上 下
141 / 260

130 歳相応(としそうおう)

しおりを挟む


 天井まで積み上がったパンケーキの塔が底をつくと、大人たちは仕事に出掛けてしまった。
 ディック様は今日も王城で、クライス兄さんは学校で(壊れてしまっても勉強はあるんだって)、アイファ兄さんとキールさんはギルドと騎士隊の事情聴取の続きだって。
 オレはサーシャ様と勉強をして、レイの仕事が終わったら遊んでもらうんだ。外は雨だけど、レイ、来てくれるかなぁ?

「コウちゃんはマナーは大丈夫だけど、貴族のルールには不慣れでしょう? と言っても、普通の四歳児と比べたらしっかりできている方ね。でも、確認しながら、今日は一緒にお勉強しましょうね」

 サーシャ様は優しく気遣ってくれる。大丈夫だよ。新しいことを覚えるのは楽しいよ。しかも本を使って繰り返し読めるんだから、オレ、すっごく嬉しい。

 合間を縫って、採寸をしてもらう。昨日は結局、正装は買えなくて。だけどクライス兄さんの正装を貰ったからメイドさんに直してもらうんだ。こっちの方が凄く嬉しい。

 お昼になって食堂で待っていると、レイがご飯を運んできてくれたよ。会えてよかった!

「レイ、坊ちゃんがマナーの勉強をするのに相手がいた方がやり易いでしょうから、一緒に付き合いなさい。あなたのマナーは問いませんから」

 イチマツさんの言葉に、レイは黙って頷いた。髪も肩もちょっと湿っているみたい。オレはジロウに頼んで、こっそり魔法で温かな風を送って貰った。

 食事はブラウンシチューとパン。課題は会話と給仕への対応だ。

 隣にレイが座るとミルカが温かなシチューを置いてくれた。そうそう、うっかりお礼を言いそうになるけど、マナーの勉強だから、目を合わせるだけにするんだ。サーシャ様に勧められてスープを口に入れる。レイもオレを真似てズズと一口。
「あのね、レイ。スープは啜るんじゃなくて食べるの。スープは舌の上に乗せて味を確かめるんだよ。ほら、そうすると静かに食べれるでしょう? 熱い時はそっと冷ますの」

 レイはこくりと頷いて一口。今度は静かだ。オレは嬉しくなってパンに手を伸ばす。
「あのね、パンはこぼれて無駄にしないように、お皿の上でちぎるの。一口サイズにすると、口の中でスープと混ざって美味しくなるよ。でも大きすぎると水分がパンに吸われて飲み込めなくなるから気をつけて! バターもスープやおかずを美味しくする量を加減するんだよ」

 説明しながら手本を見せる。レイは素直に真似る。骨ばった指が細く長くて、とても綺麗。ナイフもスプーンも音もなく置けてスマートだ。

「レイ、レイ。美味しいね。オレ、お口もお腹も、ほっぺも胸もぜーんぶぽかぽかにあったまってきた」
 にこにこ笑ってみせると、レイは下を向いて少しだけ口角を上げた。

「坊っちゃまは教えるのがお上手ですね。マナーの基本は美味しく美しくいただくことです。お見事ですよ」
 イチマツさんが褒めてくれた。

 あぁよかった。オレはレイがたくさん食べれるように、いつもより時間をかけて食べたんだ。ミルカも察してくれて、レイのお皿を三回も交換したよ。レイ、今日はお腹いっぱいでよかった!

「コウちゃん、凄いわ。とっても立派でしたよ。さぁ、レイと遊んでいらっしゃい」
 サーシャ様が許可を出してくれたから、オレはぴょんと席から飛び降りた。イチマツさんがガクッと残念がったけど、いいよね? レイと遊びたいんだもん。


「勉強が終わったなら、これで。 帰ります」
 ナフキンを丁寧に畳んだレイが深々と礼をした。

「待って! 今から遊ぶのに? オレ、ずっと楽しみにしていたのに?」
 レイの手を取って引き留めると、レイはオレの手を退けてイチマツさんを見た。

「坊っちゃまの遊びのお相手もお仕事です。時間はあるでしょう?」
 レイは深くため息を吐いた。

「遊び相手が必要でしたら、貴族様のお仲間で良いのでは? 俺は貴族様の遊びなんて知りません」
 プイとそっぽを向いたレイ。サーシャ様は困って口を押さえている。

「し、仕事じゃなくて、遊ぼうよ。レイ! オレ、遊びたい! 館を冒険したり、本を読んだり。そう、積み木だってあるよ。 文字並べゲームもできるよ」
 慌てて言うとレイは固まったままの視線を返し、抑揚のない冷めた声で言った。

「館の中のことは迂闊に部外者に知らせるもんじゃねぇ、家の造りを知られるのは危険だ。それに俺は字が読めない。本を読むのも文字並べゲームもできない。同じ貴族様と遊んでくださいよ、

 そんな……。オレとレイ。友達になったんじゃないの?

「 う、うっ、うわぁーーん。」
「コ、コウちゃん」

 ポロポロと涙が出てきて、もう何も考えられない。貴族とか、貴族じゃないとか、友達に関係ない。オレ、ただレイと遊びたいだけなのに。
 伝えたいけれど、それすらも言葉に出せなくて、なぐさめるミルカとサーシャ様にイヤイヤと身体をひねって抵抗する。
 オレ、わがままだ。赤ちゃんみたいだ。だけど、だけど……、レイと一緒がいい。一緒にいたい。

「うわぁーーーーん、わぁーーーーん」

 泣きわめくオレに驚いて、ディーナーさんも料理人さんたちも、館中の使用人さんたちが駆けつけてきた。でも、でも、もう止まらない。涙も、張り上げる声も。全身から湧き上がるように、止まらない。

「落ち着いて、コウちゃん」
「だって、だって、うわぁあああああん」

 自分でもどうしようもない。どうしちゃったんだろう? でも、でも、レイと遊びたいんだもん!

「ーーッチ。 分かったよ。 給金、弾んでくださいよ」
 
 鳴き声の隙間を縫って聞こえてきたレイの声。よかった、よかった。仕事でだっていい。一緒に遊んでくれれば。

「あ、あ、あいがとーーーー」

 嬉しくて、でも、泣き止めないオレをレイはギュッと抱いて、ジロウの案内のままオレの部屋に向かった。オレは遠くでサーシャ様とイチマツさんの声を聞いた。

「コウちゃんが、歳相応になるなんて・・・・凄いわ」
「ええ。信じられません」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

変わり者と呼ばれた貴族は、辺境で自由に生きていきます

染井トリノ
ファンタジー
書籍化に伴い改題いたしました。 といっても、ほとんど前と一緒ですが。 変わり者で、落ちこぼれ。 名門貴族グレーテル家の三男として生まれたウィルは、貴族でありながら魔法の才能がなかった。 それによって幼い頃に見限られ、本宅から離れた別荘で暮らしていた。 ウィルは世間では嫌われている亜人種に興味を持ち、奴隷となっていた亜人種の少女たちを屋敷のメイドとして雇っていた。 そのこともあまり快く思われておらず、周囲からは変わり者と呼ばれている。 そんなウィルも十八になり、貴族の慣わしで自分の領地をもらうことになったのだが……。 父親から送られた領地は、領民ゼロ、土地は枯れはて資源もなく、屋敷もボロボロという最悪の状況だった。 これはウィルが、荒れた領地で生きていく物語。 隠してきた力もフルに使って、エルフや獣人といった様々な種族と交流しながらのんびり過ごす。 8/26HOTラインキング1位達成! 同日ファンタジー&総合ランキング1位達成!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

処理中です...