星幽のワールドエンド(第一章完)

白樹朗

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ワールドエンド邂逅編

不良と天然とワールドエンド②

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 つやつやと天使の輪がちいさな頭にまるくかかり、滑らかにこぼれる手触りは、上等の絹のよう。
 星々のきらめきを閉じ込めた見事な髪に、目を細めて感嘆の息を吐く。
 ファストブランドの大量生産されたヘアアクセサリーでさえ、その髪に飾れば、名工が手ずから作った繊細な金細工のようだ。

 かわいい子は、髪の先までかわいいのね、と感動したようにささやく瑛里奈。

 御供瑛里奈という少女の良いところは、かわいいという言葉を、そのままの無垢な意味で使えることだ。
 嫉妬も蔑みもなく、純粋に綺麗なものを綺麗だと愛せる美徳。
 例えば、目の前にいる美術品の粋のような少女の美しさを、なんの羨望もなく褒めて、大事そうに指先で愛でた。

「レイゼルちゃんは本当にかわいいね」
「エリナもとってもかわいいよ?」

 瑛里奈が丁寧にすいた長い髪を、やさしく揺らして、レイゼルが見上げる。

「お買い物ですか? 可愛い妹さんですね」
「そうなんです! とっても可愛いんです!!」
「エリナもかわいいのに……」
 
 通りすがりに店員に声をかけられて、嬉しそうな瑛里奈。その隣で、レイゼルは不満そうに口を尖らせる。

 放課後、レイゼルの着替えを買うためにファストブランドショップに来た二人は、大手量販店の安さにかまけて、それはそれは山のように服を買い込んだ。

 レイゼルちゃんはどんな服も似合うね、と言いながらカゴはどんどん増えていく。
 あらかたの試着は終え、アクセサリーのコーナーにきては、あれも似合う、これも似合うねえ、とレイゼルの髪にビーズのバレッタやヘアピンをあてがってはしゃぐ瑛里奈に、文字通り着せ替え人形状態だったレイゼルは不思議そうな顔をした。

「ほら。これとかこれとか、エリナ似合うと思うよ。つけてあげる」
「いいよ。大丈夫。それにレイゼルちゃんのほうが」
「もー、かがんで!」
「はっ、はい」

 両手を振って怒られて、瑛里奈がおとなしくかがむと、レイゼルはにこにこしながら銀のヘアピンを瑛里奈の左耳の上にそっと当てた。

 さらさらの黒髪に、きらりと銀が光る。爽やかなミントカラーのクローバーに、ちいさな星が散りばめられた可憐なデザインは、瑛里奈の短い黒髪によく似合った。

「うん、かーわいい!!」
「そ、そうかな?」

 備え付けの鏡を覗き込みながら、そろそろと左耳に触れる。光に反射して、銀メッキが輝く。

 自分よりずっと華やかに思えるミントカラーが、なんだか気恥ずかしくて、瑛里奈は目を伏せた。

「うーん、でも……ちょっとかわいすぎないかな?」
「何言ってるの。可愛い子が可愛い物をつけて可愛くないわけがないでしょ。常識だよ?」
「そ……そうだ……えっ?」

 常識だっけと戸惑う瑛里奈のロングスカートを、レイゼルがくいくいと引っ張る。
 瑛里奈は女子にしては背が高く、なによりもレイゼルが、見た目の印象よりずっと背が低かった。

「まあまあ、いいからいいから。えっと、それでね」
「うん?」

 背伸びするレイゼルに、瑛里奈が身体を屈める。
 瑛里奈の耳に、口元を近づけて、こっそりとレイゼルは言った。

「あの……あのね、私ね……エリナと、おそろしたいな」

 おそろ?と聞き返すと、レイゼルは顔を赤らめて、怯んだように俯いた。

 ワンピースのすそを、もじもじしながらぎゅっと握る。視線をさまよわせる。
 それから、決心したように、けれど恐る恐る上目遣いで瑛里奈を見上げた。

「ニホンの女の子って……その、お揃いにするんでしょ。アクセサリーとか、友達と。だから、あの……つまり、」

 瑛里奈に渡す際、こっそり取っていた、色違いのクローバーのヘアピンを差し出して、レイゼルは消え入りそうな声で言った。

「――エリナ、私と友達になってくれる?」

 柳のような眉を八の字に寄せて、レイゼルが涙目でつぶやく。

 不安そうに揺れる赤い瞳から、今にも透明な滴があふれそうで、瑛里奈は思わずレイゼルの肩に触れた。
 細すぎる子供の肩を引き寄せ、涙を落としてしまわないように、やわらかい頬を軽くつまむ。
 頭上にクエッションマークを浮かべ、大きな瞳をぱちぱちとさせるレイゼルに、笑ったほうがかわいいよと微笑んで、瑛里奈は口を開いた。

「もちろんだよ。私もレイゼルちゃんとお友達になりたかったの。至恩にとって大事な人は、私にとっても大事な人だもの」

 緊張しすぎて固まったちいさな手を、そっとほどいて、両手で包む。色違いのクローバーは、握りすぎて体温が移っていた。

 至恩相手では天真爛漫にふるまうレイゼルが、今は、借りてきた猫、もとい借りてきた人形のようにひどく所在無げで。
 こわごわと見上げるレイゼルに、瑛里奈は満面の笑顔を作った。すこしでも、怖くないように。

「……ほんとに? 私でも、いいの?」
「私、レイゼルちゃん好きだよ。こちらこそ、よろしくね」
「私も、エリナ好き!」

 レイゼルの瞳がぱーっと輝いた。人形が、人間になった瞬間だった。
 頬から耳まで赤くさせて、潤んだ瞳でふにゃりと笑う。

 あんまり熱が上がったからか、恥ずかしそうに頬を両手で挟んで照れるレイゼルに、瑛里奈はこっそりガッツポーズした。
 嬉しさが溢れ出して、軽くスキップするレイゼルの後ろ姿に、KAWAIIと呻いた。
 可愛い子が可愛いことを言って、可愛くないハズがないよね、と数分前のレイゼルのようなことを考えながら、その後を歩き出す。

「ねえ、エリナ」

 そして、ふと思い出したようにぴたりと止まって、レイゼルが振り返った。

「ところで、エリナはシオンのことが好きなの?」
「――えっ!?」

 持っていたカゴに、思い切りつまづく瑛里奈。
 量販店の広さと客の少なさに救われたが、さておき、ぶつけた膝を抑えてうずくまった瑛里奈に、てってってと近づいてレイゼルは無垢そうな顔でのぞきこんだ。

「好きなの?」
「す、すすす、すきとか、そんな……」
「でも、さっき大事な人って」
「そ、それは、言葉のあや、いえ大事ですけど、そういう破廉恥なものではなくてですね……!」
「はれんち?」

 五分前のしおらしさはどこへやら、悪戯っぽい顔、至恩に言わせれば獲物を見つけた顔をして、レイゼルが聞き返す。

「好きははれんちなの?」
「いえ、愛は尊いものですが、そうではなくて……ええと、そう、大事な幼馴染ですから。至恩は。うん。大好きな幼馴染ってことです!!」

 両手を振り上げて言い切ったあと、大きな声を出しすぎたと口元を隠す瑛里奈。
 きょろきょろをまわりを確認し、しゃがんでいて本当によかったと胸をなでおろす瑛里奈を見つめて、レイゼルは腕を組んだ。

「ふーむ。まあ、そういうことにしてあげよう!」
「えぇー」
「そういえば、」

 よろよろ立ち上がろうとした瑛里奈に、背伸びをしてレイゼルが手を伸ばす。
 短く切られた黒髪を指でそっとなでた。爪先からするすると落ちる、枝毛のひとつもない、手入れの行き届いた綺麗な髪だ。

「……エリナが、髪を伸ばさないのは、どうして?」

 髪を伸ばす、伸ばさないは個人の自由だ。運動しやすさとか、長いとわずらわしいとか、理由は様々ある。
 けれど、驚いたような、寂しそうな、形容しがたい瑛里奈の表情を見て、レイゼルは確信して口にした。

「もしかして、……シオンの、せい?」
「違います! いえ……違うというか、あの」

 図星だったのか、瑛里奈は強い口調で否定したあと、目をまるくしたレイゼルにあわてて手を振った。
 立ち上がり、口元に手を当てて言い悩んだあと、瑛里奈はやさしく口を開く。
 誰かをまぶたの裏に浮かべて、目を細めた。

「昔、決めたんです」
「昔?」
「はい。子供のころ、一人ぼっちだった男の子がいて……その子と、友達になりたくて、髪を切ったんです。だから」

 長い髪をばっさり切ったときは驚かれたが、結果として仲良くなれたからよかったかな、と今は思う。
 見た目が男に近ければ、男の子と普通に遊べるんじゃないかと、幼心に思ったのだ。男女と揶揄されることも多かったけれど、気にはしなかった。

 ただ、おままごとができなくなって、大好きなスカートもピンクのリボンも結べなくなったことは、すこしだけ寂しかったけれど。

「だから、その子が寂しくなくなったら、髪を伸ばそうって。そう決めたんです」

 胸の上で手を合わせ、神に約束するように、瑛里奈がつぶやく。
 レイゼルにではなく、遠い思い出の、かつて砂場で泥だらけになるまで遊んだ藍色の髪の男の子に向かって、桜を割ったような唇でささやいた。

「エリナ」
「はい?」

 腕を組み、じっと話を聞いていたレイゼルは、神妙な顔をして、側の陳列棚に無言で手を伸ばした。

「……いつかくるその時のために、これ買わない?」

 何気なくレイゼルが指さしたのは、真っ赤なブラセットだった。花をあしらったレースが色っぽく、サイズ展開豊富に、お値段据え置き二千九百八十円。
 祈るように合わせていた手をほどき、ぽかんと開けたあと、周りを見渡す瑛里奈。二人が立っていたのは、女性物下着売り場だった。

「ニホンの女の子は、告白するときこれ準備するんでしょ。勝負下着って」
「どこで覚えてくるんですかそういうこと!?」

 まったく真面目な話してたのに、とぷりぷり怒って歩き出した瑛里奈に、ごめんごめんと謝りながら、レイゼルはその手をつかんだ。

「大丈夫だよ、エリナ。シオンは、寂しくさせたりしないから」

 まだちょっと怒りながら足を止めた瑛里奈に、悪戯っぽい顔をひっこめて、レイゼルは天使のように微笑んだ。

「私がレイゼルである限りは、ずっと、何があっても、シオンの友達だよ」

 月が落ちて太陽が燃えて、星々が流れて、夜の終りが世界の果てに訪れても。
 あの子はきっと悲しませないから。約束するよ。

 そう言って、そっと繋いだ瑛里奈の指先に、大事そうに、小指と小指を絡ませる。指切りげんまん、とにっこり笑った。
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