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228 攫われた子ども

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ーーーーガササササ!  ドサッ! 

「だ、誰だ!」

 ソラの気配を辿って転移した先は木の上だった。すぐに落っこちて必死に木にしがみついたところで見つかってしまった。まぁ、いいのだけれど。

「こ、小僧か。くくく。一人逃げ遅れたか? 俺たちゃ、まだ天に見放されちゃいないってこったな」
 男は嬉しそうにほくそ笑んでオレの腕をつかんだ。
「戻ってきたんだ! ソラを、ソラを返して!」

 男の手を振りほどいて真っ直ぐに見つめる。真剣なオレの姿に男は「ほぉ」と目を見開いて、御者を呼んだ。御者だと思っていた男は、本当はボスだった。たくさんの刺繍が施された上等な上着に着替えている。オレは再び視線を真っ直ぐにボスと向き合った。

「オレ、戻ってきた。売られてもいいよ。だけど、ソラは、ソラだけは返して!」
「ソラとは? ああ、あの鳥か? アイツは珍しい。高く売れる。お前には渡せない」
 ニヤニヤしながらオレに掴みかかる。だけど、残念。しっかり起きている今なら、オレ、簡単に掴まらないよ。逃げるのは得意だもの。伸びる手をシュタシュタと飛びのける。そして、奴らの息が上がってきたところで再び交渉をする。

「オレ、売られてもいいよ。ちゃんと大人しくしてる。だけど、ソラと一緒だ。ソラはオレの友達で家族だから。ソラもオレも、一緒にいれば力が発揮できるけど、別々だったら使い物にならないよ。おじさん! オレを利用したいんでしょ? だったらソラと居させて! ソラと一緒じゃ無いとオレ達は役に立たないよ」

 そう叫ぶと、オレは馬車の扉を開けていそいそと乗り込んだ。おじさん達はキョトンとしているけれど、ちょうどいいと馬車を出発させた。御者だった男が隣に座り、ジロウと契約させようとした『ボスト』という男が対面に向かった。馬車の天井の中央には金の鳥籠が吊り下げられていて、ソラが小さく丸くなっていた。ソラはオレを見て悲しそうな目で小さく鳴いたけれど、オレはとっても嬉しかった。ソラさえ近くに居れば大丈夫。作戦を続行できる。


 男達はオレを拘束しようとしたけれど、オレが魔力を吸収する魔石を首から下げて大人しくすると主張したので、腰紐を着けるだけで許してくれた。後ろ手で縛られると上手く座っていられないから有り難かったよ。馬車の中で家出をしてきたことを話すと、表情が一気に緩み、悪いようにしないから取り引き先でもそう言うのだとご機嫌になった。
 しばらく森の道を行くと大きなトンネルの中で下ろされた。ここからしばらく歩くんだって。馬車道はエンデアベルト軍が待ち伏せている可能性があると警戒して道を変更したようだ。取り引きが中止になると危惧したところにオレが見つかったから、子ども達の分までうんと高値で売るんだって。

 トンネルの道は複雑で、右に行け、左に行けと指示される。きっとどこかに目印があるのだろうけれど、分からない。追っ手を恐れて松明の灯りは小さい。下調べ済みなのか魔物の気配がないけれど、足場が悪くて何度も転びそうになった。そして、暗闇の先に明るい日の光が差し込むと、王都で見たような小さいけれど豪奢な馬車があり、オレ達は再び馬車に揺られることになった。

 トンネルで山道を抜けたここは、見渡す限りの緑豊かな麦畑が広がっている。荒野ばかりだった街道とは別世界の光景だ。正面に見えるのは切り立った険しい山。これがコーベダ山だと直ぐ分かった。竜が住む山は所々雪も残っていて、白く、蒼く、気高くて美しかった。王都が、さっき兄さんと別れた場所さえも遠く遠く感じた。でも、どんなに遠くてもきっと大丈夫。ディック様との揺るぎない信頼がある。あのぬくもりを思い出しさえすれば、すぐに帰れる。そう思うだけで、オレは新しい景色に見惚れることができた。

「おじさん、ソラ、おとなしいでしょう? この魔石、外してもいい? どこにもいかないよ?」
「はー? お前、掴まっている分際で生意気だ。駄目に決まっているだろう」
 ちらりとも此方をみないおじさんは、馬車の揺れに身体を預けて腕組みをして難しい顔をしていた。

「でも、死んじゃったら困るでしょう? ソラ、随分弱ってきてるから、飛べないよ。オレの魔力をあげないと、死んじゃうかも」
「な、なにぃ? そりゃ困る。これほど魔力を持った綺麗な鳥なんざ二度と手に入らん。絶対、逃がすんじゃないぞ」
 ボスおじさんが慌てたので、オレは返事を待たず天井に飛びついて鳥籠を外す。弱ったソラをそっと手の平に乗せて、オレの魔力を思い切り渡した。実は、オレが持っている魔石はすり替えられている。ただの魔石だ。『砦』の魔石コレクションの中からよく似たものを細工してもらったんだ。だから、オレ、今はしっかり魔法が使えるよ。

 しばらくすると、少しだけソラが光ってきた。よかった! 元気を取り戻したみたい。もともと魔力が減っていたソラだもの、辛かったねと頬ずりをして、空間収納にいれてあった蜜漬けフルーツの瓶を取り出して食べさせた。オレもお腹が空いたから、サンドイッチの残りを食べる。でも、ほとんど配ってしまったから大事に食べよう。

「お、おい! テメー、何してる?」
「うん? オレ? おじさんに掴まってるよ。売られに行くんだよね?」
「ば、馬鹿野郎! そんなことを聞いてんじゃねぇー! 何を食ってるか?ってんだ」
「サンドイッチだよ。だってお腹が空いてるんだもの。おじさんも食べたいの?」
「はぁ? なに勝手に食ってんだよ! いらねーよ! そんなもんって! ば、バカヤロー! それをどうしたかって聞いてんだ」
 ボスさんもボストさんも大声を出して驚いている。だって、ぜんぜんご飯が貰えてないんだもの。ゆっくり食べさせて欲しい。欲しいかって聞いても要らないって言うから、無視して黙々と食べた。でも、二人の目がオレに釘付けで。食べにくいから最後のサンドイッチを半分こして二人に渡した。二人はがっついて、やっぱり目を見開いてうめーと叫んでいた。ふふふ。お腹が空いていたなら言えばいいのにね。

「その服、しゅ、収納つきなのか。さすが貴族だ。その分も上乗せして売ってやるぜ」
 空間収納はバレないように気をつけているから、おじさん達はズボンのポケットを収納袋だと思ってくれたみたい。オレはクッキーも取り出して、ソラとおじさん達と御者さんに渡した。ほら、甘い物を食べると元気がでるでしょう? 優しい気持ちになるでしょう?
 緩んだ頬にちょっとだけ目を細める。


「ねぇ、おじさん。オレって誰に売られるの?」
「お前、人質だぞ? もっと怖がれ。それに誰にだって構わんだろう? どうせ、言ったって分からん」

 とりつく島が無い。だけど、自分のことだもの大問題だと食らいつく。どうやらオレは貴族に売られてから教育を施されて外国に行くみたい。外国は嫌だなぁ。ううん。いつか、行ってみたいけれど、今は嫌だ。貴族ってことは、ディック様も知っている人かな? 悪い人だから知らない人かなぁ。

「ねえ、おじさん。オレ、いくらで売られるの? 」
「「ブッ! はぁ? いくらだっていいだろう? とんでもねぇガキだ。お前、売られるんだぞ? もっと怖がれっつーの」」
 咥えたタバコを吹き出したボスとボストさんは鋭い目で威圧をかけてきた。だけど、やっぱり怖くない。本当に怖い威圧を知っているから。

「おじさんはオレを売るんでしょう? だったら殺されないし、酷い怪我も負わされないんだもの、怖くないよ。人質がいたら困っちゃうけれど、今はオレとソラでけだし。怖くないよ。あっ、でも、お化けだったら嫌だなぁ。 おじさん、お化け?」
「「 ば、ッ馬鹿野郎! んな訳あるか! 」」
「チッ、どうも調子が狂う。 ちっとは黙ってろ」

「さっきまで、いっぱい黙っていたし、うるさくはないでしょう? ねえ、オレ、いくらなの? 大金貨? それとも白金貨百枚?」
「ば、ッ馬鹿野郎! んな訳あるか! 高すぎるわ」
 具体例があるといいかと思ったのに、叱られてしまった。そうか、高すぎるのか。

「じゃあ、白金貨何枚? オレ、あんまり安いのは嫌だなぁ」
 しょんぼりして上目遣いをすると、ボストさんがため息をついて手を広げた。

「えっ?! ご、五十枚?」
「お前、馬鹿か? そんなに価値があるかってんだ。五枚だ五枚。高く売って白金貨五枚だ。だが、うん、実際は不景気だからなぁ。白金貨一枚でも御の字だがよ」

 オレはうーんと考えた。この前、石を拾って稼いだお金が白金貨一枚。ミスリルだかアダマンだかオリハルだか、よくわかんない名前の鉱石が幾つかあって、それをオレが石から取り出しちゃったからなんだけど。あれはそんなに時間もかからなかったし、川で手の平に入ってきた石だった。オレの値段が白金貨五枚なら、ちょっと頑張れば自分でも直ぐに買えるんじゃないだろうか?
 このおじさん達はそんな値段で子ども達やオレを売ろうとしているのかなぁ。見つかったら極刑は確実なのに。割に合わないんじゃないだろうか。

「ねぇ、おじさん。オレ、白金貨、一枚なら持っているよ。もっと欲しかったら次の時に稼いでくるから、悪いことは止めない? 」
「かー、これだから貴族のボンボンは嫌いだね。白金貨っていったら平民が一生働いても手に出来ねぇ金だぜ? それが一度に五枚も手に入る。 ついでに太い人脈もついてくるんだ。こんなうまい話、やめらんねぇんだよ」
「でも、悪い人の人脈でしょう? 悪いことをして手に入れた人脈は悪い人脈だよ。でも、いいことをして手に入れた人脈はいい人ばかりで安心も手に入るよ。気持ちよさも手に入るよ。おじさん、どっちがいいの?」
「「ああ? お前に取っちゃ悪い人脈でも、俺達にとっちゃ上手い人脈なんだよ。白金貨、ホントに持ってんなら寄越せ。」」

 どうしようかなぁ。そう迷ったところで馬車が止まった。

「チッ、運がねぇ。検問だ。街まで結構あるんだが……。もう伝達されたのか? それとも……?」
 鋭い目つきでオレを睨んだ。オレ、知らないし……。でも、オレが見つかったら大変だよね。

 オレはボスとボストさんを正面から見据えて、にっこり微笑んだ。



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