにか背後を振り返ると、屋上の出入り口付近に、カオルとヨッシーが立っていた。カオルは弓矢を持っている。多分、弓道部から拝借してきたのだろう。ヨッシーは消化器のホースを構えていた。先ほどの泡は、これか。

 矢が突き刺さった子供は動かない。とどめを刺したいが、体が麻痺して思うように動かない。

「あーっ! うーっ!」

 逃げて! そう叫びたかった。だけど舌も麻痺して、上手く喋れなかった。

「間一髪だったなツバサ! 勝手に一人で行くなよ。オレは守られるのは性に合わねぇんだ。手伝うぜ!行くぞヨッシー!」

「うん!」

 だめだ! 助けに来てくれたのは嬉しい。でも相手が悪すぎる!

「ううーっ!」

 ボクは唸りながら、目で訴えた。逃げて!逃げて!

 四匹の子供と、親スズメバチが、カオルとヨッシーに標的を移す。きっとボクはいつでも殺せると踏んだのだろう。

 そんな。だめだ!やめてくれ......。

 カオルとヨッシーは、必死に戦った。相手が一匹なら、なんとかなったかも知れない。だけど、相手は五匹もいる。

「ヨッシー、助けて、ああっ!」

「カオルちゃん!」

 子供たちに次々と麻痺毒を打たれ、二人は動けなくなった。カオルとヨッシーは手を繋いだまま、頭からバリバリと食べられていった。

 血が吹き出し、内臓が溢れる。

 ボクは気が狂いそうなほどの絶望感に襲われた。涙で視界がぼやけていく。

 ボクの大切な幼なじみの衣服が、ペッと吐き出される。

 そのあと、ボクも食べられた。長く苦痛を味わうように、手足からじっくりと。

 だけどボクの心は、既に死んでいた。体よりも先に、死んでいた。だから痛みは感じなかったように思う。

 最後に頭をボリボリと食われ、ボクは完全に死んだ。

 真っ暗な世界。いや、アプリの画面が見える。画面には、一つの文章が現れていた。

「コンティニュー? はい ●いいえ」

 宝珠が持つ力は様々だ。変身意外にも武器の作成、結界への侵入、そして......コンティニューだ。宝珠の残数は1。取っておいて良かった。

 コンティニューすれば、ステータスの成長、装備はそのままに、時間を巻き戻す。そしてスタート地点から復活する事が出来る。

 ボクは「はい」を選んだ。
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