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ワールドエンド邂逅編
レイゼル・ワールドエンド
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チッと舌打ちの音ともに、細い煙がくゆって消える。
シガレットではない本物の煙草を吸い、タールを塗りこめたような空を仰ぐ。色は夜のようなのに、星も月も太陽もない。雲もないのに、世界を押し潰すように黒だけが広がる空だ。
そして、授業のざわめきも、校庭を走る生徒の姿もない校舎。
屋上の貯水タンクに寄りかかり、人も動物も居ない、死そのもののような世界をつまらなそうに眺める。
切りっぱなしの金髪を面白くもなさそうに振って、ため息混じりに紫煙を吐き出す。次の煙草に手を伸ばした瞬間、コウは目を細めた。
再び舌打ちをして、吸いかけの煙草を捨て、革靴のつま先で踏み潰した。
「吸っててもいいのに」
「女子供の前で吸う趣味はねェ」
タンクの影からひょっこり現れた銀髪の少女が、にっこり笑ってコウを見上げる。
レースのスカートの裾をひょいとつまんで、吸い殻の山を避けて歩く姿に、コウは苦々しく口を開いた。
「うるせェから志恩には黙ってろよ」
「うん。コウも言わないでね」
私のことは秘密ね、と。
口元に指先を立てて、シーッとジェスチャーする美少女を一瞥して、コウは腕を組んだ。
「ここがコウのムンドゥスなんだね。真っ黒だ」
「お前がなんで居る」
「私はどこにでもいるし、どこにもいない。なんでも知ってるけど、全知には少し足りないぐらいかな」
屋上をキョロキョロ見て回る少女の背中を追いながら、コウは眉をひそめた。
本来、ムンドゥスは影を引き出した者が引き入れる以外で、他人が入る余地はない。だからこその神隠しなのだが──当然のように現れた少女は、コウにとって招かれざる客そのものだ。
とはいえ、不思議には思わない。なぜなら──。
「怪我は治ったのかよ」
「まあ、人間じゃないからね」
「そりゃそうか」
「ねえ、瑛里奈は大丈夫だった? コウが送ったんでしょう?」
「門の前に捨てた」
「サイテーだな!!」
女の子なのに! と、両手を振り上げて怒るレイゼルを横目に耳を塞ぐ。高い声がうるさいと舌打ちすると、ぽかぽか殴られた。
瑛里奈の家は使用人を雇うぐらいの大きな家だ。セキュリティを考えても、インターフォンを鳴らしておいたのだから数分足らずに警備員が来ていると思うのだが、結局説明が面倒で、コウはなすがままに殴られた。
しばらく空を見上げて立っていると、ぽかぽかし疲れたレイゼルが肩でぜーはー息を吐いている。バカだと思ったが、もちろん言わず、コウは別のことを言った。
「お前、何者だ」
「謎の美少女?」
「それはもういい」
その辺の不良なら一瞬で狂乱に陥る鋭い視線を、レイゼルは涼しい顔で受け流す。コウは面白くもなさそうに腕を組んだ。
「なんで志恩に近づいた」
「友達だから」
「あァ?」
「友達を助けるのは当たり前でしょ?」
レイゼルが輝くように笑うと、予想外の理由に虚をつかれてコウは細い目を瞬かせた。
そんなコウを面白そうに見上げ、かわいいスカートをひらめかせて、レイゼルは微笑んだまま口を開いた。
「コウはシオンが心配なんだね」
「……あいつを巻き込むんじゃねェよ。ただの人間だぞ」
「過保護だなあ。シオンはそんなに弱くないよ。パパも子離れしなよ」
「誰がパパだ!」
せめて兄貴分だろと睨みながらコウが吠える。レイゼルは片目をつむって頷いた。
「うんうん、シオンはいいお兄ちゃんを持ったねえ」
「…………お前な」
「私にはシオンが必要で、シオンには私が必要なんだよ」
「志恩にお前が必要?」
からかうような笑みを引っ込めると、まばたきもせずにレイゼルは、いぶかしむコウを見つめて言った。
「私の本質は唯一無二の破滅。私に滅せないモノは無く、私を滅せるモノも無い。でもシオンはそうじゃないでしょ。……だから、私が必要なの。身の内の焔でシオンが焼け死ぬ前にね」
次の瞬間、貯水タンクが爆発した。
大量の水が吹き上がり、水飛沫を上げる。金属の破片を撒き散らして屋上は水びたしになったが、少女はその革靴の先さえ濡れていなかった。
タンクを破壊したプラズマを横目に、レイゼルは腕を組んだ。
黒い稲光を掲げ、パチパチと火花を纏わせた金髪の少年を見上げる。
「お前はそれを知っててあいつに力を渡したのか!!」
「だって、どうしようもなかったもん! 私は、私の身体がこんなに弱いなんて知らなかったし、コウだって」
「うるせェ!」
両手を広げる少女の反論を遮るように、屋上のフェンスが吹き飛んだ。
「……それで、どうするつもりだ」
「何が」
「お前、責任は取るんだろうな。アイツに、至恩に、そんなもんを背負わせる責任は取れよ」
「うん。……わかってる。私が守るよ」
焼け焦げひしゃげて、校庭に落下するグリーンのフェンスをつまらなそうに横目で見て、黒い雷をまとわせた拳を叩き、コウは舌打ちをした。
苛立ちと軽い脅しを含めた一撃に、レイゼルは少しだって怯えることなくコウを見据えていた。この少女はいつも本気だ。が、それが一番たちが悪い。
無意識に手が煙草を探し、雨水に湿気た小箱に眉を寄せるコウを見上げて、レイゼルは口を開いた。
「でもね、コウ」
「あ?」
「シオンなら大丈夫だよ。強い子だからね」
風のない世界に風が吹く。長い銀髪がふわりと巻き上がって、金色の空に照らされる。
「それに、私の力はきっとシオンを助けるよ。この先、私やコウがいなくなっても、生き残れるように」
黒い空の外側から、黄金のオーロラがカーテンを広げるように、世界をうつくしく浸食する。金が黒を喰い尽くす。
その恐ろしくも幻想的な光景に、コウは目を細め、そして目の前の少女を──少女のカタチをした何かを見た。
「もう一度聞くぞ」
「うん」
「ガキ……いや、そうじゃねェな。人間や、化物や、そんなレベルのモンじゃねェ。お前は、何だ。……お前は、何者だ」
フェンスの無くなった屋上から、かわいい革靴が一歩外に出た。手を後ろに組んで、空中で金色の軌跡を描きながらくるりとターンする。
「私? 私はレイゼル。レイゼル・ワールドエンド」
金の空が、黒い空を瓦礫を崩すように崩壊させる。
地に落ちたオーロラが、平坂の街を包み、音もなく消滅させる。
駅前が、高層ビル群が、痛みも苦しみもなく世界が消えていく。その光景に微笑んで、レイゼルは優しく口を開いた。
「私は終り──世界の終焉、この世を終わらせる、ただそれだけの存在」
シガレットではない本物の煙草を吸い、タールを塗りこめたような空を仰ぐ。色は夜のようなのに、星も月も太陽もない。雲もないのに、世界を押し潰すように黒だけが広がる空だ。
そして、授業のざわめきも、校庭を走る生徒の姿もない校舎。
屋上の貯水タンクに寄りかかり、人も動物も居ない、死そのもののような世界をつまらなそうに眺める。
切りっぱなしの金髪を面白くもなさそうに振って、ため息混じりに紫煙を吐き出す。次の煙草に手を伸ばした瞬間、コウは目を細めた。
再び舌打ちをして、吸いかけの煙草を捨て、革靴のつま先で踏み潰した。
「吸っててもいいのに」
「女子供の前で吸う趣味はねェ」
タンクの影からひょっこり現れた銀髪の少女が、にっこり笑ってコウを見上げる。
レースのスカートの裾をひょいとつまんで、吸い殻の山を避けて歩く姿に、コウは苦々しく口を開いた。
「うるせェから志恩には黙ってろよ」
「うん。コウも言わないでね」
私のことは秘密ね、と。
口元に指先を立てて、シーッとジェスチャーする美少女を一瞥して、コウは腕を組んだ。
「ここがコウのムンドゥスなんだね。真っ黒だ」
「お前がなんで居る」
「私はどこにでもいるし、どこにもいない。なんでも知ってるけど、全知には少し足りないぐらいかな」
屋上をキョロキョロ見て回る少女の背中を追いながら、コウは眉をひそめた。
本来、ムンドゥスは影を引き出した者が引き入れる以外で、他人が入る余地はない。だからこその神隠しなのだが──当然のように現れた少女は、コウにとって招かれざる客そのものだ。
とはいえ、不思議には思わない。なぜなら──。
「怪我は治ったのかよ」
「まあ、人間じゃないからね」
「そりゃそうか」
「ねえ、瑛里奈は大丈夫だった? コウが送ったんでしょう?」
「門の前に捨てた」
「サイテーだな!!」
女の子なのに! と、両手を振り上げて怒るレイゼルを横目に耳を塞ぐ。高い声がうるさいと舌打ちすると、ぽかぽか殴られた。
瑛里奈の家は使用人を雇うぐらいの大きな家だ。セキュリティを考えても、インターフォンを鳴らしておいたのだから数分足らずに警備員が来ていると思うのだが、結局説明が面倒で、コウはなすがままに殴られた。
しばらく空を見上げて立っていると、ぽかぽかし疲れたレイゼルが肩でぜーはー息を吐いている。バカだと思ったが、もちろん言わず、コウは別のことを言った。
「お前、何者だ」
「謎の美少女?」
「それはもういい」
その辺の不良なら一瞬で狂乱に陥る鋭い視線を、レイゼルは涼しい顔で受け流す。コウは面白くもなさそうに腕を組んだ。
「なんで志恩に近づいた」
「友達だから」
「あァ?」
「友達を助けるのは当たり前でしょ?」
レイゼルが輝くように笑うと、予想外の理由に虚をつかれてコウは細い目を瞬かせた。
そんなコウを面白そうに見上げ、かわいいスカートをひらめかせて、レイゼルは微笑んだまま口を開いた。
「コウはシオンが心配なんだね」
「……あいつを巻き込むんじゃねェよ。ただの人間だぞ」
「過保護だなあ。シオンはそんなに弱くないよ。パパも子離れしなよ」
「誰がパパだ!」
せめて兄貴分だろと睨みながらコウが吠える。レイゼルは片目をつむって頷いた。
「うんうん、シオンはいいお兄ちゃんを持ったねえ」
「…………お前な」
「私にはシオンが必要で、シオンには私が必要なんだよ」
「志恩にお前が必要?」
からかうような笑みを引っ込めると、まばたきもせずにレイゼルは、いぶかしむコウを見つめて言った。
「私の本質は唯一無二の破滅。私に滅せないモノは無く、私を滅せるモノも無い。でもシオンはそうじゃないでしょ。……だから、私が必要なの。身の内の焔でシオンが焼け死ぬ前にね」
次の瞬間、貯水タンクが爆発した。
大量の水が吹き上がり、水飛沫を上げる。金属の破片を撒き散らして屋上は水びたしになったが、少女はその革靴の先さえ濡れていなかった。
タンクを破壊したプラズマを横目に、レイゼルは腕を組んだ。
黒い稲光を掲げ、パチパチと火花を纏わせた金髪の少年を見上げる。
「お前はそれを知っててあいつに力を渡したのか!!」
「だって、どうしようもなかったもん! 私は、私の身体がこんなに弱いなんて知らなかったし、コウだって」
「うるせェ!」
両手を広げる少女の反論を遮るように、屋上のフェンスが吹き飛んだ。
「……それで、どうするつもりだ」
「何が」
「お前、責任は取るんだろうな。アイツに、至恩に、そんなもんを背負わせる責任は取れよ」
「うん。……わかってる。私が守るよ」
焼け焦げひしゃげて、校庭に落下するグリーンのフェンスをつまらなそうに横目で見て、黒い雷をまとわせた拳を叩き、コウは舌打ちをした。
苛立ちと軽い脅しを含めた一撃に、レイゼルは少しだって怯えることなくコウを見据えていた。この少女はいつも本気だ。が、それが一番たちが悪い。
無意識に手が煙草を探し、雨水に湿気た小箱に眉を寄せるコウを見上げて、レイゼルは口を開いた。
「でもね、コウ」
「あ?」
「シオンなら大丈夫だよ。強い子だからね」
風のない世界に風が吹く。長い銀髪がふわりと巻き上がって、金色の空に照らされる。
「それに、私の力はきっとシオンを助けるよ。この先、私やコウがいなくなっても、生き残れるように」
黒い空の外側から、黄金のオーロラがカーテンを広げるように、世界をうつくしく浸食する。金が黒を喰い尽くす。
その恐ろしくも幻想的な光景に、コウは目を細め、そして目の前の少女を──少女のカタチをした何かを見た。
「もう一度聞くぞ」
「うん」
「ガキ……いや、そうじゃねェな。人間や、化物や、そんなレベルのモンじゃねェ。お前は、何だ。……お前は、何者だ」
フェンスの無くなった屋上から、かわいい革靴が一歩外に出た。手を後ろに組んで、空中で金色の軌跡を描きながらくるりとターンする。
「私? 私はレイゼル。レイゼル・ワールドエンド」
金の空が、黒い空を瓦礫を崩すように崩壊させる。
地に落ちたオーロラが、平坂の街を包み、音もなく消滅させる。
駅前が、高層ビル群が、痛みも苦しみもなく世界が消えていく。その光景に微笑んで、レイゼルは優しく口を開いた。
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