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080 警戒
しおりを挟む「あれまぁ。一時はどうしようかと思ったけど、冒険者って便利ねぇ」
呆れたように呟いたマアマにオレ達はぺこりと頭を下げる。
オレとキールさんは裏庭で炉造りに励んでいる。
「コウタ、そっち固めてくれ。圧縮するように。そう、いい感じだ」
キールさんの指導のもと地面に手を当てて魔力を広げ、土を固める。この魔法は街道を整備したり、家を建てたりするときに使われる土魔法。詠唱も簡単で、土の表面だけに施せば、さほど魔力は必要ない。ただ、広げる場所が広範囲になるため、魔力量に見合った範囲を見極めることが大切なんだって。オレはもちろん、詠唱なんて唱える気はさらさらないけど。
オレとソラ、ジロウで溶かした雪は裏庭どころか兵舎や森にも及んでいて、結構な広さの湖を作り出していた。その水が領主館を水浸しにし、厨房が使えなくなってしまったのだ。だからオレとキールさんとで裏庭に炉をつくっているという訳だ。休憩所で見た野営用の炉。
雪を溶かすのに結構な魔力を使ってしまっていたけれど、責任を取れ言われ、仕方なく頑張っている。因みにジロウとソラは被害を広げそうだからとサロンに謹慎中だ。
「ねぇ、キールさん。休憩所はこれくらいだったよ」
地面を固めれば次は炉の準備。土を立ち上げさせて石に変え、鍋が置ける様に形を整える。火を使っても壊れない強度に土を固めるのは難しい。オレは魔力を小さく絞るのが苦手だ。早く作業を終えたくて適当なところで切り上げようとする。
「コウタ、野営じゃないんだよ。それにこの家には大飯食らいが何人いると思ってるんだ? 炉は一つ二つじゃ足りないよ。さぁ、あと三つ。少し離してから土を盛り上げて。そこで固めて」
ふうふうと汗をかいて最後の炉を作り終えると、オレはバタンと地面に倒れた。つ、疲れた~。
ごうごうと立ち昇る炎が入った炉に大きなお鍋が置かれ、手際よく放り込まれる野菜達。ジュワッという音に揺れる空気すら匂いを放つ。黄金色に染まった肉がつやつやと脂を纏い、ゴロゴロと跳ね上がると、酒と吹き出した炎に包まれて野菜と肉が一体化する。
隣の炉では大きな鉄板に特大の肉塊。ペタリペタリと塩が塗りつけられ、香草でガッチリ包まれる。大きな蓋をすればあとはじっくり火を通すだけ。モワモワと吹き出す蒸気がごくりと喉を鳴らす。
マアマの料理。直近で見るとすごい迫力で美味しそう。いや、本当に美味しいのだけれど、野外で豪快に作られる様は迫力満点だ。
炎の中をぐるぐる回されて火を入れられる鳥のロースト。ショットさんが丁寧に葉野菜を並べる彩りサラダ。小さなグラスに入った塩漬け。オレとキールさんで作った土の作業台にどんどん料理が並べられる。知らなかったよ。料理ってこんなに力強く、こんなに繊細に作られるんだね。
ソラが張った防寒のシールドに守られて裏庭で食べる遅い昼食は野営みたいだ。ジロウがやらかした大惨事でさえ、美味しい話題になってオレ達は笑い合う。離れたテーブルでは、手の空いた使用人さん達や兵士さんも揃って食事をしている。今日はみんなでパーティーみたい。うん、エンデアベルトパーティーだ。たくさんの顔が見えるって嬉しいね。楽しいね。オレはこっそり山の暮らしの宴会を思い出して胸を膨らませていた。
「うふふ。一足早く、春始めの祭りが来たみたいね。あぁ楽しみ~。今年はコウちゃんもいるし。そうそう、アイちゃんがいるのも久しぶりよね~」
サーシャ様の何気ない一言で、兄さん達がピクリと固まった。 ん? 何事? ふと周囲を見渡すとメリルさん達メイドさんが嬉しそうに微笑んでいる。兄さん達とディック様はすごい速さで食事を終えると、理由をつけて部屋に戻って行った。変わらないのはニコルだけだ。
「ねぇ、ニコル。春始めの祭りって何があるの?」
食後のホットミルクを飲みながら尋ねると、ニコルはウシシと笑いながら教えてくれた。
春始めの祭りは、酪農や農業の春の作業を始めることを精霊様に伝えて、今年一年の豊かな暮らしを願う祭りだ。ディック様が雪解けの様子を見て祭りの日を決めるんだって。雪始めの祭りの様に、子供達が家々を回って豆を一粒ずつ蒔く。その後、子供はエッグ石集めをし、夜にはみんなで食事をして集めた石の披露をするんだ。
兄さんやディック様が警戒するようなことは何もない。オレは不思議に思いながらエッグ石作りを楽しみに部屋に戻った。
「おい。起きってっか?」
珍しくアイファ兄さんとキールさんが揃ってオレの部屋に入ってきた。その声を聞いて、クライス兄さんもやってくる。みんなでソファーに座って額を寄せ合う。うふふ、作戦会議みたい。オレはワクワクしてジロウの背に乗り兄さん達と肩を並べた。
「クラ、状況は?」
小さく囁かれた兄さんの声色に何を警戒しているのかとクスリと笑みが漏れる。
「よくないね。ほら、サースポートで満足に買い物ができなかったろう? 鬱憤は相当溜まってるね」
「加えて予算だな。この冬は襲撃で大損はあったが、それを超える収入があった。この前のグラン騒動だけでも領の予算は相当潤ったはずだ。さらに冬を通してチーズ工房が好調に稼働した」
キールさんも真剣な面持ちだ。何が始まるの? ピリピリとする兄さん達の気配に胸の鼓動が知らずと高まる。
「チッ。ここ数年、俺ら帰ってなかったからな。母上のやる気に火をつけちまったか?」
「ああ。間違いない。そしてさらにコウタだな。絶対絡められるぞ。俺だって取り込まれるだろう。諦めるか?」
「いや、最小限に留めたい」
「じゃぁ隙だな。隙を与えない様にするのと……」
「騒動を起こす……ですか?」
クライス兄さんがポツリと発すると、三人の目がオレを見つめた。
「……駄目だ。今日の様になりかねん」
「いや、コウタだ。今日の斜め上をいったら不味いな……」
失礼な! 今日やらかしたのはディック様のせいだよ。それとジロウなんだから!まるでいつもやらかしているかの言われように腹を立てる。……が、反応できているのだろうか? オレの視界はどんどん狭まっていく。
「じゃぁ、いつもの作戦だ。ごねたら泥沼だからな。先んじてアイデアを伝え、早々に妥協する」
「兄さん、上手くいったことはないですよ」
「じゃあどうするんだ。諦めて醜態を晒すか?」
「いや、コウタを使おう。コイツが母上~って猫撫で声で希望を伝えりゃ……?! おい、ここが肝心だ! 起きろ」
「コウタ、しっかりしてくれ! 母上を操縦できるのはコウタだけなんだ! 起きろ」
「まだ準備ができてない今がチャンスなのに! 頼む、起きろ! コウタ~~!!」
ジロウの温かな温もりとふわふわに包まれて、オレは最高にご機嫌な気持ちで浮遊する。ああ、お祭りが楽しみだ。妖精達はまた会いに来てくれるだろうか? 兄さん達は何を話しているのだろうか?
朝からたっぷり魔力を使ったせい。この気怠さのせい。オレはぐっすりと深い眠りに身体を預ける。このひとときが貴重な時間だったとも知らずに。
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