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095 セオリーどおり
しおりを挟む「本当によろしいのですか?」
「もちろんですわ。お誘いしたのは私の方よ。さぁ、乗ってちょうだい」
えへへ! 今日はドンクとミュウと一緒にランドの町に行くんだ。オレは昨日から楽しみで仕方がなかった。
この前、そう、スライム事件のとき、お茶をしていたサーシャ様が今日の約束を取り付けてくれたんだ。
ドンクとミュウは6歳になるでしょう? この国の子は6歳になると教会に行って魔力を測る。そこで適性を見てもらって将来の仕事を考えるんだ。夏になったらドンクは学校に行くことになったから、それまでに適性を知って準備をしたいんだって。オレ達も間もなく王都に立つのだけれど、その準備を兼ねてランドに行くから一緒に行こうってことになったんだ。
馬車にはドンクとミュウ、それに二人のお母さん達。サーシャ様にキールさん。御者はもちろんメリルさん。護衛はなんとディック様。ディック様は仕事が溜まっているから本当はお留守番で、護衛は私兵さんに頼む予定だったのに、絶対オレがやらかすだろうって無理やりついてくるんだよ。
クライス兄さんはディック様の仕事を手伝ったせいで随分と勉強が遅れてしまったから必死でやってるし、アイファ兄さんとニコルは村の整備と旅の支度をしている。オレ達もランドから帰ったらいよいよ王都に出立だからね。それも楽しみだ。
ランドの門まで来たら馬車から降りて歩くんだ。ランドは小さな町だから、オレ達が乗ってきた大きな馬車は走りにくい。だから門の近くの馬車置き場に繋げるよ。もちろん、貴族が公式な訪問をするときには馬車で入るけど、今日はそれ程でもない用事だ。
門を抜けたらオレ達はドンク達と別れてギルドに向かう。ドンクは学校の制服を古着屋で見繕うし、ミュウ達は日用品の買い物だ。お昼を2時間くらい過ぎたら教会に集合するよ。
ランドはサースポートほどの賑わいはないけど、春になって活動を始めた人達で活気付いている。狭い通りには人が溢れて、めいめいにおしゃべりしたり買い物をしたり。お店は石造りが多いけど、普通の家は木造でモルケル村と似たような造りだ。家前に小さな花壇があったり、置物があったりするのがちょっとオシャレな感じがするよ。
「おい、キールだぜ。あいつ、いつの間に……」
「すげぇな。さすが砦だ。あれ、ウルフか? あんなすげぇ毛並み、見たことないぞ」
「リーダーがいねぇが……。今日はソロか? 俺、声かけてみようかなぁ」
キールさんがジロウと連れ立って歩くと、混んでいた道がサッと開かれる。冒険者なのか、鎧を身につけた人や体に幾つもの傷がある人、大きな男達がこちらを見ながらヒソヒソと話す。
不思議そうに見上げるオレを抱き上げて、キールさんが困ったように言った。
「コウタ、分かるかい? ジロウを連れて歩くって言うのはこう言うことなんだ。ディック様達は魔力が少なくて従魔は持てない。そのことはみんな知ってるからね、ジロウは俺の従魔じゃないかって噂してるんだよ。でかい魔物を従魔にするにはそれなりの魔力が必要なんだよ。もしジロウがコウタの従魔だって知られたら、どうなるか分かるだろう。今日はその牽制もあるのさ」
「まぁ、ここは田舎だが噂は早い。王都に着く頃にゃ知れ渡ってるさ。キールから預かってるって言い訳すりゃ、ジロウを連れてってもいいだろう」
キールさんからオレを奪い取り、頬擦りするディック様。伸びたヒゲが痛いんだけど。高くなった視界と大きな歩幅でずんずん進むスピードが心地いい。ソラもプルちゃんもご機嫌でオレの頭上で青く煌めいた。
ランドで一番大きな建物がギルドだ。ギルドではギルドマスターっていう偉い人に挨拶して、ディック様の留守の間、町をお願いしますって頼むんだって。難しい話だからオレはキールさんとギルドの探検だ。
昼近いギルドは閑散としていた。多くの冒険者は朝早くに集まり、夕方近くに帰ってくるとのことだ。ギルドの壁にはたくさんの依頼書が貼ってあって、ランクに合わせて依頼を受ける。誰だって手頃で儲かる依頼がいい。だから実入のいい依頼は早朝でなくなってしまう。今ある依頼は実入が良くないものか、難しいもの、常設されているものなんだ。薬草の依頼だったらオレもやってみたいけど、冒険者登録は8歳からなんだって。ただ、貧しくて日々の暮らしに困る人には6歳からの特例登録もあるんそうだ。6歳ならドンクも登録できるね! まぁ、特例にはなれないけど……。
遠巻きにちらちらと視線を送る人たちを気にせず、キールさんは受付の人と言葉を交わす。受付の人はにこやかにノートを繰り、何かを調べているみたい。オレはカウンターの上に座って足をバタつかせながら周囲を見回している。2階、3階、4階建てだろうか。建物をぐるりと一周するように階段が作られていて、ここは吹き抜けだ。
「ごめん、コウタ。ちょっとだけここを離れるけど、絶対に動かないでね。すぐ戻ってくるから」
こくりと頷くと、キールさんが受付さんに案内されて奥の扉に入って行った。どうしたのかな? こんなことなら、プルちゃんを連れてくればよかった。 大きいジロウはみんなを怖がらせないように従魔専用の入り口で待っててもらっている。プルちゃんもいじめられたら嫌だから置いてきたけど、そういえば従魔印をつけていなかったことに気づいて、どきりとした。
「へぇ、坊主、こんなところでお一人様か? 不用心だな。家の人はどこだ? 連れってってやるぞ」
厳つい顔、春先だというのに赤黒く日焼けした男が引き攣った笑顔で声をかけてきた。分厚い大きな手のひらでオレを掴んで抱き上げようとする。この人、きっと笑いなれていないんだ。オレを怖がらせないように、精一杯の笑顔を作ってるんだな。
キョロキョロと辺りを見回しても誰もいない。キールさん、戻ってこない。でも、こんな時は……。オレはドギマギしながら小さな声で言ってみた。
「えっと……、大丈夫です。すぐ戻って来るって言ってたので」
「そうか? なら、あっちで待とうぜ。果実水でも飲ませてやるよ」
脇に差し込まれた手を押し返すと、足元を掬って持ち上げようとする。強引だけどアイファ兄さんみたいにふわりとした力加減だ。でも……、やっぱり簡単に抱き上げられちゃ駄目だから……。
危機感はないけど、これはやっぱりセオリー通りに。
「えっと、あのぅ……。たすけ……て?」
この人、悪い人じゃなさそう。だけど、一応、ジタバタしないと叱られるから……。
「くくく、ひひひ。ああ、可笑しい。コウタ、それでいいが……、こいつ、怖くねぇか?」
上から盛大な笑い声が聞こえてきた。ディック様だ。どうやらオレが簡単について行かないかどうか試したらしい。失礼な! 流石に学習しているよ。ぷんぷん。キールさんもお腹を抱えて扉から出てきた。みんなでオレのことを馬鹿にして!
「悪かったな、坊主。もうちっと盛大に暴れて欲しかったが……合格だ。ディックの野郎が隠しまくってるガキなんて珍しいと思ったが……。こりゃ隠すわ。ガガハハハ」
「隠す?」
キョトンと首を傾げると、強面な眉尻をちょっと持ち上げて耳元でヒソヒソと囁いた。
「ここは領主のお膝元だぜ? こんな近くの街に半年も連れて来ねぇなんて、隠してるとしか言いようがない。 こいつは大事なもんは隠す癖があんだよ」
ーーーーああそうか、きっとこの人!
セオリーどおり。閃いたオレは慌てて傅く。最近、すっかり忘れてしまってたよ!
「お初にお目にかかります。ギルドマスター様かと拝見いたします。知らぬこととはいえ……」
まだ途中だったのに子猫のように首元を引っ張られたオレが目にしたのは、小さい目になって宙を噛む男と、両手で顔を覆ったディック様、そして背を向けてプルプルと肩を振るわすサーシャ様の姿。よく見ると受付さん達も手を止めて驚いた顔をしている。あれ? ご挨拶って駄目だった……?
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