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126 銀貨に
しおりを挟むアイファ兄さんとキールさんを拾った馬車は、今度こそ自宅に向かって走り出した。
貴族の子供がギルドにいることが普通でなく、ギルドマスターに挨拶するのも駄目なことで。(ランドでは挨拶したのに!) ましてや人前で転移の魔法なんて、絶対に見せてはいけないと、くどくどとお説教を喰らった。サーシャ様だけはいつも通りにこにこしてオレを抱きしめている。
「あれ? ニコルは?」
一息つくとニコルがいないことに気づく。兄さんがサーシャ様の顔をチラチラ気にしながら言った。
「知り合いに呼ばれたみてぇだぜ? 明日、顔を出すっつったから、泊まりじゃねぇ? それより、母上、何かあったのか?」
どうしてサーシャ様に聞くのかな? サーシャ様は深いため息をついてオレをぎゅっと抱きしめると、ぷいと外を眺めた。思い出すのも腹立たしいと。
ミルカがギガイルの店でのことを恐る恐る話す。
「はぁ? このちっこい奴に? 舐めた真似しやがって! …………ぶっ殺す」
「ちょっ、落ち着けって! そのまんま行ったら店ごと崩壊するぞ」
剣に手をかけた兄さんにぶら下がったキールさん。あまりの剣幕に瞳を大きくした。
「……オレが悪いの。レイが、レイがもっと意地悪されたらどうしよう」
そうだ。オレのモヤモヤ、これだった。あの店で仕事をもらっているレイ。オレの魔力が暴走しちゃって、化け物だって言われちゃって。レイに何かされたら……。
「あの……。奥様が店員達に厳しくお話くださったので、きっと大丈夫です。イチマツ様がいらっしゃれば、こんなことにならずに済んだのに。申し訳ありません」
上目遣いで謝罪をするミルカ。ミルカは何にも悪くないのに。
だけど、もうもうと怒りの炎が露わになった馬車内は最悪の雰囲気だ。居た堪れなくなったオレがふいと外を見ると、商業区が街灯でオレンジに照らされていた。
「あっ! 停めて」
一軒の道具や。くぐもった古窓の向こうに、たくさんの石を見つけたオレは思わず馬車を停めた。空間収納から磨いた石を一つ出す。
「石屋さん、かな? これ、売れる?」
ミルカに聞くと、兄さんがオレを掴んで馬車を降りてくれた。
「色々、さわんじゃねぇぞ。ここは馴染みの店だ。 聞くだけだかんな」
「ーーらっしゃい。 ん? 坊か?」
ニット帽とメガネの老人が新聞を手に気怠く声をかけた。兄さんのことを知っているみたいだ。
「耄碌してんじゃねぇぞ、くそ爺。ちょっと見てもらいテェもんがある」
カウンターに肩肘をついて外を伺いながら、オレに目配せをした。
もう! お行儀が悪いなぁ。
だけどカウンターに乗せられてしまったから正座をして店主と向き合う。そして、ツルツルに磨いた大きめの石をポケットから一つ出した。
「坊はこっち。弟だ」
オレの頭を掴んで、老人に差し出した兄さん。ぶっきらぼうな物言いに、老人は片眉をあげ、メガネを外して石をみる。
「嘘だね」
「嘘じゃねぇ」
「そいつは坊とは言わんねぇ」
「じゃぁ餓鬼か? きひひ、餓鬼にしちゃ、でき過ぎだろう?」
不思議なやり取り。だけど兄さんは微妙に自慢気だ。
「そいつぁ、御子じゃ」
「なっーーーー?」
次の瞬間、兄さんの剣の切先が店主の喉に向く。
コトリ。
カウンターに置かれた石が乾いた音を立てた。店主は兄さんをじっと見つめ、微動だにしない。オレだけが一人震えていた。
「見誤るな、坊。 御子の前じゃ、切れんだろう?」
「…………くっ」
荒くなった吐息。兄さんはオレをチラと見て、長く息を吐いくと、チャッと音を立てて剣をしまった。
「知ってて連れてきたんじゃねぇのか? まぁ、分かる奴は少ねぇ。年寄りの命なんざ軽い。気に入らんきゃ、いつでも切ればいい。だが、坊は知ってるだろう? 儂は嘘は言えんが御子は守る」
「んなこと、知らねぇよ。コイツが自分で馬車を停めた。馴染みの店だから連れてきた。そんだけだ。」
グリグリと頭を撫でた兄さんの手にホッと胸を撫でおろす。よかった、いつもの兄さんだ。
「ーーで? 御子って何だ?」
ずいと身を乗り出した兄さんに、老人は驚いたように背を逸らした。
「知らん。 漆黒の髪と瞳、それに金の魔力がありゃ誰だって御子様だと気づく。 まぁ古文書が好きで魔力が見える者にしか分からんが……。ほれ、銀貨六枚じゃ」
「爺、魔力が見えるのか?」
「見えるわけなかろう? んなもん、いくら『鑑定』魔法が使えたって見えん。じゃが……、分かるもんには分かる。それに惹かれるじゃろう? 護りてぇって思うじゃろう? そういう奴じゃ、御子様ってのは……」
手の平にチャラと銀貨を乗せてくれた老人はウインクをして愉快そうに笑った。
ぱくぱくと宙を噛む兄さんの頭を押さえて老人は優しく言った。
「御子殿や、石に魔力が残っとる。普通の店じゃ銀貨二枚程度じゃが、儂にとっちゃ加工の魔力が節約できて助かるからな。高値で引き取るぞ。必要ならまた来い。うるさい奴が居らんでも買ってやる」
「あ、ありがとう」
「悪かったな。うるさくて」
不貞腐れた兄さんは子供みたい。なんだか可愛くてクスと笑ってしまった。
「ー-で、御子殿よ。ちっと店ん中、見ていかねぇか?」
老人の誘いに、兄さんを見上げる。ご機嫌は・・・悪そうだ。
「外で、馬車が待ってるから。また今度来てもいい?」
小さな声で聞くと、老人は眼鏡をつけて含み笑いをした。オレも釣られてへらと笑った。
「じゃあ、一つだけ。これを持って行け。銀貨一枚じゃ」
布製の肩掛けカバンをオレに渡すと、手の平から銀貨を一枚取り上げた。
「高けぇよ、爺」
お爺さんはふぉっふぉっふぉっと笑い、訳知り顔で言った。
「お前さんに必要なもんだ。必要なものには投資するがいい。だが、要らんもんは買うんじゃねぇぞ。ああ、そう、お貴族様には金を回す役もある。労働者を守るのも大事じゃ。いいか? 御子殿、金を手にしたら儂の店で使えよ」
「オレ、御子殿じゃない。コウタ、コウタって言うの」
「ははははは! こりゃぁいい、坊の弟はコウタか。そうだ、お前さんはただのコウタじゃな? はははははは、御子殿なんかクソくらえじゃ」
真っすぐに投げた瞳を正面で受け取ったお爺さんは、急に陽気になって笑い出した。兄さんも口角を上げてニヤニヤしている。
「ありがとう! また来るね」
「おうよ、プルッと光る奴によろしくな」
「・・・えっ?」
去り際に不思議なことを言ったお爺さん。何も聞くことができないまま、オレは馬車に押し込められた。
カラカラと坂を上る馬車に、ぴちゃんと雨粒が当たったのは、家に着く直前だった。
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