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155  眠る

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「幸せ日記」ですが、幸せになるためには試練があるようです。
残虐な表現があります。ご注意ください。


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 ザザッ!
      ジュバッ!
          シュタタタタ!


 冒険者をしていれば、人との闘いも避けては通れない。
 駆け出しの頃は意味もなく虚勢を張る奴らが絡んできたし、野盗に出会うなんてことは珍しくない。それなりの力を得れば野盗狩りだ、賞金首だの依頼もくるし、貴族からの依頼で用心棒や暴動の収束といったこともある。

 誰の差し金だ?

 俺達が邪魔なのか、アイツが欲しいからなのか? 襲撃くらいは想定内だった。
 だが、今回は妙なことが多い。対人戦では、確かに鼻っから殺そうと殺意を抱いて臨んでくるが、普通なら多少の恐れやためらいがあるはずだ。しかし、こいつらは真っすぐに突っ込んでくる。全く容赦がねぇ。ならば半端に傷つければ苦しむ時間が長くなるだけと割り切って、突き進むしかない。どうせ、俺が温情をかけて生き残らせたところで、仲間の元に連れられりゃ首を切られるのは間違いない。下手な拷問を受けるくらいなら、ここで一瞬で終わらせてやる。

 ザクッ!
      ダダン!

 すれ違いざまに振るった剣から血しぶきが飛んだ。まるで切ってくれとでもいうように、赤い目をした奴らは躊躇なく俺に飛び込んでくる。切り飛ばされた柔らかな肢体の手ごたえは気持ち悪く、跳ね飛んでいく武器たちの金属音が耳の奥に反響して痛い。

 軍隊のように組織立ち、けれど扱う武器や戦い方は冒険者。アンバランスさが厄介だ。不安定だった赤い瞳が徐々に復活し、まるで獣や魔物のようにぐるぐるといななきながら襲う奴らの中に、俺は知った顔を見つけてしまった。

「くそったれ!」

 奥歯を噛みしめて思い切り剣を振る。闇夜の森は赤い瞳をたいまつにして目立たせ、俺を吸い込んでいく。目の前に迫った枝や木の幹ごと、「真っすぐ馬鹿」の愛称を笑いながら突き進んでいく。結局、徹夜かよ。

 いつの間にか雨を止めた空が、月明かりを運んできたのか? 視界が少し明瞭になり、敵の強さが変わってきた。あいつが指揮官か? なら潮時だ。俺は走るのを止め、指揮官らしい奴と向き合った。


「お前、偉そうだな? ボスに通じる奴か?」

 暗いショールを頭からかぶった奴の肩がピクリと動いた。

「俺は獲物か? それとも…………?」

 静かに手が挙げられ、俺に向かってくる奴らの動きが止まった。思った通りだ。俺はわざと息を上げて剣を投げ出し、地に座った。

「やめだ、やめ。降参だ。 さすがにもう動けねぇ。 煮るなり、焼くなり、取引するなり勝手にしろ。 知った奴らを切るのは勘弁だ。それも計算のうちってか?」

 指揮官は嬉しそうに高笑いをして、拘束するように指示した。赤い目は不思議なことに少し戸惑ってから飛び掛かってきた。反撃を心配したのだろう。だが、俺は大人しく縄にかかり、そっと目を閉じた。


 アイツ…………。泣くよな。絶対ぇ泣くな。いや怒るか? キールやクライスがうまくあしらってくれるといいが。まあ、いい。動いちまったもんは仕方ねぇ。任せると決めたんだから。久しぶりに頭も身体も使ったな。休息だ。眠い。



■■■■

「プル? プルル?」

 王都のエンデアベルトの館から転移してきたスライムのプルは、途方に暮れていた。「もう一度戻って来い」といった者がどこにもいない。コウタがいれば、ジロウがいれば、その魔力を借りて追いかけることができたかもしれない。だけど、ただのちっぽけなスライムでは、ぴょんぴょんと周囲を跳ねまわるだけで、何もできなかった。

 プルは最弱な魔物とされるただのスライム。コウタの魔力をたくさん浴びて力をつけた時に、妖精が作った転移の魔法陣を食べてしまったことで転移スライムになった。できることは水と消化液を出すこと。なんでも食べること。そして、転移すること。もし敵に出会ったら、時間をかけて消化する液を出して贖うくらい。すぐに核をつぶされてお陀仏である。

 そんなスライムだから、危険な夜の闇にただの一匹で長くいることはできず、ぴょんぴょん周囲を伺うと、がっくしと肩を落として(どうやってか?)館に戻るしかなかった。

「プル……プル……プル……」(どうしよう。コウタ、きっと悲しむ)

 ソラやジロウのように人の言葉を話せないプルは、大好きな主ががっかりすることを想像して全身を震えさせながら転移した。

 館では、コウタは既に深い眠りについていて、ディックとクライスが恐ろしい顔で睨みつけて(プルにはそう見えた)待っていた。

「プル? プルルル……。 プギー 」

 うるうると瞳を潤ませて(どうやってか)、全身をしならせて説明をするが、伝わらない。ソラもジロウも、新しく仲間になったドッコイもすやすやと寝息を立てていて、助けてくれない。

「どうした? アイファたちは? 」
 ぼしゃぼしゃの体毛をもつおじさんが怖い顔をして聞く。この人は苦手だ。鼻息だけで核をつぶされそう。
「まさか…? もう遅かったのか?」
 サラサラの金髪のお兄さんは、優しいけれど怒らせると何をするかわからない人。お使いがうまくできなかったから、きっと叱られる。

 プルは伸ばされた手をぴょんとかわして、主のベットの下に潜り込んだ。
(怖いよ、怖いよ。ごめんなさい。だっていなかったんだもん。さがしたけど見つからなかったんだもん)
 心の中で呟きながら全身を震わせて泣いた。ぷるぷるぷる。

「あらあら、怖くないわよ。大丈夫よ、でていらっしゃい」

 やさしい女の人は、上に下に横に斜めに身体を撫でまわすから苦手。ますます嫌々とおもちゃ箱の陰に身を潜めた。そして、主の目覚めを待ちながら、プルもぐっすりと深い眠りに落ちたのだった。



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