星幽のワールドエンド(第一章完)

白樹朗

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ワールドエンド邂逅編

美少女占い

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 重い。苦しい。動かない。
 これが噂の金縛りか。いや、金縛りは腕も足も動かないから、これは違う。

 腕は動く。足も動く。手も、指先も。まぶたも動く。胸の上だけが、動かない。呼吸はし難いが、意識は十分にある。
 強制的に覚醒した志恩は、眉をしかめて目を覚ました。

「……他人の上でなにしてんの。お前は」
「シオン、お腹すいた。パンケーキ食べたい」

 他人に踏まれて起きるのは人生二回目だと思いながら、志恩は半眼でレイゼルを見た。

 そして、百点満点のかわいさで小首をかしげるレイゼルと、自分の顔の横にある足を見比べる。
 桜貝めいた薄ピンクの爪先も可憐な、足の甲から流れるしなやかな指先の形も美しく芸術品のよう。
 かかとから土踏まずの芸術的ねなだらかなカーブとなめらかな肌の感触が至恩の首筋にぴたりとあたる。

 頬を親指で悪戯っぽくつんつんとつつかれて、眉をしかめる至恩。
 美少女に踏まれて喜ぶ趣味がなかった至恩が、朝一番のため息交じりに行ったことはたったひとつしかなかった。

 自分を踏む足をひっつかんで放り投げ、ついでに自分も起き上がった。
 肩を鳴らして起きると、ベッドの端まで転がったレイゼルがじたばたしながら起き上がる。頬を膨らませてにらまれた。

「痛い! パンケーキ! おはよう!」
「自業自得だから。お前なんでいちいち俺を踏むんだよ。おはよう」
 
 挨拶を欠かさないのはえらいと褒めるべきか至恩が悩んでいると、まったく不思議そうな、一般常識をなぜ今更という顔をして、レイゼルが言った。

「男はみんな女に踏まれるのが好きだって。美少女はご褒美だって言ってたもん」
「誰が言ってんのそんなこと!?」
「ティターニア」
「誰だよ!?」

 両手を振り上げて叫ぶ志恩に、むすっと腕を組んでレイゼルは言った。

「でも昨日はちょっと喜んでなかった?」
「あれは……そういうんじゃない。違う」

 母の声が聞こえたような気がしたから。

 そう言いかけたが、理由がマザコンぽいかと考えて、至恩は横を向いた。
 レイゼルが回りこんで至恩を見上げる。じっと伺ったあと、ひらめいたという顔で口を開いた。

「わかった。シオンあれだね、踏まれるより踏むのが好きなタイプだね? うちのパパと同じだ!」
「それも全然違うから! っていうかお前のパパの性癖とかどうでもいいから!?」

 他人のご家庭の性癖など知りたくもない。
 一息で全否定して、肩で息を吸う。頭を振ってため息をつき、罪なさそうにきょとんとするレイゼルの頬をひっぱって、至恩は言った。

「……いいから顔洗って、服着替えて。パンケーキ、食べたいんだろ」

 やったーと手を叩くレイゼルの歓声を背に、部屋のドアを閉める。

 本当に、自由奔放でつかみどころがない。
 けれど、こんなに賑やかな朝は生まれて初めてだなと志恩は少しだけ、口元を緩ませた。


 /*/



 二枚重ねの焼き立てふわふわのキツネ色のパンケーキから、ふわりと湯気が上がる。
 溶け出したバターが染み込み、たっぷりの蜂蜜が流れ落ちた極上の一切れに、満を持してナイフを入れる。

 家で食べるとはいえ、横着せずきちんと専用のナイフとフォークを用意するのが如月家の教えだった。
 ネグレクト野郎と志恩が言い切る言葉通り、普段は放置に放置を重ね、もう半年以上も顔を見ていない親だが、そういう面だけは幼い頃からきびしく躾けられた。

 それだけは有り難かったとレイゼルを眺めながら思う。目の前の少女は、その年齢とは不相応なほど食べ方が綺麗だった。
 それに気づけた事だけは親に感謝だなと考えながら、志恩は口を開いた。

「……お前さ」
「なに?」
「いや、なんでもな……あ、そうだ。お前、今日は警察に行くからな」
「えっ、なんで!?」

 パンケーキの最後の一口を大事そうに食べようとしていたレイゼルが、素っ頓狂な声を上げる。
 無糖のカフェオレを飲みながら、至恩は眉をしかめた。

「当たり前だろ。お前、いつまでうちにいる気だよ。警察行って保護してもらったほうがいいだろ。ていうか、親に連絡つくなら迎え呼ぶなりなんなり連絡しろって」

 レイゼルの口振りからいけば、父親は健在らしい。それなら親に引き渡したほうが最善だろう。
 そう言う至恩に、レイゼルは不敵に笑い、飲みかけのココアをテーブルに置く。至恩が幼い頃使っていた、かわいいクマのマグカップだった。

「それはねえ、やめたほうがいいと思うよ?」
「なんでだよ」
「私のパパは日本にいないから。それに、警察行ってもいいけど、誰もいない空間指さして迷子連れてきました、なんて言ったら補導されるのはシオンのほうだと思うよ」
「……お前、まさか俺以外には視えないとか」
「いや、視えてるけど。でも、視えないようにもできるから」

 レイゼルが片目をつぶる。水色のフリルの袖口からのぞいた腕が、椅子に透けているような気がして、至恩は目を見張った。

「お前、いまの」
「ね、シオン」

 透けた少女が、儚げに微笑む。

「シオンのこと、守ってあげる。だから、一緒にいさせて」

 半透明な手が、至恩の手に触れて不透明になり、そっと両手で包む。
 自分を真っ直ぐに見据える美少女に、至恩は視線をさ迷わせて、左を見て右を見て、上下のあと、とうとう見る場所がなくなって、正面を見た。

「……うん、それはその、嬉しいんだけど」

 押しに弱いのが悪いところだと散々言われてきたが、この手を振り払って大人になるのは嫌だなと至恩は頭をかいた。

 路上で死なれても困るし、変質者にひっかかってひどい目にあっても困る。
 不安そうに揺らした少女の銀髪が、太陽にきらめいて眩しい。
 良心と正論に挟まれて低く唸ったあと、色々と理由をつけて、志恩はしぶしぶ口を開いた。

「あー、まあどうせ俺は一人暮らしだし……ちょっとだけ。ちょっとだけなら居てもいいけど。でもちゃんと親に連絡とっとけよ」
「やったー!」
「喜びすぎだから。戸締りとかしっかりやるんだよ。ガスとか使うなよ」
「おっけーおっけー。無課金ソシャゲしながら洋ドラ見てポテチ食べて昼寝して一日中ゴロゴロしてるから、シオンは気兼ねなく学校行ってきて」
「最高の一日じゃん」

 両手をあげて喜ぶレイゼルに、苦虫をかみつぶしたように舌打ちをする至恩。思ったよりも元気だった。

 不機嫌そうに頬杖をつく至恩のところに、皿を片付けながらレイゼルがやってくる。至恩の皿を受け取りながら、レイゼルが言った。

「私もひとつ聞いていい?」
「なにを」
「シオンはなんで、料理が上手なの?」

 このご時世、金さえあれば外食も自由だし、弁当だって好きなだけ買えるだろうし、種類も飽きない程度にはある。

 一人暮らしの十三歳の中学生としては、より手軽な方を選ぶんじゃないのかと。
 部屋もよく整頓されており、性格といわれればそれまでだが、目の前の青年が抱える年齢不相応なアンバランスさを訝しみ、

「……そりゃ外食が嫌いだし、自分で作った方が好きなの食べれるし。それにご飯ぐらいは温かくなかったら、救われないだろ」

 おおきな赤い瞳をより見開いて、レイゼルを志恩をみつめた。そして、至恩を力一杯抱きしめた。



 /*/



「ほんとに戸締りしっかりしろよ。外とか勝手に出るなよ」
「わかってるってばー」

 耳にタコができるほど言い聞かされた言葉に、レイゼルが頬をふくらませて耳をふさぐ。

 やれやれとカバンを持ち、鍵を持ったあと、至恩は耳をふさぐレイゼルの手を掴んだ。きちんと聞けとため息をつく。

「じゃ、行ってくるから」
「うん。いってらっしゃ……あっ待って待って」

 踵を返したとたん、後ろでレイゼルがぴょんぴょん飛ぶから、何事だと振り返る。
 至恩の腹の真ん中ぐらいしかない相手のためにかがんでやると、レイゼルが手を伸ばす。
 そして、至恩の両頬を手ではさみ、レイゼルがにっこりというよりにんまり笑った。

「本日の美少女占いをしてしんぜよう」
「なんだそれ」

 完全に悪戯というか、悪いことしか考えてない顔に、志恩が顔をしかめる。

「今日のシオンの運勢はねえ……」
「いや、いらないから黙って。こら」

 嫌な予感しかしないと至恩が口をふさぐ前に、レイゼルが人差し指をびしっとさした。

「ラッキーでちょっとエッチな事が起こるでしょう! よかったね!」
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