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125 シュン
しおりを挟む分厚い雲を纏った空が、いつもより早く夕暮れを連れてきた。遠くに沈みかける太陽は薄くなった雲のところだけ僅かにオレンジに染めている。
ガタガタと不規則な馬車の揺れが、オレの喉をぐぐっと閉じさせて息苦しい。オレは勇気を出して試着室でされたことを正直に話した。サーシャ様もミルカも穏やかな微笑みを向けて抱きしめてくれたから、ほんの少し救われた気がした。
「あ、あれ? 家と違うほうに行くの?」
広場に出た馬車が坂を下っていくことに気づいたオレは、サーシャ様を見上げた。
「うふふ。コウちゃん、元気がなくなって、シュンとしてしまったから、ちょっとだけね」
悪戯な薄茶の瞳に、落ち込んだ気分が浮上した。
夕暮れ迫る市場ではたくさんの人が買い物をしている。野菜に串焼き、香辛料。お菓子にアクセサリー。
「すごい! サースポートよりカスティルムよりも、たくさんのお店があるね」
改めて街を見下ろすと、本当に多くの人で溢れている。過ぎ行く人と街並みを見ているうちに、とうとう入り口の城壁が見えるところまで来てしまった。
夕暮れの迫るこの時間帯は冒険者たちが帰宅の途につく時刻。ポツポツと街灯が灯り、汚れた装備をつけた冒険者たちが荷物を担ぎ、獲物を手にして大きな建物から出てくるところだった。
「ねぇ、サーシャ様、あそこって……」
「うふふ。そうよ、ギルド。冒険者ギルドよ。コウちゃん、夕方のギルドって初めてでしょう」
「うん、うわぁあ! すごいね! みんな、かっこいいね」
少し離れた場所に馬車を停めて、窓から眺めるギルドは、とてもかっこよく映った。
早朝から依頼に出た冒険者達は清算や報告をするために夕方にギルドに寄ることが多い。その後、自宅や宿に戻ったり、飲みに出掛けたりするそうだ。
疲れ切った人もいれば、肩を抱き寄せ威勢よく歩く人、見たこともない大剣や槍、扉みたいな盾や装飾のついた杖、みんなみんなキラキラ輝いて見えた。
小さな子供がいると場違いだし、貴族だと分かるのはよくないそうで、馬車からは降りてはいけないと言われたオレは、窓を開けてキョロキョロ眺める。
高層で古いギルドは威厳を放つかのように大きくどっしりとしている。放射状に広がる階段を登った先が受付だろうか。たくさんの人が仕事を終えて降りてくる。
階段の周囲には薬草や武器、防具などの商店が立ち並び、明日の支度をしているだろう冒険者が店員とやり取りをしている。
通りを挟んだ向かい側は飲食店も多くあるようで、呼び込みをする人や人待ち顔で佇む人など雑多で混沌としていた。
しばらく眺めていると、わっと人混みが膨れ上がったあと、中心の人が抜き出るのを見守るようにパラパラと散っていく集団があった。
あっ!
あの一際目立つ赤い髪。黒づくめの男に、茶色の癖毛、お洒落で長いコートの出立ち。
「ダメよ。 コウちゃん! 危ないわ」
「だって! だって! 兄さんでしょう?」
あぁ、このモヤモヤした嫌な気持ちをあっという間に晴らしてくれる兄さん! オレは嬉しくって、とびきり嬉しくって! シュンっと飛び出してしまった。
「っ? おわっ?! ば、馬鹿野郎! っぶねぇ!」
ヒューンと宙から飛び落ちるオレを慌ててガシと抱き止めてくれたアイファ兄さん。兄さんが放り投げた荷物が鼻に当たったニコルのことは見なかったことにしよう。
「コ、コウターー?!」
叫んでうずくまったのはキールさん。しゃがみ込んで頭を抑えている。あれ? キールさんには当たってないと思うんだけど……。
「テメェ、どっから来やがった?」
目線を合わせた後、大きな硬い手の平がやわやわの頬を包んだ。
「あ、あのね……、ふがっ? 」
言葉を遮って、アイファ兄さんは嫌な顔を見せる。
「言うな。 分かった。 オメェが言うと碌なことにならん」
もう! だったら聞かないで! すると、今度はキールさんの手がウニョーンと口を伸ばす。
「君のせいで、誤魔化すのがどんだけ大変なのか、分かってるのか? 俺、魔法使いだけど、出来ることと出来ねぇことがあるんだよ」
「い、いひゃい、いひゃいよ、きーゆしゃん」
革手袋をペシペシと叩いて抵抗する。あれ? 後ろから大きな強面の男の人がじっとりと視線を送ってきたよ。
目の上に大きな傷跡がある熊みたいな大男。金糸の襟かがりが高貴な身分を表しているような。ディック様より少し年上で、執事さんよりは若いと思うけれど、纏うオーラがすごい。
「ほう。聞き捨てならんなぁ。それとも俺の聞き違いか? なぁキール。誤魔化すっちゃどう言うことだ」
飛び上がって震えた兄さんとキールさん。そっと後ろを向くけど……、この人って、きっとそう。
オレはキールさんと兄さんの腕を振り払って、シュタと飛び降りた。王様の時は失敗したけれど、今度はちゃんとできるよ! 片膝を付いて傅く。
ーーゴン!
「い、いひゃい」
思い切り頭を地面に打ち付けられ、猫のようにぶら下げられたオレ。もう、今日は踏んだり蹴ったりだ!
「ああん? 聞き違いじゃねぇが、意味違いだ。コイツ、なんでも誤魔化す癖があっからな。今朝の悪戯の件だろう? なぁ?」
「あ? あぁ、そうそう。コイツすぐ、すっとぼけるから。あははははは、コ、コウタ。もう悪さするんじゃねぇぞ。あははははは」
「「 あははははははははははは。 では、マスター、お疲れっーーす! チャァーース 」」
急に棒読みになった言葉。キョトンと首を傾げる。悪戯なんてしてないよ? だけど、オレは宙ぶらりんの猫のまま、慌てて馬車に連れられてガッチャン! 扉を閉めた途端に二人に睨まれた。
「ねぇ! 今の人、ギルドマスターじゃないの? オレ、ちゃんと挨拶したかったのに!」
不貞腐れて問い詰めると、頬をビヨヨンと伸ばされて、ついでにゴチンと拳骨だ。
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