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123 レイリッチ

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「ああー? 坊っちゃまー?」
 いぶかしげな目がオレを捉えた。しがない服屋の跡継ぎだという男は、かしずいた少年を蹴り飛ばし、値踏みするかのようにオレを見る。

 肩越しにメイドさんが震えているのが分かった。どうして? どうしてレイはそんな人に頭を下げるの?

「レイに……レイリッチが何かしたの?」
 オレは物おじせずにはっきりと言葉にしたのに、男は馬鹿にするかのように耳に手を当てた。

「はぁ? 坊っちゃま。何も聞こえませんがー? くくくく、キャハハハ!」
 声が震えていたからだろうか。
 あからさまな態度にジロウが唸る。ひぃと腰が引けたくせに! 彼はメイドの1人の手を取って嫌がるその目を見つめると、再び空を見上げてボコとレイを蹴飛ばした。

「おやぁ、レイ君。そんなところで転がっていたら邪魔だろう? ほーら、坊っちゃまに失礼だから」
「申し訳ありません」
 地面に額を擦り付けるレイ。
 
 い、嫌だ。なんだか凄く嫌だ。

 ふうふうと大きく鳴り上がる呼吸に、駆けつけてきたイチマツさんが場を制した。

「何事です? ああ、若旦那、丁度いいところに。こちらの坊っちゃまに似合う正装をお願いにあがりますから、見繕っておいてちょうだい。」
 イチマツさんの注文に意地悪な男は飛び上がって喜び、揉み手をして帰って行く。

「レイ、あなたも今日はもういいわ。明日は天気が悪そうだから、厨房の手伝いを頼める?」
 こくんと頷いたレイの手に銅貨を一枚握らせるとオレをガシと抱いて屋敷の中に連れていく。

 待って! レイ、蹴られたままだ。
 走り去る少年に回復の魔法を飛ばすとカチン、薄いシールドで阻まれてしまった。老いたシワの間からお茶目な瞳がパチンとウインク。

「回復は特別です。駄目ですよ? 昨日の騒ぎもありますし、お辛いでしょうが我慢なさってください」
 にっこりと笑った優しい目。オレはきゅっと首にしがみついて、一緒にサーシャ様の元に向かった。


 薄い羽織を羽織ったサーシャ様は、ベッドサイドのテーブルに食事を用意してもらい、オレを隣に座らせた。

 イチマツさんがコポコポと紅茶を淹れ、ミルカがテキパキと給仕する。
「うふふ。コウちゃんと二人きりの食事。嬉しいわ」
 朝より随分元気になったみたいだけれど、やっぱり食が進まないみたい。オレもあんまり食べる気がしない。でも、これ以上は心配をかけたくないし。

 カチャ。
 カトラリーを置いて、そっと聞いてみた。
「あの、お行儀が悪いけど……。あまり食べられない日はサンドイッチを作って貰ったの。手で……手で食べてもいい?」

「……えっ? 手……で? 」
「お手でございますか? 手掴み、ということでしょうか?」

 こくんと頷いたオレは、シュワシュワとマイクロバブルで手を洗う。

 オレ用の薄パンにバターを伸ばし、葉野菜とトマトのスライス、薄切り肉を乗せる。本当はマヨネーズが好きなのだけれど。ドレッシングと肉のソースをちょっとのせて再び薄パンで挟む。

 ちょっとだけ。ぎゅっと皿に押し付けてから口に運ぶ。不思議だ。同じお料理なのに、一つにまとめるだけで美味しくなるのは何故だろう?

ーーーーごくん。

「ミ、ミルカ。……同じ物を作ってくれる?」
「はい。承知いたしました」


 サーシャ様の華奢な指が少し硬いパンを掴み、上品なお口が大きく開けられたけれど。迷いながら一口。目を見開いて二口。幸せそうにうっとりしたその頬は艶々としていた。

「ねぇ、コウちゃん。 これがサンドイッチ、ね? うーん美味しい」
「よかった。いろんな物を挟むと美味しいの! ソースも色々変えるといいし。あっお弁当にもいいよ」

 ご機嫌になったオレとサーシャ様。思いのほか食欲も湧いて、結局たくさん食べられた。
 デザートがわりのベリーミルクをこくこくと飲み干すと、さっきの堅パンを齧っていたレイのことを思い出して下を向く。


「レイのことかい。あの子は不憫な子でね。難しい子だから坊っちゃまには合いません」
 イチマツさんの言葉に顔をあげる。

 クスリ、頷いたサーシャ様が続けた。
 レイのお姉さんは腕の良いお針子。(服を作る人)ギガイルの店の看板商品を作っていた。でもニ年前、病気で倒れてしまった。その時に真っ白な新作ドレスを汚してしまう。その上働けなくなったせいで納期が遅れたと、お客への損害まで背負わされてしまった。
 早くに両親を亡くしたレイは姉と二人きり。ドレスと損害と二つの借金を返済しながら姉の看病をしているのだそう。

「ひょんなことからレイの処遇を聞いてね。館で使う衣類を買うついでに洗濯や簡単な手伝いを頼んでいるの。だけどねぇ……」

 ミルカが口を挟んだ。
「休憩がてらゆっくり仕事をしろって言っても、すぐに終わらせちゃうし。食事を出しても手をつけないし。ほんと、頑固者です」
 それは……いけないことではないけれど、何か訳があるんだろうか?

 そう思ったらイチマツさんがミルカを嗜めた。

「彼らは敬虔けいけんな正教会の使徒なのです。施しを受けるのは恥ずかしいと教えられて。でもね、一人で出来ることには限界がある。いつか奥様が借金を肩代わりすると言ったら猛烈な剣幕で拒否なさって」
 

 オレは空になったカップを両手で包んだまま、佇んでいたレイの姿を思い出した。

 レイはキャラメルもクッキーも受け取ってくれた。オレなら、オレならレイを助けられる?
 ちっこい胸に灯った温かな光。その時、オレは小さな決心をした。

 うん。レイはオレと一緒に幸せにならなくちゃ。


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