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ワールドエンド邂逅編
これは貸し
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「ボロボロじゃねーかよ」
「面目もございません……」
瓦解した鉄塔の先が、窓に映る。
道路脇のドライブインは当然ながら無人だった。有難くそこに避難し、座敷に倒れていた至恩は、はかろうじて上半身を起こした。
身体は疲弊しきっていて、節々が痛み、まだ心臓の奥で焔が萌えているようだと思う。太陽が心臓に落ちたように熱く、気を抜けば咳き込む胸を抑えて、志恩は困ったように笑った。
「……コウちゃんは元気だね」
「お前とは鍛え方が違うんだよ」
閉め切ったカーテンの隙間から外を覗いていたコウが、何を見たのか舌打ちを残して椅子に座った。
コウのため息を聞きながら、至恩は隣りに視線を移す。傷だらけの二人の少女が、座敷用の座布団の上に眠っている。その光景に眉をひそめ、手を伸ばそうか悩んでやめて、至恩は口を開いた。
「瑛里奈は、……レイゼルは、大丈夫?」
苦しげに吐き出されたその言葉に、わずかに眉を上げるコウ。
他人より自分の心配をしろ、と思ったが、そんな性格だったらこんなことにはなっていないかともう一度ため息を吐いた。
そして、レイゼルを心配そうに見つめる至恩を、じろりと見た。学ランは破れワイシャツは血と泥にまみれ、身体はすり傷打撲だらけ。何よりその左腕は銃と名を呼ぶのもはばかられる酷いものだ。
なめらかに曲線を描いていたフォルムは醜く歪み、破損した状態から無理やり撃った代償で銃口はつぶれ、見る影もなかった。
この世界における肉体、つまりエーテル体の損傷も重要だが――なにより、人の魂に直結する星幽兵器にこれほどの損傷があって、精神崩壊のひとつもせずに無事なのも奇跡だと思ったが、険しい至恩の横顔を眺めて、コウは別のことを言った。
「バカお……あー、いや、瑛里奈は気を失ってるだけだ。大した怪我もねェ。打撲が少しってとこだ。奇跡だな」
「そっか、よかった……よかった。うん……レイゼルは?」
「ガキの方はダメだな。手遅れだ。嘘だバカ、本気にすんな。大丈夫だ、今のところは。息もあるし、止血もした。が、なにせ背中バッサリやられてっからよ」
応急処置でできるのはここまでだな、と冷静に言うコウの言葉を聞きながら、至恩は目を細めた。
コウの言う通り、瑛里奈に大きな外傷は見られないが、レイゼルは違う。ちいさな背中を覆うように巻かれた包帯の痛々しさに、至恩は膝に置いた手をきつく握りしめた。
「救急車は」
「そんなもんあるかよ。ここ出られねェと、無理だろ」
医者なんてこの世界には存在しねェよ。
薄いカーテンの奥から、赤い夜の光が透ける。外に視線を向けてコウがつまらなそうにつぶやいた。
現実に帰るためには、ムンドゥスを作り出した主を倒す必要がある。コウのバイクのシート下に応急セットがあったのは奇跡だが(そのうえ、怪我の手当も手慣れたものだった)、今できるのはそれだけだ。
幼い少女の体力が長く持たないことは分かっている。必要なのは医者で、無人の世界にそんなものはいない。
何か言いかけて、ひしゃげた自分の左腕に歯噛みをし、下を向く。それしかできなかった。できなかった、が、
「……コウ」
名前を呼ばれて、コウが顔を上げる。相変わらず冷めた、それでいて少し驚いたような茶色の目を見て、至恩は言った。
「あのムカデ野郎を倒そう」
「おう」
お互いの拳と拳をぶつけて、同時に頷く。そして、至恩は髪を掻いた。
「とはいえ、どうしよう。この腕」
「ぱぱっと治しゃいいーじゃねェかよ」
「そんな唾つけときゃ治るみたいなノリで言われても」
「アホか。それぐらいテメェで治せねーでどうすんだよ」
「治せるもんなの、これ?」
「そりゃそうだろ。ここを何処だと思ってんだ」
やれやれと肩を下げてため息をつくコウに、志恩は目を瞬かせた。
そんなことも知らないのかと言わんばかりの呆れ返ったコウの視線に、不満そうに唇を尖らせる。
「どこって、えーと、世界の影……星幽界、だっけ? コウちゃんなんで知ってんの」
「常識だろ」
「うそ、これ常識……?」
「で、ここが魂の世界ってそれぐらいは知ってんな?」
「うん。肉体のない世界……レイゼルもそんなこと言ってたな。今の俺は魂で、この星幽兵器は魂の殻だとかなんとか」
この銃が壊れたら至恩も死ぬという話だったが、まだ死んでない。いや、完全に壊れていないからか。
こんなものが魂の外殻と言われても、いまいちピンとこないよなあと首をかしげる至恩へ、コウは釘バッドを見せた。軽く振りぬくと、黒と黄色でカラーリングされたバイクが現れる。一応室内を配慮してか、出したのは一瞬だけだったが。
「この世界で一番大事なのは、イメージだ」
「イメージ?」
「お前の今の身体はお前の現世での記憶、つまり肉体を離れた魂のイメージが作り上げた結果だ。本来、肉体と違って魂に形は無いからな。本来は自由なものを、お前の意識が縛ってんだ。だから、そこをいじってやりゃあいい」
怪訝そうに聞く至恩に、釘バッドの柄を叩きながら、コウが足を組んで笑う。
「重要なのは心象の具現化……お前自身が引きずる現実での固定観念をぶち壊せるかどうかだ。あとは強固なイメージと意思、それに見合うだけのリソースがあれば星幽体を再構築できる。潜在意識の変化がこの世界は顕著だからな」
「コウちゃん知恵熱大丈夫?」
「出してねェよ。バカにしてんのか」
「してないです」
心の声がだだ漏れた。コウにじろりとにらまれて、真顔で首を横に振る。何はともあれ取り繕うように、志恩は真面目な顔で腕を組んだ。
「いやでも星幽兵器ってある程度は基本の形が決まってるって聞いたんだけど。そんなホイホイ変えられるの?」
「バカ。そんなもん、根性と根性と根性だろ」
「根性」
突然の根性論に変な顔をする至恩。
難しい話が続いたが、これは最終的に根性と本能と暴力で片付けてきたパターンだなと半眼で頬杖をすると、コウに睨まれた。それで悩ましげに空を仰いでみたが、イマイチぴんとこない。
「イメージっていわれてもな……」
「イメージと気合いだ気合い。ガッツでいけ」
「ガッツ」
「グダグダ言うんじゃねぇ。いいから目ェ閉じて左腕に集中しろ」
「ええー」
バシッと背中を叩かれて、志恩は不満そうに目を閉じた。
コウに促されるまま、左腕に意識を集中させる。
皮もとい金属一枚で繋がった穴の感触に背筋が震えたが、一つ息を吐いて、これは銃だと思い直す。意識を左腕に向け、集中させる。
銃、銃、銃。イメージしたのは、銀色の銃身を網の目のように張り巡るパス、手の甲のセフィラ。セフィロトの樹。黄金の炎が、肉体から、左腕の銃、樹の幹から枝葉の先まで流れていく。
頭を、手足を、皮膚を、内臓を、金光が身体中に行き届き、髪の毛先を朝露の滴った若葉のように魔力がちらちらと輝いている。
左腕に黄金の螺旋が絡みつく。山肌を流れるマグマのように全身に魔力が流れ込み、どくどくと高ぶる血潮が、心臓が痛いほど動いているのが分かる。
少女の魔力に揺り動かされた、力強く脈打つ生命の鼓動の果てに――かすかな波音を聞いた。
海?と長いまつげをまたたかせて、目を開ける。
瞬間、切り立った崖と暗い海を見た気がした。静かすぎる、生命の死んだ海。太陽の墜ちた空。枯れた大地。灰色の女。
そして、見知った銃。
「至恩!」
「……ッ」
視界が揺れる。二度目の瞬きで目の前に現れたのは、椅子を倒し、血相を変えたコウの姿だった。
肩をぐらぐら揺り動かされたと思ったら、次は勢いよく胸ぐらを掴みあげられ、目を丸くする至恩。なぜ怒られるのか、状況がさっぱりわからず、狼狽えたまま両手を上げた。
「な、なに?」
「何じゃねえ! それは俺のセリフだ。なんなんだ、こいつは!!」
「これって」
「だから、これはお前のかって聞いてんだよ、志恩」
「海のこと?」
「はァ?」
茶色の猫目石の双眼に怪訝そうな色を浮かべて、コウがため息をつきながら志恩の胸ぐらから手を離す。
理不尽だと思いながら、ボタンの外れかけたシャツを直し、何気なく両腕を上げ、そしてハッと左腕を見る。動作に、何の違和感もなかった。
「……治って、る」
「当たり前だろ。こんなアホみてーな魔力がありゃあな」
「魔力?」
「まさか知らねェなんていうなよ。これを」
コウが言うこれの意味にやっと合点が言って、志恩は目を細めた。
おもむろに手を伸ばす。コウが睨んだ視線の先、自分の身体を中心にに広がる金の波紋に触れる。いくつも重なった細い金糸からこぼれる光の粒は、熱くも冷たくもなく、だだ、粉雪のように指先で融けた。
「志恩、お前か」
「いや、……俺のじゃないよ。レイゼルだ」
金の光が、月に昇る蛍のように消えていく。左腕を──まったく元通りになった銃をなでて、呟く。
腕を覆う滑らかな金属、手の甲にむかって丸みを帯びる銃身。金糸が銀糸に変化したかと思うと、光輝く神秘文字が打刻される。銀光がパスを走り、生命の樹の枝先、十の果実に七色の光が燃え宿った。
「……レイゼル?」
銃を注視する志恩から視線を外し、コウは木の根元に横たわる少女を見た。
傷に触らないよううつぶせに寝かせたはずだが、今は痛みに呻いたか胎児のように丸まって寝ている。
豪奢な銀髪は苦しげに地面に散らばり、白すぎる肌は人間というよりは人形を思わせた。わずかに細い肩が上下しているから、生きてはいるだろう。印象的な赤い瞳は、伏せられたまま、ぴくりともしない。
「ところでなんでコウちゃん色々詳しいの」
「そりゃ、お前より長く生きてっからな」
「長いっても二歳だけじゃん」
レイゼルを見つめたままのコウに、左腕の確認をしながら聞くと、相手はにやりと面白そうに笑った。
コウとの付き合いは初等部からで、長い付き合いだ。それなのに、コウにこんな一面があるとは知らなかった。いや、そもそもこんな化け物世界があるなんて普通は想像もつかないが。
まあでも、化け物相手に喧嘩してるんだから、人間なんか大した問題じゃないよな。
進級当日に高等部の生徒に絡まれていた金髪頭を思い出して、しみじみ頷く。だから留年二年目を迎えたというか、それはさておき、ほんの数時間前までそこにあった日常に思いをはせたあと、至恩はコウにつられるようにレイゼルを見た。そして、黒髪の少女を見て、立ち上がった。
行ってくると別れを告げるのも、ごめんと謝るのも所詮は自己満足にすぎない。青白い頬に何も言えなくて、ただ、破けた学ランをかけることしかできなかった。
「じゃあ、行こうか」
一つ息を吐いて、振り返る。
虫退治だと左腕を銀に輝かせて至恩が言うと、コウはちいさく口元をゆがめながらポケットからライダーグローブを取り出した。
「お前はムカデ野郎に行け」
「わかってる。二人のこと頼んだよ」
「バカ、誰に言ってんだ」
ガラスを割った自動ドアから出ると、コウがバイクを出して待っていた。
赤々と燃える山を見上げて頷くと、コウがつまらなそうに舌打ちをするから、至恩は思わず微笑んだ。
街を制圧した巨大な芋虫達が、続々と山を登ってくる。斜面を崩し、木々をなぎ倒し、国道を我が物顔で歩く芋虫の大行進に、コウは動じることもなくスタンドをかけてバイクに乗り込む。
エンジンを吹かし、そのついでに至恩の肩を叩く。
「これは貸しだぜ」
「明日の昼は奢るよ」
にっこり笑ってコウの肩を叩き返し、志恩は山頂に向かって走り出した。
「面目もございません……」
瓦解した鉄塔の先が、窓に映る。
道路脇のドライブインは当然ながら無人だった。有難くそこに避難し、座敷に倒れていた至恩は、はかろうじて上半身を起こした。
身体は疲弊しきっていて、節々が痛み、まだ心臓の奥で焔が萌えているようだと思う。太陽が心臓に落ちたように熱く、気を抜けば咳き込む胸を抑えて、志恩は困ったように笑った。
「……コウちゃんは元気だね」
「お前とは鍛え方が違うんだよ」
閉め切ったカーテンの隙間から外を覗いていたコウが、何を見たのか舌打ちを残して椅子に座った。
コウのため息を聞きながら、至恩は隣りに視線を移す。傷だらけの二人の少女が、座敷用の座布団の上に眠っている。その光景に眉をひそめ、手を伸ばそうか悩んでやめて、至恩は口を開いた。
「瑛里奈は、……レイゼルは、大丈夫?」
苦しげに吐き出されたその言葉に、わずかに眉を上げるコウ。
他人より自分の心配をしろ、と思ったが、そんな性格だったらこんなことにはなっていないかともう一度ため息を吐いた。
そして、レイゼルを心配そうに見つめる至恩を、じろりと見た。学ランは破れワイシャツは血と泥にまみれ、身体はすり傷打撲だらけ。何よりその左腕は銃と名を呼ぶのもはばかられる酷いものだ。
なめらかに曲線を描いていたフォルムは醜く歪み、破損した状態から無理やり撃った代償で銃口はつぶれ、見る影もなかった。
この世界における肉体、つまりエーテル体の損傷も重要だが――なにより、人の魂に直結する星幽兵器にこれほどの損傷があって、精神崩壊のひとつもせずに無事なのも奇跡だと思ったが、険しい至恩の横顔を眺めて、コウは別のことを言った。
「バカお……あー、いや、瑛里奈は気を失ってるだけだ。大した怪我もねェ。打撲が少しってとこだ。奇跡だな」
「そっか、よかった……よかった。うん……レイゼルは?」
「ガキの方はダメだな。手遅れだ。嘘だバカ、本気にすんな。大丈夫だ、今のところは。息もあるし、止血もした。が、なにせ背中バッサリやられてっからよ」
応急処置でできるのはここまでだな、と冷静に言うコウの言葉を聞きながら、至恩は目を細めた。
コウの言う通り、瑛里奈に大きな外傷は見られないが、レイゼルは違う。ちいさな背中を覆うように巻かれた包帯の痛々しさに、至恩は膝に置いた手をきつく握りしめた。
「救急車は」
「そんなもんあるかよ。ここ出られねェと、無理だろ」
医者なんてこの世界には存在しねェよ。
薄いカーテンの奥から、赤い夜の光が透ける。外に視線を向けてコウがつまらなそうにつぶやいた。
現実に帰るためには、ムンドゥスを作り出した主を倒す必要がある。コウのバイクのシート下に応急セットがあったのは奇跡だが(そのうえ、怪我の手当も手慣れたものだった)、今できるのはそれだけだ。
幼い少女の体力が長く持たないことは分かっている。必要なのは医者で、無人の世界にそんなものはいない。
何か言いかけて、ひしゃげた自分の左腕に歯噛みをし、下を向く。それしかできなかった。できなかった、が、
「……コウ」
名前を呼ばれて、コウが顔を上げる。相変わらず冷めた、それでいて少し驚いたような茶色の目を見て、至恩は言った。
「あのムカデ野郎を倒そう」
「おう」
お互いの拳と拳をぶつけて、同時に頷く。そして、至恩は髪を掻いた。
「とはいえ、どうしよう。この腕」
「ぱぱっと治しゃいいーじゃねェかよ」
「そんな唾つけときゃ治るみたいなノリで言われても」
「アホか。それぐらいテメェで治せねーでどうすんだよ」
「治せるもんなの、これ?」
「そりゃそうだろ。ここを何処だと思ってんだ」
やれやれと肩を下げてため息をつくコウに、志恩は目を瞬かせた。
そんなことも知らないのかと言わんばかりの呆れ返ったコウの視線に、不満そうに唇を尖らせる。
「どこって、えーと、世界の影……星幽界、だっけ? コウちゃんなんで知ってんの」
「常識だろ」
「うそ、これ常識……?」
「で、ここが魂の世界ってそれぐらいは知ってんな?」
「うん。肉体のない世界……レイゼルもそんなこと言ってたな。今の俺は魂で、この星幽兵器は魂の殻だとかなんとか」
この銃が壊れたら至恩も死ぬという話だったが、まだ死んでない。いや、完全に壊れていないからか。
こんなものが魂の外殻と言われても、いまいちピンとこないよなあと首をかしげる至恩へ、コウは釘バッドを見せた。軽く振りぬくと、黒と黄色でカラーリングされたバイクが現れる。一応室内を配慮してか、出したのは一瞬だけだったが。
「この世界で一番大事なのは、イメージだ」
「イメージ?」
「お前の今の身体はお前の現世での記憶、つまり肉体を離れた魂のイメージが作り上げた結果だ。本来、肉体と違って魂に形は無いからな。本来は自由なものを、お前の意識が縛ってんだ。だから、そこをいじってやりゃあいい」
怪訝そうに聞く至恩に、釘バッドの柄を叩きながら、コウが足を組んで笑う。
「重要なのは心象の具現化……お前自身が引きずる現実での固定観念をぶち壊せるかどうかだ。あとは強固なイメージと意思、それに見合うだけのリソースがあれば星幽体を再構築できる。潜在意識の変化がこの世界は顕著だからな」
「コウちゃん知恵熱大丈夫?」
「出してねェよ。バカにしてんのか」
「してないです」
心の声がだだ漏れた。コウにじろりとにらまれて、真顔で首を横に振る。何はともあれ取り繕うように、志恩は真面目な顔で腕を組んだ。
「いやでも星幽兵器ってある程度は基本の形が決まってるって聞いたんだけど。そんなホイホイ変えられるの?」
「バカ。そんなもん、根性と根性と根性だろ」
「根性」
突然の根性論に変な顔をする至恩。
難しい話が続いたが、これは最終的に根性と本能と暴力で片付けてきたパターンだなと半眼で頬杖をすると、コウに睨まれた。それで悩ましげに空を仰いでみたが、イマイチぴんとこない。
「イメージっていわれてもな……」
「イメージと気合いだ気合い。ガッツでいけ」
「ガッツ」
「グダグダ言うんじゃねぇ。いいから目ェ閉じて左腕に集中しろ」
「ええー」
バシッと背中を叩かれて、志恩は不満そうに目を閉じた。
コウに促されるまま、左腕に意識を集中させる。
皮もとい金属一枚で繋がった穴の感触に背筋が震えたが、一つ息を吐いて、これは銃だと思い直す。意識を左腕に向け、集中させる。
銃、銃、銃。イメージしたのは、銀色の銃身を網の目のように張り巡るパス、手の甲のセフィラ。セフィロトの樹。黄金の炎が、肉体から、左腕の銃、樹の幹から枝葉の先まで流れていく。
頭を、手足を、皮膚を、内臓を、金光が身体中に行き届き、髪の毛先を朝露の滴った若葉のように魔力がちらちらと輝いている。
左腕に黄金の螺旋が絡みつく。山肌を流れるマグマのように全身に魔力が流れ込み、どくどくと高ぶる血潮が、心臓が痛いほど動いているのが分かる。
少女の魔力に揺り動かされた、力強く脈打つ生命の鼓動の果てに――かすかな波音を聞いた。
海?と長いまつげをまたたかせて、目を開ける。
瞬間、切り立った崖と暗い海を見た気がした。静かすぎる、生命の死んだ海。太陽の墜ちた空。枯れた大地。灰色の女。
そして、見知った銃。
「至恩!」
「……ッ」
視界が揺れる。二度目の瞬きで目の前に現れたのは、椅子を倒し、血相を変えたコウの姿だった。
肩をぐらぐら揺り動かされたと思ったら、次は勢いよく胸ぐらを掴みあげられ、目を丸くする至恩。なぜ怒られるのか、状況がさっぱりわからず、狼狽えたまま両手を上げた。
「な、なに?」
「何じゃねえ! それは俺のセリフだ。なんなんだ、こいつは!!」
「これって」
「だから、これはお前のかって聞いてんだよ、志恩」
「海のこと?」
「はァ?」
茶色の猫目石の双眼に怪訝そうな色を浮かべて、コウがため息をつきながら志恩の胸ぐらから手を離す。
理不尽だと思いながら、ボタンの外れかけたシャツを直し、何気なく両腕を上げ、そしてハッと左腕を見る。動作に、何の違和感もなかった。
「……治って、る」
「当たり前だろ。こんなアホみてーな魔力がありゃあな」
「魔力?」
「まさか知らねェなんていうなよ。これを」
コウが言うこれの意味にやっと合点が言って、志恩は目を細めた。
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「志恩、お前か」
「いや、……俺のじゃないよ。レイゼルだ」
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「……レイゼル?」
銃を注視する志恩から視線を外し、コウは木の根元に横たわる少女を見た。
傷に触らないよううつぶせに寝かせたはずだが、今は痛みに呻いたか胎児のように丸まって寝ている。
豪奢な銀髪は苦しげに地面に散らばり、白すぎる肌は人間というよりは人形を思わせた。わずかに細い肩が上下しているから、生きてはいるだろう。印象的な赤い瞳は、伏せられたまま、ぴくりともしない。
「ところでなんでコウちゃん色々詳しいの」
「そりゃ、お前より長く生きてっからな」
「長いっても二歳だけじゃん」
レイゼルを見つめたままのコウに、左腕の確認をしながら聞くと、相手はにやりと面白そうに笑った。
コウとの付き合いは初等部からで、長い付き合いだ。それなのに、コウにこんな一面があるとは知らなかった。いや、そもそもこんな化け物世界があるなんて普通は想像もつかないが。
まあでも、化け物相手に喧嘩してるんだから、人間なんか大した問題じゃないよな。
進級当日に高等部の生徒に絡まれていた金髪頭を思い出して、しみじみ頷く。だから留年二年目を迎えたというか、それはさておき、ほんの数時間前までそこにあった日常に思いをはせたあと、至恩はコウにつられるようにレイゼルを見た。そして、黒髪の少女を見て、立ち上がった。
行ってくると別れを告げるのも、ごめんと謝るのも所詮は自己満足にすぎない。青白い頬に何も言えなくて、ただ、破けた学ランをかけることしかできなかった。
「じゃあ、行こうか」
一つ息を吐いて、振り返る。
虫退治だと左腕を銀に輝かせて至恩が言うと、コウはちいさく口元をゆがめながらポケットからライダーグローブを取り出した。
「お前はムカデ野郎に行け」
「わかってる。二人のこと頼んだよ」
「バカ、誰に言ってんだ」
ガラスを割った自動ドアから出ると、コウがバイクを出して待っていた。
赤々と燃える山を見上げて頷くと、コウがつまらなそうに舌打ちをするから、至恩は思わず微笑んだ。
街を制圧した巨大な芋虫達が、続々と山を登ってくる。斜面を崩し、木々をなぎ倒し、国道を我が物顔で歩く芋虫の大行進に、コウは動じることもなくスタンドをかけてバイクに乗り込む。
エンジンを吹かし、そのついでに至恩の肩を叩く。
「これは貸しだぜ」
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