星幽のワールドエンド(第一章完)

白樹朗

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ワールドエンド邂逅編

運命に踏まれた日

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 ――如月至恩、二×××年、六月二十五日没。享年一三歳。


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 食べ物がないというのは、一人暮らしには致命的なことだ。外食が不自由ならなおさらに。

 帰宅して冷蔵庫を開けて三十秒後、志恩が向かったのは、駅前のスーパーだった。
 亜門マート。昔馴染みの店だ。
 昨日は定休日で別の店から買ったが、やはり亜門マートはものがいいし、何より安い。
 今朝捨てた卵を買い直し、肉や野菜や、牛乳まで買ってしまった。財布は軽く、両手はふさがったが、心は大満足だった。

「至恩、おま……バカ、はやく帰れっただろうがよォ」
「冷蔵庫なんもなくて。店だって昨日開いてなかったし」
「あー。店長が行方不明でな。悪かった」
「ゆくえ……まあいつもか。コウちゃんは珍しいね。今日はちゃんと店の手伝いしてんの?」
「そこでカツアゲしようとしてたらよォ、店長に捕まってよォ」
「カツアゲ」

 仕事を押し付けられたと商品をレジに通しながらコウが呻くが、問題はそうじゃないだろと至恩はつぶやく。
 コウは金はとらない。ただ、カツアゲという行為がしたいからカツアゲをするだけでいつも金は取ってない、と弁解するのだが、それはそれで普通に問題じゃないかと至恩は思う。

 さておき、改造制服を脱いでロンTに亜門マートとでっかくロゴの入ったエプロンを付けるコウは、問題児にはみえな――いややっぱり、ワックスでキメた金髪とじゃらじゃらつけたピアスを見て、また明日も千歳に呼び出しというか追いかけられるだろうなと思う。自業自得だと、千歳を思って目を伏せた。
 
「なんだ、文句でもあんのか」
「なんでもないよ。はい、2950円」
「ん。2950円ちょうどいただきます」

 チェッカーに表示された税込の金額を払うと、コウが神妙そうに受け取る。不良ではなく、完全に接客業の顔をしているあたり、真面目だなあと思う。
 レシートをもらいながらレジ奥のスタッフルームを見て、至恩は言った。

「そいえば、亜門さんは」
「さーな。さっきふらっと消えて帰ってこねーよ、あのオッサン。外で吸ってんじゃねーか?」

 仕事しろよなと舌打ちするコウ。どっちもどっちだなと思ったが、口には出さず、苦笑いをする。

 亜門はコウの後見人だ。
 素行の悪いコウを見かねて預けられたとか、親に捨てられて不良になったんだとか、周囲は色々と噂しているし、至恩も詳しい話は聞いていない。が、興味もない。噂話が人を簡単に傷つけることは知っているし、何より亜門も亜門で変わっているので、言わぬが花というのが結論だった。

「そんなこたァいいから、お前、真っ直ぐ帰れよ。背後に気を付けろ。いざって時は右ストレートぶっこんでやれ」
「右ストレート」

 シュッシュッとキレのいい右ストレートを空中に打ち出すコウに別れを告げて、というか入れ替わりに年配の奥様方が入ってきて、至恩はそそくさと店を出た。

 コウは不良だが、女子供には手を出さないし、逆に親切だ。だから、年配と子供には人気がある。
 飴やらみかんやら渡されて悪態つくコウの様子を面白そうに見ていたが、コウににらまれる前に、至恩は店のすぐ向かいにある広場へ向かった。



 /*/




 曇り空を染めた赤に一瞬だけ身構えたが、夕暮れが赤いのは当然のことだ。
 日常にまで疑いを持つのはよくない。
 一応確認したが、駅前は生きている人間でにぎわっている。当然、化け物の影などない。

 ほっと息をつきながら、至恩は噴水を囲むベンチに座った。袋から、モナカのアイスを取り出す。喉が渇いて買ったのだが、立ち歩きは行儀が悪いと座ったのは、夢と同じ場所だった。

 モナカの皮をかじる。不意に、ふっと冷たい風が脇をすりぬけた。バニラアイスの冷気のせいかと思ったが、違う。
 ふと気が付くと、足元の影がひとつ増えている。はじかれるように隣を向くと、隣りにちいさな子供が座っていた。

「…………」

 にこり、と。
 物音も気配もなく現れた子供は、至恩を見て笑った。
 一、二度まばたきをする。それだけのしぐさで至恩は言葉を失った。それは、今まで見たこともないほどにうつくしい子供だった。

 星を束ねたかのようなたっぷりと長い銀髪、ほんのすこし吊り上がった悪戯っぽい赤い瞳。
 なめらかな白い肌はやわらかい輪郭を描いて、頬はバラ色。唇は血色に染まり、厚みがあって、つやつやと艶めいていた。

 ――美少女、という言葉ではあらわせないような、人間離れした美貌。
 フリルとレースがふんだんに使われたドレス姿もあいまって、精巧精密につくられたアンティークの西洋人形そのままの姿に、一瞬誰がこんなところに人形を不法投棄していったんだと思ったが、よく考えてみると人形は笑わない。

 いや、最近のロボット技術は侮れないからもしかしたらとしげしげ見つめる至恩に、その人形もどきは花が咲くように口元をほころばせた。

「アイス、溶けるよ。お兄ちゃん」

 細い指先に指摘され、あわててしおしおになったモナカにかぶりつく。溶けかけたアイスがなまぬるく、せき込みそうになるほど甘い。

「いい天気だね。お兄ちゃん」
「え、ああ、うん。そうだね」
「空があんなに赤い。明日もきっといい天気だよ」

 赤い空、という単語に眉を上げる至恩。少女はそんなことなどまったく気にせずに、足をぶらぶらと揺らしている。

 駅前を歩く人の波はせわしなく過ぎていく。そういえば、この子の親はどこだろう、と思う。あたりに親らしき人は見つからない。もしかして迷子だろうか。

 日暮れが、近づいている。
 近頃はとりわけ小さい子供の事件をよく聞く。行方不明事件も増えているというし、このまま去って後味悪い思いをするのもなと考えて、至恩は少女に向き直った。

「あー……その、そうだ。もう暗くなるけど、お母さんやお父さんはどうしたの?」
「……?」
「もしかして迷子かなーっと思って……いや、俺、怪しいものじゃないから」
「わかった」
「何が」
「ナンパだね?」
「……は?」
「さすがトーキョー、都会。カワイイは万国共通だけど、私がかわいすぎるのがこんなにも罪深いなんて……。こんな着いてすぐ人を狂わせてしまうなんて私罪深い……。でもナンパはちょっとダメかなー。私がかわいすぎるあまりにごめんねお兄ちゃん……」
「何言ってんだこの子」

 両手で頬を包んで恥ずかしそうに顔を隠す少女に、至恩はついつい真顔でつぶやいた。
 なにも理解していないし、一ミリだってあっていないのだが、子供は面白そうにふんふんと上機嫌に鼻歌を歌っている。絶好調に180度勘違いした顔。

 黙っていれば人間離れした、人形めいた美貌も、くるくると表情が変わればただのかわいい美少女だ。いやだがしかし、ナンパではない。断じてない。そういう趣味は一切無い、と自分のこの先の人生のために至恩は口を開いた。

「いやナンパじゃないから。逆にどこをどう聞いてそう思ったか問いたいぐらいだけど、違うから。わかる? NOナンパ」
「NOナンパ」
「このご時世ほんとそういうの洒落じゃすまされないないから勘弁して……。そこに交番あるから迷子なら連れてくよ。親はどうしたの? 買い物? それともはぐれた?」

 交番でナンパがどうだと話されてはたまらない。
 妙な話をされて警察のお世話になど絶対になりたくないと、全否定の念押しをしてあらためて至恩が聞くと、子供はおおきな瞳をますます開いて、じっと至恩を見た。

 やはり迷子かな。至恩がモナカの最後の一かけらを口に放り込み、飲みこみ終わるまでたっぷりと時間をかけたあと、子供は言った。

「ママを待ってたんだけどね、いいんだ。もう来ないから」
「……来ない?」

 どういう意味だと思ったが、そんなことは口に出せないほど、子供は、静かな声をしていた。
 風が吹く。豊かな銀髪が揺れ、髪をおさえたその合間からのぞく瞳が異様な色をして至恩を捉える。その燃えるような眼差しは、誰かに似ていた。

「――ママはね、死んだんだよ。ここで。昨日の夜」

 どくりと、心臓がわし掴まれたようだった。脈がはやなりに打ち、ひゅっと息が止まる。
 声がでなかった。子供は面白そうに、楽しそうに至恩を見る。

「それは、お兄ちゃんが一番よく知ってるでしょ?」

 とん、と軽やかな音がする。かわいいリボンの革靴が地面に着地する音だった。

 ベンチから降りた子供は、くるりと踊るようにターンして、至恩の前に立つ。赤い瞳でじっとのぞきこんで、にこ、と微笑んだ。純真無垢そのままの、天使のような顔で言った。

「せっかく返してもらったんだから、形見は大事にしなきゃダメだよ?」

 いつのまにかかたく握りしめていた至恩の手を、子供の手がゆっくりとほどく。

 そのちいさくまるい手が、至恩の手のひらに握らせたのは、錆びた指輪だった。
 昨夜、女に渡された指輪。今までどれだけ探してもどこにもなかったものが、当然のように存在してる。

「……これは、なんで、夢だったんじゃ」

 ”それ”は、確かにあった。
 夕暮れに巣に帰ろうと鳥が飛びわまり、駅前は人が闊歩し、コンビニも電灯もこうこうと輝いている。
 夢で、もらったものがどうして。なぜ、これがあるんだ。ここに、現実に。

 はっと顔を上げ、子供を探すがもうどこにもいない。あれほど目立つ子供なのに、もう影も形も見当たらなかった。

 ――指輪の固い感触だけが、いつまでも手の中にあった。



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 至恩がその指輪を見たのは、昨夜が初めてだった。

 保存が雑だったのか、何年前のシロモノなのかもわからない。
 至恩の中指ほどのサイズの指輪は銅がさびきっていたし、正直、指輪というのも難しいような外見をしている。言っていいなら、ただの輪だ。

 そんなものを、死んだ女は至恩に返しにきたといい、あの少女は形見だといった。

 ――形見。

 自分に形見を残すような相手に、覚えがない。いや、今頃海外を飛び回っていつ帰ってくるのかもしれない父親のことも考えたが、どうだろうなと至恩は首をかしげる。
 とっくに死んだと聞かされても悲しむ気はないが、とはいえ百回死んでも死ななそうな相手である。ので、その可能性は除外した。

 もうひとり――もうひとりは、どうだろう。至恩が存在している以上、当然、産んだ相手がいる。母親だ。

 至恩は母親のことを何もしらない。写真はろくに残っておらず、父親もたいして話さない。両親ともに、親類親戚の類もまったくいないらしく、おかげで至恩は父親を除けば天涯孤独と言ってもよかった。

 至恩が母について知っていることは少ない。髪の色、目の色、名前。それから、自分が生まれた瞬間に死んだということ。

「R.KISARAGI。……如月ロウエル」

 指輪を五周ほどまじまじ眺めて触っていたとき、ぽろぽろと落ちたサビの下から、隠すようにちいさく刻まれたイニシャルがのぞく。

 日系の外国人だった、母の名前。
 幼いころ、さびしくなると紙に書いて、小学校に上がるころには呼ぶこともなくなってしまった母の名だ。

 なぜだか、涙がでそうになる。バカじゃないのか。こんなものを渡すより、もっと言うべきことがあったんじゃないのか、と死んだ女につぶやく。
 あの人は母の知り合いなのかもしれない。なら、もっと聞きたいことがあった。話したいことも。なんで死んだんだ。いや、俺が居たせいかと考えてうめく。

 俺がいなければ、あの人も、母も死ぬことはなかった。

「……母、さん」

 その言葉を口に出したのは、何年ぶりだろう。
 会ったこともない。声を聴いたこともない。温度も知らない。それなのに、なぜこの言葉はこんなにも胸を詰まるのか。

 触れたことも、声を聴いたことも、一度だって至恩と居たことがないのだから、もう忘れさせてくれてもいいのに、どうしても忘れさせてくれない。

 ちかちかと点滅する電灯の下で、足を止めて、ほかになにか痕跡が書かれていないか探す。
 指輪をひっくり返したり、なでたり、目を凝らして触れていた。

 ――そのときだった。

『ギャアァァァアアァ!!』

 耳をつんざくような獣の唸り声が響いたのは。




 /*/



 顔を上げた至恩の行動は素早かった。
 全力で、走った。走れるだけ走った。まだ夜七時にもなっていないのに、街は静まり返り、人っ子一人、それどころか明かりがついた家一つない。

 コンビニも、スーパーも店は開いていても人は誰もいない。そして、空は赤い。血のように、赤黒かった。
 おかしい。ここは田舎とはいえ東京府の特区だ。どんなに時間が遅くとも、人も車も途絶えて誰もいない、なんてことはない。

「……ちょっと待てよ、嘘だろ」

 数秒の思案ののち、至恩は近くの公園を選んだ。
 前回は、至恩が気づいた瞬間にはもう数メートル先で大惨事が起きていたのだ。
 今回は、そうではない。
 まだ、逃げ隠れる余裕がある。それだけでもマシだ。

 そう思った瞬間。視界が急に暗くなった。
 反射的に空を見上げる。

 ――鳥だ、と。

 公園のブランコも砂場もすべり台も、すべてを黒く塗りつぶす黒い影は、鳥の形をしていた。

 赤い瞳が三つ、月のように輝いている。四枚の黒い羽毛はぬらぬらとしたツヤがあり、足は四本。するどく獰猛な鋼の爪が備わっている。

 嘘だろ。鳥とか。そんなの卑怯だろ。距離なんか意味ない。
 目を大きく開けて、その鳥を見る。
 黒いものが、猛スピードで急降下して迫ってくる。切り裂かれた空気音が耳鳴りのように聴力を奪う。

 そこまでだった。志恩の意識が残っていたのは。



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 巨大なカラスが死体を漁る光景が、そこに広がっていた。

 かすんだ視界がフラッシュバックする。金の光がまぶた裏に焼きつく。黒でも、赤でもなく、夜明けの太陽のようなまばゆい金だった。

「起きなさい、至恩」

 名前を呼ばれる。聞いたこともない母の声で。

 死んだ。死んだのに、なぜか、左手の感触だけ残っている。指輪をにぎりしめる左手が熱い。それは切り裂かれた痛みとはまったく違った。

 やわらかく、それでいて夜明けとともに母に背中を押されるようなあたたかさで、至恩は目を覚ました。
 母の声が、かわいい子供の声に変わる。

「そんなに美少女に踏まれるのが好きなの?」

 赤い空に、銀の星々が流れている。まばたきをする。いや、星ではない。
 というか、何を言ってるんだお前は。

「あれっまた寝た? 踏んだせい? えっ死んだ?」

 赤い夜に銀色の髪が巻き上がって、そのさらさらとなびく一本一本が星のようにきらめている。

 うつくしい、と目を奪われた次の瞬間には、急激な喉の渇きにおそわれる。
 喉がからからで、まるで一度身体の水分すべてを失ったように身体が飢えている。それに、胸が妙に重い。
 やけに重い。鳥に喰い出された内臓が圧迫される。いや、圧迫されるということは、骨も肉も皮もあるということだ。

 どういうことだろう。

「大丈夫……? えーとえーともしかしてゾンビになっちゃったとか。もっかいやり直したほうがいい? いっぺん死んどく?」

 そんな栄養ドリンクを入れるみたいなノリで人を殺すなと声の出ない喉で文句を言う。

 何故か至恩の胸の上であわあわしているのは、あの、駅前広場で出会った子供だった。
 忘れることさえ許さないような、完璧な美貌が、今は青くなったり赤くなったり元気にころころ変わる。

 どうでもいいが、人の胸に足を蹴り立てて座るのはどうなのか。ドレスの裾がふんわりと長いとはいえ、はしたないと思うんだけど。
 そこまで考えて、至恩はゆっくりと口を開いた。唇をなめる。頭の奥がもやがかって、言葉の発音方法さえおぼつかない。

「い、や、あの、あのさ……」

 視界が、脳がようやく状況を理解し始める。

 死んだはずだ。手足を引きちぎられ、眼球を啄まれ、内臓を引き出されて死んだ。
 それなのに、なぜか生きている。死んだのに、意識を身体に巡らせると、血の、肉の感覚がはっきりとある。
 赤い夜は相変わらずそのままで、民家に人影はない。電灯はともかく、家庭の明かりもひとつ見当たらない。

 ただひとつ、完璧な相違点があった。

 ――至恩が倒れた場所から数メートル先。公園のすべり台に突き刺さる、血だらけの肉塊。大量に地面に散った黒い羽毛。
 肉片の合間からのぞく、だられと落ちかけた赤い眼球は、間違いなく例の化け物のものだ。

 ぼろぼろに投げ捨てられたその獰猛な爪も、至恩は見覚え、いや身に覚えがある。肉を切ら裂かれた生々しさが脳内をよぎる。

 確かに、あれは現実だった。俺はあいつに、殺された。
 だが、今はそんなことよりも、

「危ないっ!」

 きゃんっ、と子供が腕の中で声を上げるが無視する。腕の中で抱き寄せたまま、地面を転がるように至恩は逃げた。

 たった、三秒前。三秒前に至恩達がいた場所は、地面をえぐりとられるように消失していた。
 地割れを起こしたように深い穴が、後ろの住宅まで真っ二つに割っている。ぞっとしたが、身体は震えなかった。

 そこに、それは居た。

 世界が、空間がひび割れている。暗闇の欠片から、巨大な金の瞳が見つめている。
 暗闇からわずかに出た爪先が、ひびわれた虚空を壊そうと爪を立てる。なにかが、そこから”こちら側”に這い出ようとしていた。

「……お前は……お前、が」

 あまりに巨大すぎて、ひとつの瞳しかわからないが――わからないが、知っていた。
 知っているのだ。この目の色を。

 どうしようもないほどに、腹の底から、記憶の底から、急激に怒りが沸き立つ。

「――来るんじゃないッッ!!」

 知らないうちに、左手が、白く輝いていた。
 右手で子供を胸に抱き寄せ、左手は前方に差し出す。腕が、光に包まれる。現れたのは、流線型の白銀に輝く銃だった。

 白い輝きが腕を包みこみ、二の腕から一体化した銃には、引き金もなにもない。
 ただ、砲身を包む機械じみたパーツの下から、模様のような幾重にも文字が組み合わされ、十個の玉の図形に繋がっている。

 砲身が、ひときわ輝く。
 至恩が来るなと叫んだのと同時に、白い螺旋が放たれる。

 閃光があたり一帯を包み、世界のひびを押し潰し、白い光の柱が何もかも消し去りながら赤い空に突き抜けていく。

「イヌラ……?」

 あいつはまだ、最果てにいるはずなのに。
 志恩の胸から上半身を捻った子供が、目を細めてつぶやく。子供には似つかわしくない、鋭い視線。だが、志恩が気づくことはなかった。

 光が消え、金色の目の化け物が消えたことを確認した瞬間、腕は、白い螺旋が解けるように、元に戻った。
 指輪だけが手の中に残っている。

「…………っ……」
「あっちょっと、ちょっと離してエッチ! こら、気を失うなって、こらぁ!」

 胸の中できゃんきゃんわめいている少女の声を聞きながら、至恩は地面に倒れこんだ。

 空が、赤かった空が、藍い星空に塗りつぶされていく。月が昇る。
 そういえば、今日は満月だったと仰向けになったまま、一瞬だけまぶたを開く。

 髪が揺れた。遠くから風が吹いている。
 風に混じるように人の声が近づいていくる。車の音、テレビの音。人の生活のにぎやかさや、明るさをこれほど恋しいと思うなんて知らなかった。

 理解不能だが、疲れた。
 世界が元に戻るまで、すこしぐらい眠っても許されたいと子供の声を聴きながら、目を閉じた。
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