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ワールドエンド邂逅編
星幽兵器③
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「……本当にこんなのがこれからずっと続くわけ?」
影に消えた少女は、当然のようにまた影から現れた。
ぐったりと地面に座りこんだ志恩の隣で、レイゼルが瓦礫にちょこんと座る。膝を抱えて、首を傾げた。長い髪がふわふわ揺れる。
「疲れた?」
「……当たり前だろ。ていうか、よく考えたらお前めちゃくちゃ強いんだろ。お前が倒せばいいじゃん」
「いいよ? 世界滅ぼしてもいいならね」
「お前いつもそう言うけど、本当に──」
本当に、世界を滅ぼすなんて芸当ができるのか。
そう志恩が言いかけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
まばたきをする。景色が変わった、いや、多くの家やビルが崩壊し瓦礫だらけの平坂の様子もかなりの世紀末であったが、この光景ほどではない。
──なにも。何もなかった。人間や動物なんてレベルではない。土や、風や、木々や、水もない。文明は死に絶え、虚無だけが存在していた。
暗闇。違う。闇も光も死んだ。
ここは、ここはなんだ。なんなんだ。俺はさっきまで◼︎◼︎に居たはずで──◼︎◼︎ってなんだっけ。俺は、俺は一体──
「シオン、わかった?」
無垢なかわいい声。
ハッと意識が戻ると、視界が黒から赤に変わっていた。
デミタイプが呼ぶ夜のような禍々しさはなく、どこまでも純粋な炎のような赤。
まばたきをする。息のかかるような至近距離にレイゼルの瞳があって、志恩は思わず後ずさった。瓦礫に尻がぶつかり、痛がっていると、レイゼルが楽しそうに笑った。
「えらいえらい。気が狂う前に帰ってこられたね」
「レイゼル、お前、今の──今の、なんだったんだよ、アレ」
「百聞は一見にしかずっていうでしょ?」
罪なさそうに言うレイゼルを、志恩は眉をしかめてにらむ。
本人はささやかな幻視としか考えていないだろうが、志恩が視せられたのは、確かに世界が終わった姿そのものだった。
絶望も、幸福もない、純粋な虚無。
──レイゼル・ワールドエンド。
その名前の意味を知って、志恩は口を開いた。
「……お前、デミより強いだろ」
「もちろん。あんなの私の足元にも及ばないよ」
根絶やすのは簡単だが、この世界はあまりにも脆すぎる。
古来、裁きに手加減ができた人外はいない。
レイゼルは志恩を面白そうに横目で見ると、積み上がった瓦礫の上で、ふわりと舞った。美少女にように、そして人でないなにかのように。
頬杖をついてその姿をじっと眺め、
「……かわいくない」
「はあ!?」
毛を逆立てるレイゼルに、志恩は片目をつぶりながら、耳を塞ぐ。
「あーかわいくない、かわいくない。お前ほんとかわいくない」
「ちょ、女の子に向かってかわいくないとか言うな! ていうか私のどこがかわいくないの!? 超絶超抜究極キュートキューティキューティクルでしょ!!」
「最後髪じゃん」
「うるさいうるさいうるさい! シオンのばかぁ!」
レイゼルに喚かれ胸をぽかぽか叩かれながら、志恩はいじめっ子の顔でにやりと笑った。
確かにレイゼルは人ではないが、とはいえそんな事を気にする志恩ではない。
目の前の存在がどんなものであれ、理解、納得ののちにそれはそれと許容できるのが、如月志恩という人物の天性の才だった。最も、本人が知らないうちにそういうものに囲まれすぎて育っただけともいう。
その才を持って、人よりも人外にばかり好かれ過ぎる少年は、少女の形をした破滅にひとしきり胸を叩かれたあと、その頭をなでてやった。
不満そうなレイゼル。ぶつくさ言ってとなりに座り、頬をふくらませるレイゼルに、意外と機嫌治らなかったなと思いながら、志恩は話題を変えようと全然違うことを口にした。もとい、一番気になっている事を、言った。
「俺の秘密って、この腕のこと?」
「うん、そう。……いや、それよりももっと──」
何か言いかけて、レイゼルは視線を逸らした。長いまつげを伏せる。
明朗快活なレイゼルらしくなく、ひどく言いよどんでいる姿を無視して、志恩は眉間にしわを寄せた。
「……この銃が欲しいならいくらだってくれてやるのに」
手を、金の空にかざす。セフィロトの十の円から光が消えると同時に、銃は消滅し、あとには錆びた指輪と左手だけが残った。
指輪のチェーンを大事そうに首にかけ、指を一本一本、ゆっくりと折って手を握る。見慣れた五本の指が、今はとても懐かしかった。
「銃が欲しいんじゃない。シオンが欲しいのよ。これほどのアニマアルマを有する魂は希少だから」
「……ほんと勘弁して。そんなモテ期いらない。理不尽にもほどがあるだろ、あいつら。アニマアルマだとか、魂だとか、そんなもん知るか。それなのに、なんで」
「シオン」
「なんで、俺なんだよ。あいつら、数百、いやもっといるんだろ。そんなのと戦い続けたっていつかは殺されるに決まってる!」
「勝てばいいのよ」
レイゼルは、勝て、戦えと他人事のように、当然のように口にする。
レイゼルは強い。人の生死を制するその力や膨大な魔力はもとより、少女の姿こそしているが、どんな破壊を目の当たりにしても、どんな化物を前にしても、震えたことも怯えたことも一度もない。
人でないから、ではないだろう。人でなくとも、あの化物達は怖い。それなのに、いつも堂々とちいさな胸を張り、不敵に目を輝かせている。
誰も彼もがお前みたいにはなれない。簡単に言いやがってと口を開き、一秒後、志恩は口を閉じた。
「勝てばいいの。シオン」
レイゼルの瞳が夜明けの太陽のように燃えている。
美少女のあどけなさなど微塵もない、創世の女神のような顔で、志恩の頬に触れた。
「死なないために、戦えばいいの。それしかないの。生きるために足掻くから、生き物なのよ。シオン。生きるために、生きなければ」
頬から離れる細い指先が、金色に輝いている。腰まであるレイゼルの髪が黄金に染まり、世界の果てから吹きつける風になびいていた。まるで、金の翼のように羽ばたいている。
「大丈夫。私がシオンを守ってあげるから」
レイゼルが無邪気に笑う。じっと見つめたあと、志恩は口を開いた。
「……どうも。でも、お前が戦うと世界壊すんだろ?」
「うん。だから代わりに、シオンに魔力いっぱい注いであげるね!」
「お前さあ……」
「シオンがデミを倒すのを手伝ってあげるかわりに、私の願いを叶えてもらうんだもん。win-winじゃん?」
「どこがだよ」
そもそもいつのまにそんな話に決まったんだ。初めて聞いたぞ、そんなの。
反論しようとしたが、レイゼルにつられて空の色を見て、志恩は目を瞬かせた。
幻想的な金色の夜が、明るい濃紺の都会の夜に染まる。排ガスまじりの風とともに、世界が戻りはじめる。ありふれた日常の匂いに、思わず立ち上がっていた。
「それじゃ、おうち帰ってハンバーグ食べよ!」
お腹すいたと両手を上げるレイゼルの後ろ姿を眺めて、ため息をつく。
帰ろうと振り向いて手を差し出すレイゼルの手を取って、志恩は、非現実と共に、現実に帰ることにした。
影に消えた少女は、当然のようにまた影から現れた。
ぐったりと地面に座りこんだ志恩の隣で、レイゼルが瓦礫にちょこんと座る。膝を抱えて、首を傾げた。長い髪がふわふわ揺れる。
「疲れた?」
「……当たり前だろ。ていうか、よく考えたらお前めちゃくちゃ強いんだろ。お前が倒せばいいじゃん」
「いいよ? 世界滅ぼしてもいいならね」
「お前いつもそう言うけど、本当に──」
本当に、世界を滅ぼすなんて芸当ができるのか。
そう志恩が言いかけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
まばたきをする。景色が変わった、いや、多くの家やビルが崩壊し瓦礫だらけの平坂の様子もかなりの世紀末であったが、この光景ほどではない。
──なにも。何もなかった。人間や動物なんてレベルではない。土や、風や、木々や、水もない。文明は死に絶え、虚無だけが存在していた。
暗闇。違う。闇も光も死んだ。
ここは、ここはなんだ。なんなんだ。俺はさっきまで◼︎◼︎に居たはずで──◼︎◼︎ってなんだっけ。俺は、俺は一体──
「シオン、わかった?」
無垢なかわいい声。
ハッと意識が戻ると、視界が黒から赤に変わっていた。
デミタイプが呼ぶ夜のような禍々しさはなく、どこまでも純粋な炎のような赤。
まばたきをする。息のかかるような至近距離にレイゼルの瞳があって、志恩は思わず後ずさった。瓦礫に尻がぶつかり、痛がっていると、レイゼルが楽しそうに笑った。
「えらいえらい。気が狂う前に帰ってこられたね」
「レイゼル、お前、今の──今の、なんだったんだよ、アレ」
「百聞は一見にしかずっていうでしょ?」
罪なさそうに言うレイゼルを、志恩は眉をしかめてにらむ。
本人はささやかな幻視としか考えていないだろうが、志恩が視せられたのは、確かに世界が終わった姿そのものだった。
絶望も、幸福もない、純粋な虚無。
──レイゼル・ワールドエンド。
その名前の意味を知って、志恩は口を開いた。
「……お前、デミより強いだろ」
「もちろん。あんなの私の足元にも及ばないよ」
根絶やすのは簡単だが、この世界はあまりにも脆すぎる。
古来、裁きに手加減ができた人外はいない。
レイゼルは志恩を面白そうに横目で見ると、積み上がった瓦礫の上で、ふわりと舞った。美少女にように、そして人でないなにかのように。
頬杖をついてその姿をじっと眺め、
「……かわいくない」
「はあ!?」
毛を逆立てるレイゼルに、志恩は片目をつぶりながら、耳を塞ぐ。
「あーかわいくない、かわいくない。お前ほんとかわいくない」
「ちょ、女の子に向かってかわいくないとか言うな! ていうか私のどこがかわいくないの!? 超絶超抜究極キュートキューティキューティクルでしょ!!」
「最後髪じゃん」
「うるさいうるさいうるさい! シオンのばかぁ!」
レイゼルに喚かれ胸をぽかぽか叩かれながら、志恩はいじめっ子の顔でにやりと笑った。
確かにレイゼルは人ではないが、とはいえそんな事を気にする志恩ではない。
目の前の存在がどんなものであれ、理解、納得ののちにそれはそれと許容できるのが、如月志恩という人物の天性の才だった。最も、本人が知らないうちにそういうものに囲まれすぎて育っただけともいう。
その才を持って、人よりも人外にばかり好かれ過ぎる少年は、少女の形をした破滅にひとしきり胸を叩かれたあと、その頭をなでてやった。
不満そうなレイゼル。ぶつくさ言ってとなりに座り、頬をふくらませるレイゼルに、意外と機嫌治らなかったなと思いながら、志恩は話題を変えようと全然違うことを口にした。もとい、一番気になっている事を、言った。
「俺の秘密って、この腕のこと?」
「うん、そう。……いや、それよりももっと──」
何か言いかけて、レイゼルは視線を逸らした。長いまつげを伏せる。
明朗快活なレイゼルらしくなく、ひどく言いよどんでいる姿を無視して、志恩は眉間にしわを寄せた。
「……この銃が欲しいならいくらだってくれてやるのに」
手を、金の空にかざす。セフィロトの十の円から光が消えると同時に、銃は消滅し、あとには錆びた指輪と左手だけが残った。
指輪のチェーンを大事そうに首にかけ、指を一本一本、ゆっくりと折って手を握る。見慣れた五本の指が、今はとても懐かしかった。
「銃が欲しいんじゃない。シオンが欲しいのよ。これほどのアニマアルマを有する魂は希少だから」
「……ほんと勘弁して。そんなモテ期いらない。理不尽にもほどがあるだろ、あいつら。アニマアルマだとか、魂だとか、そんなもん知るか。それなのに、なんで」
「シオン」
「なんで、俺なんだよ。あいつら、数百、いやもっといるんだろ。そんなのと戦い続けたっていつかは殺されるに決まってる!」
「勝てばいいのよ」
レイゼルは、勝て、戦えと他人事のように、当然のように口にする。
レイゼルは強い。人の生死を制するその力や膨大な魔力はもとより、少女の姿こそしているが、どんな破壊を目の当たりにしても、どんな化物を前にしても、震えたことも怯えたことも一度もない。
人でないから、ではないだろう。人でなくとも、あの化物達は怖い。それなのに、いつも堂々とちいさな胸を張り、不敵に目を輝かせている。
誰も彼もがお前みたいにはなれない。簡単に言いやがってと口を開き、一秒後、志恩は口を閉じた。
「勝てばいいの。シオン」
レイゼルの瞳が夜明けの太陽のように燃えている。
美少女のあどけなさなど微塵もない、創世の女神のような顔で、志恩の頬に触れた。
「死なないために、戦えばいいの。それしかないの。生きるために足掻くから、生き物なのよ。シオン。生きるために、生きなければ」
頬から離れる細い指先が、金色に輝いている。腰まであるレイゼルの髪が黄金に染まり、世界の果てから吹きつける風になびいていた。まるで、金の翼のように羽ばたいている。
「大丈夫。私がシオンを守ってあげるから」
レイゼルが無邪気に笑う。じっと見つめたあと、志恩は口を開いた。
「……どうも。でも、お前が戦うと世界壊すんだろ?」
「うん。だから代わりに、シオンに魔力いっぱい注いであげるね!」
「お前さあ……」
「シオンがデミを倒すのを手伝ってあげるかわりに、私の願いを叶えてもらうんだもん。win-winじゃん?」
「どこがだよ」
そもそもいつのまにそんな話に決まったんだ。初めて聞いたぞ、そんなの。
反論しようとしたが、レイゼルにつられて空の色を見て、志恩は目を瞬かせた。
幻想的な金色の夜が、明るい濃紺の都会の夜に染まる。排ガスまじりの風とともに、世界が戻りはじめる。ありふれた日常の匂いに、思わず立ち上がっていた。
「それじゃ、おうち帰ってハンバーグ食べよ!」
お腹すいたと両手を上げるレイゼルの後ろ姿を眺めて、ため息をつく。
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