上 下
1 / 11

第1話 これより宴を開始します。

しおりを挟む
 今は夕方の六時。季節は秋。外はもう暗い。

 石原中学一年三組の教室に残っていた生徒は、ボク以外全員死んだ。

 奇蟲人きちゅうびとに、頭からボリボリと食べられてしまった。ボクは同級生からのイジメにあい、ロッカーに閉じ込められていたから助かった。

 ロッカーの小さな穴から教室の様子を見ていた。あれは間違いなく、奇蟲人だ。蟲の体に人間の頭。ゲームと一緒だ。

 今教室で食事を行なっているのは、カマキリの奇蟲人だ。グロい。グロすぎる。ボクは吐きそうになるのを必死に堪えた。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 昨日の夜、ボクは新作のスマホアプリをダウンロードした。「蟲の宴」というホラーゲームだ。

 無料でありながら、テレビゲームを上回るクオリティに、ボクはのめり込んだ。課金要素はプレイキャラクターの外見の変更や能力の強化、ゲームが有利になるアイテムなどだ。しなくてもクリアは出来そうな、程よい難易度である。

 ボクはすっかりそのゲームにはまってしまい、やり込んだ。夜遅くまでやってしまった為、寝不足気味だった。

 午後の授業はほとんど頭に入ってない。ノートに書かれた文字は、ミミズがのたうったようになっていた。

 放課後。ボクは美術部に行こうと思ったのだが、案の定クラスの不良三人に捕まり、意味もなくロッカーに閉じ込められた。

「俺たちがいいって言うまで、出て来んじゃねーぞ」

 不良のリーダー、弥太郎君が笑いながらそう言った。殴られるのは嫌なので、ボクはおとなしく従った。

 幸いスマホはとりあげられていない。ボクは「蟲の宴」のプレイを再開する事にした。昨日の夜、ボスキャラの手前までは行っていたのだ。

 時を忘れてプレイした。ボスはてごわく、何度もゲームオーバーになった。何十回目かの再チャレンジの時、ゲーム画面がおかしくなった。

「これより、宴を開始します」

 そう画面に表示され、アプリは強制終了した。

「え!? なにこれ!」

 ボクは思わず叫んだ。ゲームが終了した事にではない。突如頭の中に、ゲームの画面が現れたのだ。

 しかも、考えただけで操作出来る。だが見れるのは、アバターや装備、マップが表示されているステータス画面だけだ。

 マップの現在位置は、ボクがいるこの教室になっていた。生存者の表示は青い丸。奇蟲人の表示は赤い丸だ。

 現在教室には、ボクを含めて青い丸が九個表示されている。廊下に表示されていた赤い丸が、教室に侵入した。

「うわぁあああっ! なんだコイツ!」

「きゃああああっ! 」

「ば、化け物ぉっ!」

「痛い痛い!」

「いやぁぁっ! 食べないで、食べっ、ぐぇ」

 居残りしていたクラスメイトたちの悲鳴が、ボクの鼓膜を揺さぶる。

 ボクは怖くて震えていた。叫び声をあげたくなるのを、必死に堪えていた。

 もしもゲームと同じなら、奇蟲人は音に反応する。視認もするが、動かないものは獲物とは判断しない。だから死体も食べない。食べるのは、生きて動いているものだけだ。

 とは言え、一度くらいついたら、骨も残さず食べる。だけど人間の衣服は嫌いみたいで、食事が終わるとペッと吐き出すのだ。

「おかわり、おかわり。食べたいなぁ。もちもちもっちもちー」

 カマキリの奇蟲人は、そんな事をぶつぶつ言いながら教室を出て行った。結構高い声だ。髪も長い。多分女の人の顔なのだろう。

 とりあえず、助かった。だけど、いつまでもこうしている訳には行かない。クラスメイトは別にどうでもいいけど、美術部の部室にはボクの幼なじみが二人もいる。ゲームをしながら、部活に遅れる事をボクはラインで報告していた。この奇怪な状況の直前までやりとりしていたし、まだ部室にいるはずなのだ。彼らだけは、絶対に助けたい。そして生き延びる。

 だけど奇蟲人は不死身だ。一応頭を破壊すれば動きは止まるけど、しばらくすれば再生する。かなりヤバイ存在だ。

 生き延びる為には、変身アイテム「宝玉」を手に入れて「神使徒(かみしと)」に変身しなくてはならない。

 神使徒とは、奇蟲人を倒せる唯一の存在で、様々な特殊能力を持つ。その姿は自分で選ぶ事が出来るが、ボクは背が高いお姉さんをチョイスしていた。背が高く、長く綺麗な黒髪の美人で、おっぱいもめちゃくちゃ大きい。思春期なもんで、性欲みなぎってます。

 だけど「宝玉」は、奇蟲人の頭を破壊しないと出てこない。ゲームみたいに武器があるわけでもないし、一人で手に入れるのは至難の技だろう。

 となると、先に幼なじみの二人を助けに行った方が良いかも知れない。カオルは頭が良いし、ヨッシーは力持ちだ。

 ボクはゴクリと唾を飲み、ゆっくりとロッカーを開ける。きぃぃーと音がして、心臓がバクバクした。

 マップを確認する。良かった、奇蟲人は近くにはいないみたいだ。だけど、奴らは本当に音に敏感だ。獲物を見つけた時のスピードは尋常ではない。慎重に進むべきだろう。

 教室を見渡すと、そこら中に血が飛び散っていた。床には、奇蟲人が吐き出したクラスメイトの衣服がドス黒く染まって散乱している。

 ボクは再び吐き気をもよおしつつ、ゆっくりと血の海を渡った。「恐怖」が最優先し、悲しみなどの感情が麻痺しかけていたのは確かだ。だけどそうじゃなかったとしても、ボクはクラスメイトに対して、特別な感情は湧かなかった。みんなは勉強も運動も出来ないボクを、虫か何かを扱うように見下していた。友情なんてある訳ない。

 不良のリーダー弥太郎君のメガネを見つけた時は、ちょっとだけ「やーい、ざまぁみろ」などと思ってしまった程だ。良くない事だけど、思ってしまったんだから仕方ない。

 もう一度マップを確認する。部室である美術室には、青丸が二つ。良かった、二人とも無事みたいだ。じっと動かないでいる。

 美術室は、二階の奥だ。現在地である一年三組の教室は一階。教室を出てすぐのところにある階段を登り、二年生の教室を全部超えた先にある。

 ボクはそーっと教室から出た。廊下も血の海だ。気をつけないと滑って転ぶかもしれない。

 ゆっくり進む。階段はもうすぐだ。カオル、ヨッシー、待ってて。ボクはゲームだけは得意だから、きっと力になれる。三人で力を合わせて、生き延びようね!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

勇者パーティーをクビになったので魔物のメス堕ち娼婦に再就職した

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:60

処理中です...