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130 歳相応(としそうおう)
しおりを挟む天井まで積み上がったパンケーキの塔が底をつくと、大人たちは仕事に出掛けてしまった。
ディック様は今日も王城で、クライス兄さんは学校で(壊れてしまっても勉強はあるんだって)、アイファ兄さんとキールさんはギルドと騎士隊の事情聴取の続きだって。
オレはサーシャ様と勉強をして、レイの仕事が終わったら遊んでもらうんだ。外は雨だけど、レイ、来てくれるかなぁ?
「コウちゃんはマナーは大丈夫だけど、貴族のルールには不慣れでしょう? と言っても、普通の四歳児と比べたらしっかりできている方ね。でも、確認しながら、今日は一緒にお勉強しましょうね」
サーシャ様は優しく気遣ってくれる。大丈夫だよ。新しいことを覚えるのは楽しいよ。しかも本を使って繰り返し読めるんだから、オレ、すっごく嬉しい。
合間を縫って、採寸をしてもらう。昨日は結局、正装は買えなくて。だけどクライス兄さんの正装を貰ったからメイドさんに直してもらうんだ。こっちの方が凄く嬉しい。
お昼になって食堂で待っていると、レイがご飯を運んできてくれたよ。会えてよかった!
「レイ、坊ちゃんがマナーの勉強をするのに相手がいた方がやり易いでしょうから、一緒に付き合いなさい。あなたのマナーは問いませんから」
イチマツさんの言葉に、レイは黙って頷いた。髪も肩もちょっと湿っているみたい。オレはジロウに頼んで、こっそり魔法で温かな風を送って貰った。
食事はブラウンシチューとパン。課題は会話と給仕への対応だ。
隣にレイが座るとミルカが温かなシチューを置いてくれた。そうそう、うっかりお礼を言いそうになるけど、マナーの勉強だから、目を合わせるだけにするんだ。サーシャ様に勧められてスープを口に入れる。レイもオレを真似てズズと一口。
「あのね、レイ。スープは啜るんじゃなくて食べるの。スープは舌の上に乗せて味を確かめるんだよ。ほら、そうすると静かに食べれるでしょう? 熱い時はそっと冷ますの」
レイはこくりと頷いて一口。今度は静かだ。オレは嬉しくなってパンに手を伸ばす。
「あのね、パンはこぼれて無駄にしないように、お皿の上でちぎるの。一口サイズにすると、口の中でスープと混ざって美味しくなるよ。でも大きすぎると水分がパンに吸われて飲み込めなくなるから気をつけて! バターもスープやおかずを美味しくする量を加減するんだよ」
説明しながら手本を見せる。レイは素直に真似る。骨ばった指が細く長くて、とても綺麗。ナイフもスプーンも音もなく置けてスマートだ。
「レイ、レイ。美味しいね。オレ、お口もお腹も、ほっぺも胸もぜーんぶぽかぽかにあったまってきた」
にこにこ笑ってみせると、レイは下を向いて少しだけ口角を上げた。
「坊っちゃまは教えるのがお上手ですね。マナーの基本は美味しく美しくいただくことです。お見事ですよ」
イチマツさんが褒めてくれた。
あぁよかった。オレはレイがたくさん食べれるように、いつもより時間をかけて食べたんだ。ミルカも察してくれて、レイのお皿を三回も交換したよ。レイ、今日はお腹いっぱいでよかった!
「コウちゃん、凄いわ。とっても立派でしたよ。さぁ、レイと遊んでいらっしゃい」
サーシャ様が許可を出してくれたから、オレはぴょんと席から飛び降りた。イチマツさんがガクッと残念がったけど、いいよね? レイと遊びたいんだもん。
「勉強が終わったなら、これで。 帰ります」
ナフキンを丁寧に畳んだレイが深々と礼をした。
「待って! 今から遊ぶのに? オレ、ずっと楽しみにしていたのに?」
レイの手を取って引き留めると、レイはオレの手を退けてイチマツさんを見た。
「坊っちゃまの遊びのお相手もお仕事です。時間はあるでしょう?」
レイは深くため息を吐いた。
「遊び相手が必要でしたら、貴族様のお仲間で良いのでは? 俺は貴族様の遊びなんて知りません」
プイとそっぽを向いたレイ。サーシャ様は困って口を押さえている。
「し、仕事じゃなくて、遊ぼうよ。レイ! オレ、遊びたい! 館を冒険したり、本を読んだり。そう、積み木だってあるよ。 文字並べゲームもできるよ」
慌てて言うとレイは固まったままの視線を返し、抑揚のない冷めた声で言った。
「館の中のことは迂闊に部外者に知らせるもんじゃねぇ、家の造りを知られるのは危険だ。それに俺は字が読めない。本を読むのも文字並べゲームもできない。同じ貴族様と遊んでくださいよ、坊ちゃん」
そんな……。オレとレイ。友達になったんじゃないの?
「 う、うっ、うわぁーーん。」
「コ、コウちゃん」
ポロポロと涙が出てきて、もう何も考えられない。貴族とか、貴族じゃないとか、友達に関係ない。オレ、ただレイと遊びたいだけなのに。
伝えたいけれど、それすらも言葉に出せなくて、慰めるミルカとサーシャ様にイヤイヤと身体を捻って抵抗する。
オレ、わがままだ。赤ちゃんみたいだ。だけど、だけど……、レイと一緒がいい。一緒にいたい。
「うわぁーーーーん、わぁーーーーん」
泣き喚くオレに驚いて、ディーナーさんも料理人さんたちも、館中の使用人さんたちが駆けつけてきた。でも、でも、もう止まらない。涙も、張り上げる声も。全身から湧き上がるように、止まらない。
「落ち着いて、コウちゃん」
「だって、だって、うわぁあああああん」
自分でもどうしようもない。どうしちゃったんだろう? でも、でも、レイと遊びたいんだもん!
「ーーッチ。 分かったよ。 給金、弾んでくださいよ」
鳴き声の隙間を縫って聞こえてきたレイの声。よかった、よかった。仕事でだっていい。一緒に遊んでくれれば。
「あ、あ、あいがとーーーー」
嬉しくて、でも、泣き止めないオレをレイはギュッと抱いて、ジロウの案内のままオレの部屋に向かった。オレは遠くでサーシャ様とイチマツさんの声を聞いた。
「コウちゃんが、歳相応になるなんて・・・・凄いわ」
「ええ。信じられません」
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