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078 なんで……?!

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「勝手に入るなって言わなかったか?」

 兵舎で一汗流した俺は自室のベッドでのんびり休むつもりだった。だが、扉を開いた先ににこにこと笑って俺を待っていた奴がいた。


 親父との約束は冬籠りまでだ。コウタの身辺調査はあらかた終わり、いや、謎は深まるばかりだが早急な敵がいないことが分かり、俺達は春に向けて準備を始めた。

 クライスはあと半年ばかり学校があるため、一緒に王都に行く。俺たちは王都でランクを上げてからアレキサンドリアに向かう。コウタの山での暮らしぶりを聞くと、どうも伝説の勇者一行に共通点がある様に感じたからだ。

 勇者街、アレキサンドリアを足がかりに出自を辿れば、アイツの失った思い出を取り戻してやれるかもしれない。
 まあ、うまくいかなくても、コウタを連れ戻しにくる奴がいないと分かれば、俺達が安心できる。今更、コウタを返せと言われてもエンデアベルトは誰一人素直にコウタは渡さねぇ。

 セガさんは何かを察知しているのか、勇者伝説を辿ることをコウタに知られたくない様だ。淡い期待を持たせる様な行動は慎めってことなのだろう。だが、アイツは賢い。そしてすぐに無茶をする。だからこそ、大人の都合で隠し事をするのは駄目だ。向き合って、傷つくときは一緒に傷つきゃいいんだよ。俺の本能がそう言っている。

 沸々と煮え切らない苛立ちのまま、俺は兵士たちと鍛錬を積む。ナンブルタルから連れてきた兵士達の様子も気になるし、キールも珍しく剣を振るっている。

 グランに悪魔……。このひと月ほどで数段上の気配に肝が冷えた。精一杯の強がりで勝つ算段を立てることすら吹っ飛んだ。まだまだだ。情けねぇ。だが、本当に対峙するのはこれからだ。

 あの悪魔。クライスの剣が届かない速さだったと聞いた。その尾ですら剣を弾き、ジンと痺れるほどの威力だったと……。母上とメリルが動くことさえできなかった。そんな奴を相手に勝てるのか? 悔しいが、焦ってつけた力なんて使いこなせる訳がない。地道に鍛錬するしかねえんだ。


 らしくない思考を抱え、ふうと息をつこうと言う時に、なんでこいつは呑気に……、俺のベッドで……、ジロウを横たえさせて座っているんだよ?!


「だって、ノックしたんだけど、返事がなかったもん」
 悪びれた様子も見せずにジロウの漆黒の長い毛をサラサラと撫でる奴は、小さな頬をパンパンに膨らまして拗ねて見せた。

「あぁん? いねぇんだから返事なんかできねぇだろう?」

「それに、鍵はかかってなかったよ。あのね、にお願いがあるの」
 最近覚えたであろうとっておきの呼び方に俺はグフっとむせる。

 グランの上から差し出された小さな手を取って抱き上げると、奴は俺の耳元でこしょこしょと囁く。ふーん、なるほど。確かにそれは俺じゃなきゃ手は出せねぇ。 面白ぇが……、ふふふ……。俺でいいのかよ?!

「だってだって、サンに言ったらダメダメって! だったらサンにお任せくださいって言うんだけど、そうしたら絶対サーシャ様と一緒になって大変なことになるでしょう?」

「あぁ、くくく……。目に見える様だが、だったらクラや親父に頼みゃいいじゃねぇか?」
 俺は腹を抱えて笑いたくなる気持ちを抑えて、コウタを棚の上に置くと、洗い立ての髪をまとめたタオルを外し、コウタに櫛を渡す。

 棚の上に立ち上がったコウタは器用に櫛を操り、俺の髪に温かな風を送って乾かしていく。

「クライス兄さんは怖気付いて、母上に逆らっちゃダメだよ~って言うか、勉強があるって逃げるんだよ」
「くくく、そうか? もう学習済みってやつか?」

「ディック様だと不器用だからどうなるか分からないでしょ? オレ、回復できるけど、木っ端微塵になったら嫌だもの」
「はははは……、ちげぇねぇ! お前、よくわかってんじゃん! おっしゃ! 兄ちゃんがやってやるよ。くくく、内緒でな?」


 どうしようか? このまま素直に頼みを聞いて、家族らをあっと言わせるか?それとも悪戯をして揶揄ってやろうか……? チラリと奴の顔を伺うと、ブオンと風の温度が上がった。
「あっちぃ! 何しやがる?」

「今、悪いこと考えたでしょう? 酷いよ! オレ、真剣なの! ちゃんとしてくれなきゃ、もう、兄さんに抱っこされてあげない!」

 な……、抱っこされてあげない? 何だその脅し。だ、駄目だ、我慢できねぇ。俺は蹲って笑うしかなかった。くくく、抱っこされないってか……?

 蹲った俺に愛想を尽かした奴は、櫛をパシッと放り投げると棚の上からジロウに飛び乗って怒って出て行った。おいおい、それ、加護って奴か? 結構な高さに飛距離だぞ? 無自覚なコウタに眉を寄せるが、面白いことを逃したと後悔する。

ーーーーが、キイと扉が開いたかと思うと、半身覗いた漆黒の瞳がうるうると俺を捉えて小さな声で囁いた。
「……だめ?」

「仕方ねぇな。ちゃんとしてやるよ。その代わり、大人しくしろよ。回復できるかもしれねぇが、俺の夢見が悪くなる」
「うん! ありがとう! 

 俺は小さなナイフを取り出すと、バルコニーに椅子を出し、コウタを座らせた。
「寒いが、ここのが面倒がないからな」
「うん。大丈夫」
 弾んだ声と眼を合わし、上等のスカーフを巻いてやる。よし、いくぜ?

「どうだ?こんなもんか?」
「オレ、見えてないから」
「おう、そっか。 これならどうだ?」

 俺は椅子を動かして、コウタを窓ガラスと向き合わせた。

「もっといいか?」
「うん! もっと! せっかくだもん、思い切って」
「お前、いい度胸だなぁ?」

 俺がニヤリと笑うとアイツもニヤリと笑う。一致団結だ。思いの外愉しめた時間に満足の悪い顔をする。

 さぁ、母上たちはどう出る?





「な、なんで……? どうして……。コウタ様、あれほど駄目だと……」
「は、反抗期なのかしら。なぜ? どうして?」
「一言メリルに仰っていただければ……。む、無念です」

 うるうると涙を流し、膝から崩れ落ちる女性陣…当のコウタな満面の笑みを浮かべている。

 コウタの頼みは散髪だ。 ここにきた時には耳の辺りでこざっぱりと切り揃えられていたとのこと。 最近は随分伸びてきて、邪魔になっていたらしい。母上達がリボンで飾りたがるのも原因だろう。 どうだ? 散髪くらいならお手のものだ。 男らしくざっくり切ってやったぜ?

「アイファ様、なかなかの腕前でいらっしゃる。ほら、お可愛らしいお顔がはっきりとされてよろしいのではないでしょうか」
 横髪は耳の辺りで、後はやや短めにざっくりと切った髪型はセガさんには好評だ。クライスと親父はニマニマと呆れ顔だし、キールとニコルは素知らぬ顔で眼を逸らしている。

「く……、こうなったらその髪型で新しいコウちゃんのオシャレを開発するわ」
 悔しそうな母上の台詞にメリルが我に還る。
「はっ!アイファ様。 お切りになったお髪はどこに?」

「ん? テラスで切ったから風で飛ばされたんじゃねえ?」

「何と! 勿体無い! サン、行きますよ! 残っていればお守りが作れます」
「はい! メリル様! この難題、命に変えましても」

 ぴゅうと飛び立った二人に、俺達は苦笑いをする。何というか……、館の者はコウタに夢中だ。

 三日月型に微笑んだ漆黒と俺の濃茶の瞳がガチとあってニッと歯を見せ合う。春まではまだひと月ある。時間よゆっくり過ぎてくれと、俺はガラにもなく空を見上げて祈った。

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