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147 溶けた
しおりを挟むオレ達は湖のような草原の中央部にできた剥き出しの地面にテントと炉を設置して野営をしている。道中で狩った魔物の肉にニコルが採取してくれた野菜達。テキパキと収納袋から道具や調味料が取り出され調理されていく様子はとても興味深い。
くるり丸まったドッコイの腹は、固かった毛が柔らかみを帯びていて、だけどあったかくて優しい懐かしさだ。戻ってきたジロウが隣で横たわれば、オレはもふもふに囲まれてとろりまぶたが重くなる。
「寝るなよ。まず食え!」
ズボッと口にスープで戻された干し肉が突っ込まれる。小さく切ったパンにチーズを乗せ、串に差して焚火にかざせばトロリと溶けてツヤツヤに滴った脂がゴクリ喉を通っていった。
大きな肉塊は焼くのに時間がかかる。焼けたところから削ぎ落として口に運ぶ兄さん達に、まだ焼けていない肉塊にくらいつくジロウとドッコイ。プルちゃんは骨や皮、内臓なんかを好んで身体に取り入れていく。そして……
スカは、冷ましているオレの皿から手づかみで肉を奪っていく。まぁ、みんながオレの口の中にどんどん食べ物を放り込むから問題はないのだけれど。
「ーーで? お前は何者だ?」
大きな胡桃の殻になみなみと酒を注いだアイファ兄さんがスカに聞いた。
「アニキ、光栄です! いやぁ、アニキに酒をいただけるとは、なんとありがたいことか。いやね、俺様、その昔、魔王に囚われていたんですわ」
「魔王?」
「へい。魔王っす。ドッコイの連れが魔王をやっつけてくれたんで、こりゃいい機会だって、外に出てのんびり平和にスローライフを送っていたんでやす」
魔王は母様と一緒だった勇者パーティが倒したって聞いている。もしかして、スカはオレの母様と父様を知っているのかも。落ちかけた瞼が生気を取り戻し、オレは兄さんたちの話に耳を傾けた。
「アレキサンドリアっちゅー勇者です。魔王との闘いなんて恐ろしくって見ちゃいなかったですが、そうそう、ドッコイと同じ熊みたいな爺とあとは、女の剣士と司祭のパーティーでしたわ。他にも虹色のでっかい鳥と白いフェンリルを連れていて。戦力過剰も甚だしいほどで、森も城も地下牢までもボッコボコのギッタギタに破壊しましてね。まぁ、正直、魔王さんが気の毒になっちゃうくらいでして。いやぁ、美味い酒です。もう一杯いただけます?」
「そ、それって・・・ふぐっ!」
ー---グフッ、 コンコン! コンコン!
やっぱり、母様たちだ! 勇者様の名前は違うけど、熊爺がいたんだもん。白いフェンリルはタロウだ! きっと。そう言おうとしたのに、ソラが口の中にでっかいパンを突っ込んできて、オレは真っ赤になってむせかえってしまった。
背を撫でてくれたキールさんにお礼を言って、オレはスカと向き合おうとしたけれど。あれれ? スカってば、真っ赤になって右に左に千鳥足。すっかり酔っぱらっている。ドッコイが呆れたねって苦笑いだ。うふふ。久しぶりのドッコイの表情に、オレはたまらなく嬉しくなってぎゅっと抱きついた。
「なぁ、コウタ」
思案気に兄さんがオレを抱き寄せて、組んだ膝の中に押し込めた。珍しい。クライス兄さんやサーシャ様はオレを取りあって、いつだって抱きたがるけれど、アイファ兄さんは普段は抱き寄せたりすることはない。それに何だか深刻そうだ。ちょっぴり不安になってキールさんとニコルの顔を見上げると、二人とも神妙な顔つきで頷いた。きっと何か大切な話だね。
「この生意気なスカのことは気になるだろうが……。この話、親父たちに報告するまで俺に預からせてくれないか?」
「えっ……? いいけど……。それって聞いちゃ駄目ってこと?」
「まあ、そういうこと。 ドッコイがコウタの知り合いって言うのは分かったけど、山にはコイツ、いなかったんだろう? 信用できないって訳じゃないけど、今はいろいろデリケートな時だからね。用心するにこしたことはないのさ」
兄さんの背から諭してくれたキールさん。ぱちぱちと鳴る焚火に、小枝をぱきぱきと足しながらニコルも言った。
「俺様に傅け―って言っときながら、揉み手に媚びを売る奴だよ。まぁ、普通は信じちゃいけない奴さ。きひひひひ」
悪そうに笑って、クウと鼻を鳴らしたスカをつまみ上げ、ぐるぐると振り回した。
ー---ムギュー。グゲーー。
蹲って口を押えたスカは、しばらくするとパタンと倒れて、気持ちよさそうにいびきをかき始めた。ドッコイがそっと手で掬い、テント横に葉っぱを敷いて寝かせてあげていたよ。
「お前、いつ来たんだっけか?」
兄さんの問いに、キョトンと答える。
「えっと、秋の初めに村に来たから・・・。半年とちょっと?」
「ー---だな。 気にすんな。そろそろ寝るぞ」
ひょいと抱き上げた兄さんは、周囲を伺うとニコルに見張りを頼んでオレをテントの中に連れて行った。
「ここは野営所じゃないからな。俺達は順番に見張るんだよ。まぁ、ジロウもいるし、ドッコイもいてくれるから、滅多な魔物は近づかんと思うが・・・」
「うん、ソラもプルちゃんもいるしね!」
ランタンの明かりだけになった薄暗いテント。オレはとろとろと溶けかけた瞼を再び感じ始めた。柔らかな草の香りが山の夢を見せてくれそうで、オレはだらりと兄さんに身体を預けて眠った。
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