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100 護衛の不在
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「あの人はコウちゃんとキールの活躍に機嫌を良くして呑んだくれているわ。あんなに酔っ払ったんじゃ馬に乗るのは無理よ。明日になったら勝手に帰ってくるでしょう」
呆れて愚痴をこぼすサーシャ様にうんうん頷くキールさん。オレ達は護衛のはずのディック様を置いてきぼりにして帰ることにしたんだ。
ギルドではオレが戦った後、魔法使いのキールさんが剣だけでギルドマスターに挑んだんだよ。キールさんが凄いところを見せればオレの事は霞んじゃうからね。キールさんは剣は苦手だって言いながら凄い攻防だった。キンとなり続ける金属音がかっこ良かったけど、動きなんて速すぎてほとんど見えなかった。
既にすっかりご機嫌だったディック様。俺にもやらせろってキールさんに向かってバンバン剣技を発動して挑み始めてしまった。流石のキールさんも魔法を使って対抗するしかないじゃない? 二人の模擬戦は盛り上がって盛り上がって。約束の時間に間に合わなかったのはそれが原因。
オレはディック様とキールさんが二つ目の扉を壊したあたりでジロウを迎えに行ったんだ。そしたらプルちゃんがギルドの壁が突き壊された音でびっくりしちゃって転移を発動。オレがメリルさんの気配を探していた時とタイミングが合っちゃって、教会に着いちゃった。 これって、絶対ディック様のせいだよね?
春の風を纏った荒野は柔らかい若草が茂り始めている。踏み固められた街道が赤茶の道をはっきりと示しているけれど、ふわり漂う草の香が、どこまでも荒れた大地を優しく撫でているかのようだ。
ガラガラと進む馬車の中でもランドの出来事がいくつも話題に上る。
ドンクの制服は行商のウルさんが今度持ってきてくれるんだって。学用品を少し買って、これから少し勉強をするそうだ。ミュウは冬の手作業で作った籠が売れて嬉しかったって言ってたよ。オレもギルドで戦ったことを話した。みんなランドの町をしっかり楽しんだんだ。
そうそう、メリルさんの気配を探していたことを知ったキールさんとサーシャ様はいつも通り呆れた顔をして、それは索敵って魔法かもしれないって言ったんだ。お母さん達は困った顔をしながら馬車の音が煩くて何を話してるかは聞こえないわとふふふと笑ってくれていた。
コンコン。
村までのちょうど中間地点。ソラが窓を叩いたから、オレは窓をちょっとだけ下げて馬車の中に招き入れた。この先、もう少し進むと馬車が倒されていてブルとワジワジが戦っているんだって。危ないから道を変えた方がいいよってソラが言った。それって、馬車の人は大丈夫? 助けに行かなきゃ! こんな時の為の護衛なのに、肝心のディック様は街にいる。
「困りましたわ。実は後ろから盗賊が迫っているの。問題なく振り切るつもりだったけど、馬車を助けに行くとかち合いそうですね」
!!!
そうなの?! メリルさん、そんな怖いことさらっと言う? しかも今?!
ドンク達は身体を寄せて身震いをしているけど、サーシャ様もメリルさんものほのほといつも通りだ。盗賊くらいへっちゃらってこと?
「知ったからには、様子だけでも見に行った方がいいな。コウタ、ジロウをかりれるかい? ブルとワジワジくらいなら俺一人でも大丈夫だ。難しいと思ったら引き返すから」
キールさんの頼もしい一言でオレは力強く頷く。任せて! それにジロウは強いよ!
「ジロウ、頼める?」
『任せて、コウタ』
はるか彼方で馬車と並走していたジロウが近づいた。
「サーシャ様、メリルさん、馬車と馬は任せます」
「「ええ、気をつけて」」
キールさんが走ったままの馬車の扉を開けようと手にかけたとき、オレとプルちゃんでキールさんをジロウの背に転移させた。行こう、キールさん!
「わぁ、コウタ! お前は馬車で……、って言ってもきかないか。 いいかい、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれよ。擦り傷ひとつつけたってアイファに殺されそうだからな」
キールさんはオレが飛ばされないように被さるようにしてジロウを操る。オレはプルちゃんを頭に乗せたままじっと前を見据えた。
見えた!!
小さな帆付き馬車が大きな岩にもたれかかるように横転している。剣を持った男が頭から血を流し、ブルに向かって構え、横にはウルフが一頭倒されているが、数頭のワジワジが帆馬車に向かって頭を持ち上げていた。
「ワジワジの巣に突っ込んだのか。あっちは荒ブルだな。気が立ってるからサッと殺っちまうぞ。一撃で仕留めりゃコウタの好きなテールスープが上手くなる」
「「テールスープ!!」」
緊張感なくオレとジロウの期待値を上げたキールさんが、あっという間にジロウから飛び降りる。ザンと軽やかに着地するのはさすがだ。
3メートルを有に超えるムカデのような生き物がガシガシと足を鳴らして帆馬車に迫る。帆馬車を気にしてブルに集中できない男の前にキールさんが躍り出た。
「悪い。手を出すぞ」
端的に言うと男の返事を待たずにブルから血が迸る。だが、流石に大きな荒ブル。致命傷には至らず、首から血を流してキールさんに対峙する。
「「あっ、お肉が!!」」
突如飛び出したオレとジロウの声に、男がハハと笑った。
「ーーンだよ! こっちは命懸けなのに」
前に出て反対側から首を狙った男に被せるようにもう一切り。
ーーザック!
宙を舞うブルの首にキールさんが踵を返して、ワジワジの片側の足をザザと切り落とす。オレは馬車に飛び乗ってしっかり帆に捕まると、ジロウが馬を繋ぐハーネスの中に潜り込んで踏ん張る。ガタという音と共に岩に寄りかかっていた馬車が水平を保ち、しっかりと車輪が回って動き出す。ワジワジから離れればキールさんの魔法で一瞬だ。
ソラがシールドを張ったのを確認してキールさんが稲妻を落とす。
ガガガ!
バリバリバリ、ドカン!
シュルル薄煙を上げながら、ワジワジがバサリと倒れる。荒野はしんと静寂に包まれた。オレがふと荷台を見るとお母さんらしき人が少女を抱えて気を失っていた。 大変だ!!
「助かった。礼を言う」
剣を収めた男がキールさんに頭を下げた。
「ランドに向かっているのか? じきに暗くなる。腕に自信があったとしても護衛もなく単身とはいただけない。失礼だが戦士とは見えん」
厳しい口調のキールさんに男はハッとした。
「そうだ! やむにやまれず……。旅の方、図々しいお願いだ。毒消しを譲って貰えんか? 娘が毒蛇に噛まれて……、金はある。足りなきゃ後から払う。頼む」
「む……、いつだ? 間に合うか?」
慌てて馬車の帆を取っ払う二人にオレはギクリと飛び退いた。
「えっと、あの、これは、そのぅ……」
しどろもどろのオレに何かを察したキールさん。収納袋から革水筒を取り出して問答無用でオレの口に突っ込んだかと思うと、すぐに取り上げ周囲にじゃぶじゃぶ水をまく。小さな小瓶をパキンと割れば証拠十分、偽装工作完了だ。
「貴族の坊ちゃんが既に対応済みだ。よかったな。」
「え…? はぁ? 馬鹿な? そんな一瞬で……? まさか上級薬? え? 貴族様? 」
コン、コン、グッシュ、鼻が痛い!!
頬に生気が戻った娘を見て盛大に狼狽える男。
それもそうだろう。
即効性のある毒消しだったとしても、噛まれて随分時間が経っている。通常の毒消しを使ったって足の一本は諦めるほどに毒が回っているのだ。だが、娘の穏やかな寝息は、苦しんだ様子すら消し去り、すぐにでも起き上がりそうだ。
ガラガラとメリルさんが操る馬車が追いつき、ゆっくり止まる。チラと後方を見れば遠くで土煙を上げた馬が近づく。
「あんた、運がないな。賊が来たようだ。心当たりは」
「なっ?! 賊だって?! あんた達一体?!」
及び腰になった男にキールさんはニヤリと笑う。
「すぐに済む。今度はこっちに加勢してくれよ? コウタ、お前は馬車ん中に戻れ! ジロウは俺と行けるな?」
サッとジロウの背に乗ると、土煙の方に向かって走っていく。メリルさんがにっこりと笑って御者代から飛び降りて男と一緒にオレ達の護衛にあたる。
キールさん、一人で大丈夫なの? 心配になったけど、にっこり笑うサーシャ様に捕獲され、馬車の扉がしっかり閉じられた。
「ソラ、お願い」
オレの意図を組むようにピピと鳴いたソラが上空に飛び立つ。盗賊は4人、ううん、ずっと後ろにも4人。
「サーシャ様、 ずっと後ろにも盗賊がいるよ!」
慌てて知らせたけど、いつも通りの笑顔だ。
「そう言うものよ。組織だった盗賊は幾人かのグループに分かれて襲うものなの。中には助けたふりして最後にまとめて襲ってくるって言うのもあるから油断大敵よ。でも、運のいい盗賊ね。あの人がいたらカケラも残らないけど、キールなら命くらいは残してもらえると思うわ」
ゾクリ。
笑顔のままのサーシャ様に冷ややかな殺意を感じた。ドンクもミュウもお母さん達も真っ青な顔で手を握り合っている。遠くでガシャガシャと物音がして幾つかの叫び声が聞こえてきた。
「お待たせしました~」
場違いな明るさのメリルさんの声にそっと窓を開けて外を見る。
男の人はさっきの場所で突っ立ったまま静止していた。プルちゃんがぽよよんとキールさんの頭の上に転移し、ちゅるちゅると返り血を舐めとっている。
「あはは、プル、くすぐったい。お前、ちゃんとわかってんなぁ。」
何事もなかったかのようなキールさんにオレ達も顔を引き攣らせた。
草香る荒野はやっぱりいつも通りの土が剥き出しの、そう、クレーターのように吹き荒んだ荒野に戻っていて、遠くに小さく見えるのは縛り上げられた人塊のようだ。
「では、出発しましょう。御仁様も宜しければモルケル村までご一緒しませんか? ランドより近いですし、もうすぐ日没です」
「はっ、はいーーーー! あ、あの、薬のお礼もあるんで、お供させてください」
盗賊のものだったろう馬を数頭ジロウに繋ぎ、キールさんが一頭に乗ってカポカポと操る。
慣れた手つきにアイファ兄さん達の旅の様子が窺い知れる。オレ達の馬車と馬の間に、助けた家族の帆馬車を挟む。ちなみに男が口笛を吹くと非難していた男の老馬が戻ってきたんだよ。収納袋には採れたてのブル。きっと明日には美味しいテールスープになるのだろう。
呆れて愚痴をこぼすサーシャ様にうんうん頷くキールさん。オレ達は護衛のはずのディック様を置いてきぼりにして帰ることにしたんだ。
ギルドではオレが戦った後、魔法使いのキールさんが剣だけでギルドマスターに挑んだんだよ。キールさんが凄いところを見せればオレの事は霞んじゃうからね。キールさんは剣は苦手だって言いながら凄い攻防だった。キンとなり続ける金属音がかっこ良かったけど、動きなんて速すぎてほとんど見えなかった。
既にすっかりご機嫌だったディック様。俺にもやらせろってキールさんに向かってバンバン剣技を発動して挑み始めてしまった。流石のキールさんも魔法を使って対抗するしかないじゃない? 二人の模擬戦は盛り上がって盛り上がって。約束の時間に間に合わなかったのはそれが原因。
オレはディック様とキールさんが二つ目の扉を壊したあたりでジロウを迎えに行ったんだ。そしたらプルちゃんがギルドの壁が突き壊された音でびっくりしちゃって転移を発動。オレがメリルさんの気配を探していた時とタイミングが合っちゃって、教会に着いちゃった。 これって、絶対ディック様のせいだよね?
春の風を纏った荒野は柔らかい若草が茂り始めている。踏み固められた街道が赤茶の道をはっきりと示しているけれど、ふわり漂う草の香が、どこまでも荒れた大地を優しく撫でているかのようだ。
ガラガラと進む馬車の中でもランドの出来事がいくつも話題に上る。
ドンクの制服は行商のウルさんが今度持ってきてくれるんだって。学用品を少し買って、これから少し勉強をするそうだ。ミュウは冬の手作業で作った籠が売れて嬉しかったって言ってたよ。オレもギルドで戦ったことを話した。みんなランドの町をしっかり楽しんだんだ。
そうそう、メリルさんの気配を探していたことを知ったキールさんとサーシャ様はいつも通り呆れた顔をして、それは索敵って魔法かもしれないって言ったんだ。お母さん達は困った顔をしながら馬車の音が煩くて何を話してるかは聞こえないわとふふふと笑ってくれていた。
コンコン。
村までのちょうど中間地点。ソラが窓を叩いたから、オレは窓をちょっとだけ下げて馬車の中に招き入れた。この先、もう少し進むと馬車が倒されていてブルとワジワジが戦っているんだって。危ないから道を変えた方がいいよってソラが言った。それって、馬車の人は大丈夫? 助けに行かなきゃ! こんな時の為の護衛なのに、肝心のディック様は街にいる。
「困りましたわ。実は後ろから盗賊が迫っているの。問題なく振り切るつもりだったけど、馬車を助けに行くとかち合いそうですね」
!!!
そうなの?! メリルさん、そんな怖いことさらっと言う? しかも今?!
ドンク達は身体を寄せて身震いをしているけど、サーシャ様もメリルさんものほのほといつも通りだ。盗賊くらいへっちゃらってこと?
「知ったからには、様子だけでも見に行った方がいいな。コウタ、ジロウをかりれるかい? ブルとワジワジくらいなら俺一人でも大丈夫だ。難しいと思ったら引き返すから」
キールさんの頼もしい一言でオレは力強く頷く。任せて! それにジロウは強いよ!
「ジロウ、頼める?」
『任せて、コウタ』
はるか彼方で馬車と並走していたジロウが近づいた。
「サーシャ様、メリルさん、馬車と馬は任せます」
「「ええ、気をつけて」」
キールさんが走ったままの馬車の扉を開けようと手にかけたとき、オレとプルちゃんでキールさんをジロウの背に転移させた。行こう、キールさん!
「わぁ、コウタ! お前は馬車で……、って言ってもきかないか。 いいかい、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれよ。擦り傷ひとつつけたってアイファに殺されそうだからな」
キールさんはオレが飛ばされないように被さるようにしてジロウを操る。オレはプルちゃんを頭に乗せたままじっと前を見据えた。
見えた!!
小さな帆付き馬車が大きな岩にもたれかかるように横転している。剣を持った男が頭から血を流し、ブルに向かって構え、横にはウルフが一頭倒されているが、数頭のワジワジが帆馬車に向かって頭を持ち上げていた。
「ワジワジの巣に突っ込んだのか。あっちは荒ブルだな。気が立ってるからサッと殺っちまうぞ。一撃で仕留めりゃコウタの好きなテールスープが上手くなる」
「「テールスープ!!」」
緊張感なくオレとジロウの期待値を上げたキールさんが、あっという間にジロウから飛び降りる。ザンと軽やかに着地するのはさすがだ。
3メートルを有に超えるムカデのような生き物がガシガシと足を鳴らして帆馬車に迫る。帆馬車を気にしてブルに集中できない男の前にキールさんが躍り出た。
「悪い。手を出すぞ」
端的に言うと男の返事を待たずにブルから血が迸る。だが、流石に大きな荒ブル。致命傷には至らず、首から血を流してキールさんに対峙する。
「「あっ、お肉が!!」」
突如飛び出したオレとジロウの声に、男がハハと笑った。
「ーーンだよ! こっちは命懸けなのに」
前に出て反対側から首を狙った男に被せるようにもう一切り。
ーーザック!
宙を舞うブルの首にキールさんが踵を返して、ワジワジの片側の足をザザと切り落とす。オレは馬車に飛び乗ってしっかり帆に捕まると、ジロウが馬を繋ぐハーネスの中に潜り込んで踏ん張る。ガタという音と共に岩に寄りかかっていた馬車が水平を保ち、しっかりと車輪が回って動き出す。ワジワジから離れればキールさんの魔法で一瞬だ。
ソラがシールドを張ったのを確認してキールさんが稲妻を落とす。
ガガガ!
バリバリバリ、ドカン!
シュルル薄煙を上げながら、ワジワジがバサリと倒れる。荒野はしんと静寂に包まれた。オレがふと荷台を見るとお母さんらしき人が少女を抱えて気を失っていた。 大変だ!!
「助かった。礼を言う」
剣を収めた男がキールさんに頭を下げた。
「ランドに向かっているのか? じきに暗くなる。腕に自信があったとしても護衛もなく単身とはいただけない。失礼だが戦士とは見えん」
厳しい口調のキールさんに男はハッとした。
「そうだ! やむにやまれず……。旅の方、図々しいお願いだ。毒消しを譲って貰えんか? 娘が毒蛇に噛まれて……、金はある。足りなきゃ後から払う。頼む」
「む……、いつだ? 間に合うか?」
慌てて馬車の帆を取っ払う二人にオレはギクリと飛び退いた。
「えっと、あの、これは、そのぅ……」
しどろもどろのオレに何かを察したキールさん。収納袋から革水筒を取り出して問答無用でオレの口に突っ込んだかと思うと、すぐに取り上げ周囲にじゃぶじゃぶ水をまく。小さな小瓶をパキンと割れば証拠十分、偽装工作完了だ。
「貴族の坊ちゃんが既に対応済みだ。よかったな。」
「え…? はぁ? 馬鹿な? そんな一瞬で……? まさか上級薬? え? 貴族様? 」
コン、コン、グッシュ、鼻が痛い!!
頬に生気が戻った娘を見て盛大に狼狽える男。
それもそうだろう。
即効性のある毒消しだったとしても、噛まれて随分時間が経っている。通常の毒消しを使ったって足の一本は諦めるほどに毒が回っているのだ。だが、娘の穏やかな寝息は、苦しんだ様子すら消し去り、すぐにでも起き上がりそうだ。
ガラガラとメリルさんが操る馬車が追いつき、ゆっくり止まる。チラと後方を見れば遠くで土煙を上げた馬が近づく。
「あんた、運がないな。賊が来たようだ。心当たりは」
「なっ?! 賊だって?! あんた達一体?!」
及び腰になった男にキールさんはニヤリと笑う。
「すぐに済む。今度はこっちに加勢してくれよ? コウタ、お前は馬車ん中に戻れ! ジロウは俺と行けるな?」
サッとジロウの背に乗ると、土煙の方に向かって走っていく。メリルさんがにっこりと笑って御者代から飛び降りて男と一緒にオレ達の護衛にあたる。
キールさん、一人で大丈夫なの? 心配になったけど、にっこり笑うサーシャ様に捕獲され、馬車の扉がしっかり閉じられた。
「ソラ、お願い」
オレの意図を組むようにピピと鳴いたソラが上空に飛び立つ。盗賊は4人、ううん、ずっと後ろにも4人。
「サーシャ様、 ずっと後ろにも盗賊がいるよ!」
慌てて知らせたけど、いつも通りの笑顔だ。
「そう言うものよ。組織だった盗賊は幾人かのグループに分かれて襲うものなの。中には助けたふりして最後にまとめて襲ってくるって言うのもあるから油断大敵よ。でも、運のいい盗賊ね。あの人がいたらカケラも残らないけど、キールなら命くらいは残してもらえると思うわ」
ゾクリ。
笑顔のままのサーシャ様に冷ややかな殺意を感じた。ドンクもミュウもお母さん達も真っ青な顔で手を握り合っている。遠くでガシャガシャと物音がして幾つかの叫び声が聞こえてきた。
「お待たせしました~」
場違いな明るさのメリルさんの声にそっと窓を開けて外を見る。
男の人はさっきの場所で突っ立ったまま静止していた。プルちゃんがぽよよんとキールさんの頭の上に転移し、ちゅるちゅると返り血を舐めとっている。
「あはは、プル、くすぐったい。お前、ちゃんとわかってんなぁ。」
何事もなかったかのようなキールさんにオレ達も顔を引き攣らせた。
草香る荒野はやっぱりいつも通りの土が剥き出しの、そう、クレーターのように吹き荒んだ荒野に戻っていて、遠くに小さく見えるのは縛り上げられた人塊のようだ。
「では、出発しましょう。御仁様も宜しければモルケル村までご一緒しませんか? ランドより近いですし、もうすぐ日没です」
「はっ、はいーーーー! あ、あの、薬のお礼もあるんで、お供させてください」
盗賊のものだったろう馬を数頭ジロウに繋ぎ、キールさんが一頭に乗ってカポカポと操る。
慣れた手つきにアイファ兄さん達の旅の様子が窺い知れる。オレ達の馬車と馬の間に、助けた家族の帆馬車を挟む。ちなみに男が口笛を吹くと非難していた男の老馬が戻ってきたんだよ。収納袋には採れたてのブル。きっと明日には美味しいテールスープになるのだろう。
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