192 / 260
180 激しい
しおりを挟む悪魔の怒りは凄まじかった。
オレへの怒りを真っすぐにアイファ兄さんにぶつける。踏ん張った足がザザッと土にめり込んで、喰いしばった兄さんの剣がドオンと大きな音を放って転ばされ、かと思うと、瞬時に間合いに入って切りつけたディック様を片肘で受け止めて長い脚でギュンと腹を一撃する。吹っ飛ばされたディック様の手元でキールさんだろう魔法が発動して炎が上がると、炎はそのままキールさんの方に戻されて岩もろとも爆発した。
ものの数分。ジロウとドッコイが出方を探っている間に、三人は地に伏せることになった。
ー---ガシャン!
「コ、コウちゃん!」
『コウタ!』
グンと伸びた手がソラのシールドを破ると、オレの首根っこを掴んであっという間に壺の中に放り込む。
サーシャ様とソラの声すら間に合わない瞬間の出来事。
何? 何が起きている?
煙と液体が引き付けられるようにオレにまとわりついて、ごぼごぼと溺れた。だけど一瞬ですべてがなくなって足元に黄色の丸い球が転がる。
ガシャン!
壺を割ったアイファ兄さんが、見たこともない怒りの形相でオレを奪い取ると、身体から湯気をもうもうと出した。
「て、て、てめぇー-! ぶっ殺す!」
慌てて飛んで来たソラにオレを投げ飛ばして、真っすぐに悪魔に向かって行った。
「もとより、そのつもりじゃなかったのかい?」
悠長に身構えることもない悪魔は、丸い球を拾い、さっと口に投げ入れると、うっとりするように飲み込んだ。
「ははは、これだ、これ! 金の魔力を凝縮するとこうなるのか……。 ならば、まんま、いただいたらどうなるかな?」
舌なめずりをしながら兄さんの猛撃をいなして、不気味な瞳でオレを見た。そしてズガンと蹴り飛ばしてから大きく肩を回す。ちぎれた羽根が再生されて、悪魔の身体が一回り大きくなった。
こ、怖い!
さっき、投げ込まれたときに全身で光魔法を放てばよかった。あんまりびっくりしたから、勢いそのままにオレはきっと金の魔力を垂れ流したんだ。
再び、ぎゅんと手が伸びるくる。ソラはさっと避けながら大きな神鳥になって逃げた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ.........
生温かい風が突如止み、上空の灰雲が渦を巻き始める。地面の小石が徐々に持ち上がり、砂嵐が起こり始めるようだ。その源は、さっきまでオレがいた更地のくぼみ。
長い金髪を頭上できゅっと結びながら歩き出した女性は、俯きながらも全身で怒りをあらわにしていた。今日のサーシャ様は狩りに行った時のようなパンツスタイルなのだけれど、たっぷりとしたヒダやリボンが音を出してはためくほどに風を身に纏っている。
「「は、母上......?」」
クライス兄さんとアイファ兄さんの困惑する声を聞くと、それを打ち消すかのように悪魔の前に仁王立ちになる。
「男の子だもの。多少の無茶や聞かん坊は許すわ。でも、ちょっとやりすぎじゃない? もう・・・・今日は許さないから」
キッと上げた茶の瞳には確かに半分緑の顔の悪魔が映った。
「ハァッ・・・・・・・・・」
すっと息を吸った女に、悪魔は一瞬ひるんで後ずさる。
「 ヤァー--― 」
ダダダダダダダ・・・・・・・・・・・!
恐ろしいほどの拳が一直線に悪魔に降り注ぐ。撃っては蹴り、蹴っては打ち。見えないほどの速さなのに、確かに悪魔はすべてを受けていて、いや、時に喰らって防戦一方。対してサーシャ様はドッコイと連携を取り出し、掴みかかって投げ飛ばしたり、蹴り上げた瞬間に頭から撃ち落としたりと凄い攻撃だ。
「あーあ、これだから。怒りに火がついちゃったか。兄さん、今のうちに休んで」
「いや、今こそ、突く・・・・」
クライス兄さんの手を取って立ち上がったアイファ兄さん。ディック様もキールさんもジロウも。みんな一斉に猛攻撃だ。
すごい! すごい、すごい!
ドカン、と危ない場面でソラがさっとシールドを飛ばす。喰らわせた一撃の再生を阻むようにキールさんとジロウの魔法で凍らせたり燃やしたり。悪魔の奴は変幻自在に手足を伸ばしたり縮めたりして応戦する。だけど確実に、確実にディック様達の攻撃が効いている! やっと、やっと突破口が見えた!
けれど・・・・・・。
やっぱり駄目だ。悪魔は風に乗って漂う黒煙をどんどん吸い取って衰えを知らない。対して、ディック様達の攻撃はいつまでも続かない。
やがて・・・・魔石を使い切ったニコルの剣が汗で飛ばされた瞬間、再び形勢は逆転し、幾つもの穴があいた荒野に雨が降り注がれる頃には、オレ達、ヒトは皆、肩で大きく息を上げて、乾いた喉がヒューヒューと音を立てていた。
「くくくくく・・・・! 随分楽しませてもらたが、そろそろか? なあ? 力あるものの敵意は美味いなぁ? あの頃の記憶が戻っって来るぞ! まだまだ力は足りぬが、忌まわしき記憶を塗り替えよう! 」
背中の羽根を大きく羽ばたかせて見下ろしている悪魔が笑みを溢した。そうしている間も黒い煙がどんどんと流れ込んでくる。遥か彼方に見える王都で炎が上がり、そこからも絶え間なく、あの悪意の煙が押し寄せてくるんだ。
「あぁ愉快だ。この感覚も久しい。忌まわしき奴らに滅ぼされ、土にされた年月。長く永く、退屈であった。だが、復活して間もなく、このような機会に恵まれるとは。さすが私だ。ははははははははは・・・・」
高笑いする悪魔に、激しく打ち付ける雨に油断することなく、オレは身体の中心に魔力を巡らせる。まだだ、まだだ。アイツをやっつけるには・・・・。足りない、足りない・・・・。
―――ぎゅん!
「くっ! ソ、ソラ!」
風に逆らい、重力に逆らい、悪魔の手の中にソラもろとも引き寄せらた。
「「「「 コ、コウタ! 」」」」
「褒美をやろう! 世界の王に君臨する私を、これほどまでに楽しませたのだからな!」
『コ、コウタ! 転移よ!』
「うん、ソ、ソラ! 一緒に・・・」
激しい痛み。
力づくで握りつぶされるような圧力の中、オレはソラと転移を試みる。
ー---が、
光が発動する前に、視界が真っ暗になって、ぐるぐると生温かい、気持ちの悪い奴の胎内に飲み込まれてしまったのだった。
21
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
変わり者と呼ばれた貴族は、辺境で自由に生きていきます
染井トリノ
ファンタジー
書籍化に伴い改題いたしました。
といっても、ほとんど前と一緒ですが。
変わり者で、落ちこぼれ。
名門貴族グレーテル家の三男として生まれたウィルは、貴族でありながら魔法の才能がなかった。
それによって幼い頃に見限られ、本宅から離れた別荘で暮らしていた。
ウィルは世間では嫌われている亜人種に興味を持ち、奴隷となっていた亜人種の少女たちを屋敷のメイドとして雇っていた。
そのこともあまり快く思われておらず、周囲からは変わり者と呼ばれている。
そんなウィルも十八になり、貴族の慣わしで自分の領地をもらうことになったのだが……。
父親から送られた領地は、領民ゼロ、土地は枯れはて資源もなく、屋敷もボロボロという最悪の状況だった。
これはウィルが、荒れた領地で生きていく物語。
隠してきた力もフルに使って、エルフや獣人といった様々な種族と交流しながらのんびり過ごす。
8/26HOTラインキング1位達成!
同日ファンタジー&総合ランキング1位達成!
聖女の姉が行方不明になりました
蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる