上 下
182 / 260

170 待てない!

しおりを挟む

 ポチャリ。
 ヤギのミルクに真っ赤なベリーを落としたメイドさんは、つやつやと金色に輝くはちみつをスプーンにすくうと、悪戯気な瞳を寄越して笑った。

「これはどちらに入れます?」
 どちらにって......。くちかミルクかってこと? そんなの決まっているよ。

「もちろん......ミ?!」
 ミルクだと言おうとしたその時、華奢な指がオレの唇をふさいだ。あれ?

「本当はブルか、山ヤギのミルクがいいのでしょうけれど、ここでは手に入りませんからね。そうそう、今は文字のお勉強をしていらっしゃいますね。お絵描きはしていますか? 芸術もお忘れなく」
 そういって、メガネとそばかすのお姉さんは1枚のカードを出した。中央にはオレンジと緑の絵の具。同じ大きさの矢印が2つ、互い違いに描かれている。

「これって......?!」
 慌てて飛びつこうとすると、さっとポケットにしまわれ、再び指で唇を押えられた。

「うふふ、書き付けを間違えてしまいましたわ。お渡ししたいのは、こちらの白いカードです。もし、お時間があったら私目に絵でもプレゼントしていただけないかしら? 文字の練習でもいいのだけれど」
「うん! うん! かくよ、かく! あぁ、何をかこう! 想像したことかな? 見たことかな? 悩む~~」
 数枚の白いカードを受け取って目を合わせると、悪戯なウインクでひらひらと手の平を返した。

 この人、サンだ! 
 王都に来てからずっと会えなかったけれど、ひまわりの瞳がメガネの奥で笑っていたもの。山ヤギのことを知っているのはエンデアベルトの人だけだし。そして、たぶん、アイファ兄さんもニコルも無事だ。暗号の意味は分からないけれど。大丈夫。きっと迎えが来る日は近い!

 だけど、油断大敵ってことだ。サンは正体を明かさない。オレがへまをすると敵の懐にいるサンが危ない。ケドラレルナヨってことなんだ。そして......この白いカードに何を託すのか? 見られても大丈夫なようにサンに伝えろってことだけど、何を伝えるの? 何が知りたいの?

 大好きなベリーミルクはナンブルタルで飲んだのと同じ、薄いヤギのミルクだ。だけどたっぷりのはちみつのおかげで甘くて美味しい。一粒だけ、涙がこぼれてしまったけれど、大丈夫。オレ、まだ待てるから。頑張るよ!




 夕刻になるととろとろと瞼が下りてくる。ここ数日、首飾りに魔力を吸い取られないように、必死で魔力を内に押さえている。魔力は十分だけれど、おへその周囲が筋肉痛で、それなりに体力を使うから、やっぱり眠くなる。首飾りの魔力はほとんど溜まっていないから、魔力コントロールはできているのだとおもうのだけれど。

 晩御飯、まだかなぁ。寝ちゃいそう。あまり身体を動かしていないからお腹はすかない。でもちゃんと食べないとディック様達が悲し気な顔をするから。スカに報告されちゃうし。
 夢うつつに考えていると、赤ちゃんの泣き声が聞こえて来た。気のせいか、赤ちゃんの泣き声が初めの頃より弱く感じる。首飾りのせいで疲れてしまっているかもしれないね。

 そうだ、オレの魔力を分けてあげれば元気が戻ってくるんじゃないかな? 回復をしなければいいよね。励ましとか、応援とかなら大丈夫!
『それって、回復と何が違うのかしら? 見つかりそうになったら教えるからほどほどにね』
「分かったよ、ソラ。いつもありがとう」

 カチャと扉を開けると、一番大きい赤ちゃんがベッドの柵につかまって手を伸ばして泣いていた。お腹がすいたのかな? それとも寂しくなっちゃった?

 メイドさん、来ないね。きっと夕食の支度ですぐに手が離せないんだ。それに交替の時間だし。引継ぎってものをしているのかもしれない。
 
 ベッドサイドに持って行った椅子によじ登る。小さい手をとって抱き寄せ、よしよしと身体をさする。元気になあれ、元気になあれ! もうすぐご飯だよ。美味しいミルク、もらえるといいねぇ。
 ふわふわ漂う金の魔力。いいよ、しっかり浴びて元気になって。
 赤ちゃんたちの頬がつやつやと色付いてきた。あぁ、かわいい手がポカポカしてきたよ。眠れそう? 眠れるといいね。オレも、眠い。一緒に寝ちゃう?

 柵がじゃまだなぁ。ぴょんと飛び越えて、赤ちゃんと布団に潜り込んだ。気持ちいいね。うれしいね。一緒に寝ると安心するよね。
 ため込んだ魔力はゆらゆらと部屋を漂っていく。随分ため込んでいたからね、赤ちゃんが元気になればうれしいよ。たくさんたくさん浴びるといいよ。

 赤ちゃんのお世話をしにきたメイドさんが、夕食を持ってきてくれたメイドさんが、プルプルと肩を震わせて悶絶していたんだって。うふふ、ご機嫌赤ちゃんは可愛さ倍増だものね!


■■■■

「ほぉ、これは……。なかなか良い。あの魔力を全身で受けたのか。赤子の身体は柔い。おそらく、染まっているかもしれぬ。面白い」
 鳥肌が立つような重低音。びりびりと肌を刺し、押しつぶすされるような気配で目が覚めた。身体が動かない。ソラが油断なくオレの手の中に隠れて身構えているのが分かった。

 ー-----あ、あの方が来た?

 動けない。ううん、動いちゃ駄目だ。
 オレの力じゃ敵わない。
 ディック様なら勝てる? 分からない。 
 やばい、まずい。それだけは分かる。
 全身が真っ暗な闇。
 吸い込まれそうな闇。
 オレの漆黒をもっと深くした底知れぬ闇。

 
多分扉の向こう。こっちには来ない。

 メイドさんが隣に眠っていた赤ちゃんを抱き上げると、と一緒に部屋から出て行った。そしてオレは違うメイドさんに抱き上げられて自分のベッドに寝かされてしまった。

 翌朝から、赤ちゃんが一人消えた。どこかに行ったのではなくて、消えた。オレには分かった。オレが、オレが軽率に魔力なんか浴びせたから。きっとそうだ。悔しくて悲しくて。だけど泣けない。

 ごめん、赤ちゃん。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ー---ここにいては駄目だ! 
 オレも、赤ちゃんも。

 ごめん、ディック様。もう、もう、待てない!





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...