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ワールドエンド邂逅編
プロトタイプ・デカ①
しおりを挟む「シオンほんとばかじゃないの!?」
「うるさいよ」
あれぐらい私よゆーで防げたのに!
そう文句を言う金の影に、志恩は舌打ちをした。
普通、巨大な光の柱が向かってきたら誰だって硬直して動けなくなるだろうし、逃げるという判断ができるまでロスができる。
とっさに幼子を庇うのは普通だと思うのだが、ワールドエンドには私の方が強いのにと斜め四十五度の文句を言われ、幼馴染の不良には、弱いならケツまくって逃げろで一喝された。
俺が間違ってるのか。いやでも、そんなはずはと首を傾げながら、志恩は前を向いた。
鈍い金髪が、風になびいている。けたたましい爆音に、太いマフラー。何もかもが違法に見える、明らかに改造車の大型バイクの後ろに乗りながら、志恩は変な顔をして口を開いた。
「コウちゃん」
「なんだ。ちゃん付けすんな」
驚いて呆然としていた志恩を、無理やり乗せたバイクが向かうのは、神奈川との県境にある平坂山だ。
平坂区は東京24区とは名ばかりで、他の23区とは離れた場所にある。だから、山があるし、峠もある。海はないが、湘南まで電車で行けるから不自由はしていない。とはいえ、都会的とは言い難い。それが、平坂だった。
さておき、プロトタイプ・デカの居場所が平坂山だと言ったのはコウだった。そして、レイゼルもそれに同意した。
文明をなぎ倒した巨大ビームの軌跡が、真っ直ぐにその場所から放たれていたし、残った魔力痕を辿ってもそれは山を示していた。
「いや、慣れてるなって思って。このバイクが、えーと、コウちゃんの星幽兵器?」
「……ああ。いいだろ。最高にカッケーだろ?」
少しの間を置いて頷いて、コウはにやりと笑った。
そして、道路を滑るように向かってくるレーザーを、バイクを傾けて器用に避けた。
バイクは爆音を鳴らすわりに、会話はよく聞こえ、声はよく通る。
少なくとも時速六十キロ以上で走っているはずなのに、どれだけスピードを上げてもカーブを曲がっても、コウの腰から振り落とされないのもおかしい。眉をひそめていると、金色の影が不審そうな声で、結界だ、と至恩だけに届く声でつぶやいた。
「ちなみに免許は?」
「ゲーセンで慣らした。スコア高いぜ」
「いやいやいや無免許じゃん!?」
「いいんだよ。ここにサツはいねーし、他の車も人間もいないから。つーか別にこいつはバイクじゃねーし、運転も思い通りだ。なんの問題があるんだよ」
「常識的な問題があるんだよ!」
「うるせーな。文句あるなら降ろすぞ」
コウがそう言った瞬間、赤い空から、次々と卵が落ちてくる。
揺れる地面をものともせずにバイクが走る。続々と孵化し、平坂の街を闊歩する芋虫、もといデミタイプ達を見て、志恩は視線をさ迷わせた。
咳払いをして、口を開く。右手にコウの身体を掴み、左手のセフィロトを輝かせて、道路に飛び出した巨大芋虫を撃った。
「……あー、その、安全運転なら別に良いかなって。それはそれとして、俺以外の星幽兵器、初めて見た。バイク型もあるんだね」
「ビームも出るからな。コレ」
「めっちゃカッコイイじゃん」
「だろー。釘バットにもなるぜ」
「えっ、カッコイ……カッ……なんで釘バット?」
「ビームは駄目でも釘バットで殺せねェ奴なんかいねーだろ」
「……さいですか」
自慢げにドヤ顔するコウに、遠い目をする志恩。
バイクからビームがでることは、まあいい。至恩も左腕の銃からビームが出る。
問題は、そうではない。
星幽兵器の、二段変形。確かにレイゼルは星幽兵器の形は使いこなせれば自在だと言ったが、何の訓練も手助けもないただの人間に、そう簡単にできるとは思えない。
──コウが一体何者なのか。
そもそも、ビームで倒せなくて釘バットで倒せる化け物とはいったいなんだ。究極物理がビームより上なのか。
それだったら最初からビーム要らないんじゃと思ったが、結局それは言わずに至恩は別のことを言った。思考を放棄したともいう。
「ところで、ここ……ムンドゥスのこと知ってるの? ていうか、なんでここにいるの?」
「ムンなんちゃらはよくわかんねーが、この平坂は人もいねーし、サツもいねーからな。よく走りに来るぜ。今日もそうだしな」
「えっ、ここってそんな使い方できんの。……できんの?」
「私に聞かないでよ!!」
レイゼルの不機嫌そうな声を聞きながら、志恩は思わず空を見上げた。
ムンドゥスは志恩にとってはこの世の地獄絵図だが、コウにとっては無人のサーキット場に過ぎない。くらりと目眩がしたが、もんどりうつ寸前で耐えて、志恩はコウの腰を掴んだ。
落ちても死ぬが、それ以上に、視界の端がちかりと光った。バイクの横を、斜め上から放たれたレーザーが焼いていく。志恩の影、もといレイゼルがそれを弾いた。銃の照準を高層ビルの窓に合わせながら、志恩が口を開く。
「じゃあ、デミタイプの事は?」
「そんな名前なのか、アレ。ここで流してるとよく会うんだけどよ、デカくて殴り甲斐があっていいよな。あの化け物」
「……あのさあ、レイゼル」
「聞こえないー私には何にも聞こえなーい!」
ギチギチと歯を鳴らして現れたデミタイプに銃を向けながら聞く志恩に、コウはミラー越しに視線を向ける。
レイゼルの非難が終わると同時に銃口から光が放たれ、デミタイプの口から放射した赤い光と撃ち合う。
せめぎ合い、白い光に撃ち負け、ビルごと撃ち抜かれてぼたぼたと落ちてくるデミタイプの体液を避けるように、そしてがらがらと落下するビルの瓦礫よりも早くコウはバイクを走らせた。
アクセルもギアも意のままに動く。まったく便利なもんだと考えながら、コウは呆れたようにつぶやいた。
「……それよりも、お前のが問題だろうがよ」
「コウちゃん?」
景色が変わる。次第に建物が減り、木々が増えた。
目的地が近い。それに気を取られて、ため息交じりのつぶやきの内容までは聞こえなかった。至恩は聞き返し、だがコウから返答がなかったため、ちらりと下を見た。
金の影が、能天気にもバイクの後輪に合わせてうにょうにょ動いている。
これをどう説明したものか考えていたが、結局いい嘘も言い訳も浮かばなかった。というか、すでに影に入るところも見られているし、普通に会話をしいて隠すも何もないかと腹を決め、至恩は大きく息を吸った。
「どうしたの。あ、それで……それであの、レイゼルのことなんだけど」
「ああ。お前の影で喋ってるガキか?」
「うん。……その、ええと、実は親戚じゃなくて、ちょっと人間でもなくて、でもあの、悪い子じゃないから。だから、」
「あー……まあ、気にすんな」
「えっ?」
「どうせそんなとこだろうと思ってた」
「どういうこ──」
平坂山までの道路案内標識よりも、その光景を見たほうが、デカへの距離は明らかだった。
国道沿いにあった寂れたドライブインだか食堂だかは光の柱によって消し炭になり、黒い柱を残している。その周囲の木々も、酷いほどなぎ倒されている。
まるでデカへたどり着くレッドカーペットのように、大小の区別なく左右に倒れ続ける木々の先を見上げて、コウは言った。
「奴さん、いたぜ」
そして、バイクが無茶苦茶な角度でターンして山の入口のパーキングに止まる。
思い切りコウの背中に頭をぶつけたあと、安全運転してと抗議しかけた口をぽかんと開けたまま、至恩はどうにか目の前の光景を言葉にした。
「──ムカデ?」
「うわっキモ、めちゃくちゃ気持ち悪い!」
光の柱の痕、その最終地点に、黒く赤い目をした化け物が居る。
満を持して、闇からずるりずるりと這い出てきたその姿は──三百メートルは超えるであろう巨大なムカデ。それ以外に形容すべき言葉が見当たらない。
斜面を滑り落ちてくる、闇に溶けた黒い身体、無数の鋼の足、蛇のような長い体躯の先はいまだ山に埋もれて実体が知れない。頭というか顔に並んだ八つの不気味に輝く赤い瞳の下には、残虐な牙が幾重にものぞいていた。
「デカは虫型だって聞いてたけど、やだ気持ち悪い。足多い。虫嫌い!」
「お前、芋虫は平気だったじゃん」
「芋虫はいいの! だって成長したら蝶になるもん。蝶かわいい! でもムカデは成長してもムカデだもん!!」
「オイ、虫を馬鹿にしてんじゃねーぞ」
「なんでそこでキレるのコウちゃん」
いつの間にか影から出てきたのか、至恩の腰にひしとしがみつくレイゼルを、コウが腕を組んでじろりとにらむ。
現役の不良にメンチきられて、泣きも怯えもしない子供はこいつぐらいだろうなと思う至恩。
どうしてみんな巨大化けムカデのことを無視できるんだろうと思いながら、至恩は一触即発のレイゼルとコウを止める。とりあえず三センチ先に勃発しかけている厄介な問題の方から片づけることにした。
「……いや、でもそうか」
至恩に首根っこをつかまれながら、ちょっと考えてデカを見たあと、レイゼルはおもむろにコウの腰を──本当は背中を叩こうとしたのだが手が届かなかった──ぽんと叩いて、輝くように笑った。
「よし。コウ、あとは頼むね」
「あ? なんでだよ」
「だって、あんな奴と戦ったら私(の魔力が気持ち的に)汚されちゃうでしょ!」
「コウちゃん、無視していいからね。そいつ」
「あーひどい!! シオンひどい! 私がどうなってもいいんだ! あんなことやこんなことやえっちなことになってもいいんだ! 知ってる、そういうのとくしゅせーへきって言うんだからな!」
「……志恩、お前、なんでこんなのとガチで喧嘩したんだ?」
「まって、ちょっと人生を悔い改めてるから」
さめざめと顔を覆う志恩の背を、レイゼルをにらみながら憮然とさするコウ。男ってやつはとぷんすか怒るレイゼル。
とはいえ、この場で最も怒っているのは、この三人ではない。
急激な魔力上昇に、地面が揺れる。木々が悲鳴を上げる。油断なく顔を上げるレイゼル。霊子分解し、至恩の影に金色の霊子を残しながら消える。
その瞬間、残ったコウと至恩に向かって、デカの口から光の渦が放たれた。
「勝手にキレてんじゃねーよ」
「いや当然だと思うけど」
足に絡みつく金色の光に合わせるように、至恩は地面を蹴り上げて高度跳躍をする。
光の柱を挟んで左右に別れ、舌打ちしながら同じく跳躍するコウ。その肩には見慣れない釘バットを乗せて、確かにバイクは消えていた。
ふたたび超高熱衝撃波を吐き出し、怒りに任せて平坂を吹き飛ばすけたたましいデカの嘶きに、至恩は目を細める。背後の廃墟には、振り返らなかった。
あそこに自分の大事な人はいない。いるのは、そう、
「シオン、あそこ!」
しゅうしゅうと衝撃波の熱を逃がすように口からは白い煙を上げ、長すぎて見えない尾を叩くたびに地面が揺た。
牙をむき出し、威嚇するように身体を持ち上げたデカの、その腹部。
一瞬、なぜこんなところに人形があるのかと思った。それがぐったり動かなく、細い身体がかろうじてデカの手足にひっかかっている。
デカが大きすぎるせいか、人間にしてはひどく現実味がない。だが、そのボーイッシュなショートカットにも、セーラー服にも、見覚えがあった。
胸を抑え、目を見開き、少年と少女は同時に声を上げた。
「「────瑛里奈!!!」」
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