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075  尋問

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 すうすうと穏やかな寝息、艶めいた唇がゆるゆるとほぐれ、じゅるりと水滴を垂らす。うーんと万歳の姿勢になって寝返りを打つと、また小さな唇がむにゅむにゅと規則正しく揺れ動く。

 大丈夫。ぐっすり眠っている。俺たちはサンを見張りに置いてコウタ会議を始める。今夜はソラちゃんとジロウちゃんも執務室まで御足労願おうか。


 コシコシと眠い目を擦る2匹の目の前にドライベリーとブルのステーキを置く。夢中になって齧り付いた今だ。シールドを張ろう。

 食い終わって身繕いをする奴らを取り囲んで尋問する。今日は勝手にはさせられねぇな。我らの雰囲気にピクリと身を固めた奴らに優しく声をかける。

「ソラちゃん、ジロちゃん、ちょっといいかなぁ~」
 領主の猫撫で声に奴らがそっと振り向く。

「色々好き勝手にやってくれてるようだねぇ。この前は窓を二ヶ所も壊してくれたし、むやみやたらに大きくなったり小さくなったり。」

「「「「 てめえら、そんなに目立ちてえのか?」」」」

「ピ、ピピピ?!」

『えぇ! 駄目なの?』

「あったり前だ! こっちの迷惑を考えろ! どこの世界に自由自在に大きさを変えるペットがいる? 人の世界にゃ人のルールってもんがある。 お前らコウタを守るんじゃねぇのか? 守るんならちゃんと自制しろや」

『ピピピ!ペットじゃないわ! 守護鳥よ』

「ああ? 念話なんか聞こえねえな。なぁ、クライス?」
「ええ、何も」

『ピッ?!』

 突如変わった口調に慌てる奴ら。俺は珍しく腹を立てている息子と交代する。

「君たちさぁ、本当にコウタを守る気があるのか? 目を離すなっていってるだろう? 君たちがついてるって言うだけでも普通じゃないのに、厄介ごとを積み上げれば積み上げるだけ、狙われるって分かってんの? 実際、君たちは護りきれてないだろう? コウタの従魔ならちゃんと考えてやるんだ。できることはなんでもやっていいものじゃない」

「ピ、ピピピピ、ピピ、ピピピ」
『だって私たちにも予想外のことばっかりなのよ』

『なあに、なあに? 僕、コウタ、守れてないの? 急にどうしたの? 僕、悪い子?』

 狼狽えるソラとジロウ。しゅんと折り畳まれた耳がいじらしい。……が、反論なんかさせねぇ。一気に主導権を握らせてもらうぞ。

「言えよ。 手っ取り早く、言え! テメェ達が知ってることだ。アイツが抱えているものだ。知ってるんだろう? でなけりゃ、そう都合よく従魔になんかなれっこねえよな? 確信犯だろう?」

 ゆっくりと低い声でアイファが問い正しい、ジリジリと追い詰める。一歩ずつ後退する奴らの背にサーシャが回る。

「いいわよ。言えることだけで。でもね、私達もあの子を守りたいの。三歳の無垢な子供として育てたいのよ。危ないことにならないように、知ってる情報、渡してもらうわよ~」

 サーシャの“美女の氷笑” で平静を装えた奴はいねぇ。笑った目の奥にゆらめく冷気と刺すような威圧。ご令嬢のギャップに誰もが震え出す。俺たちすらも。ほら、効果的面だ。もふもふが逆立っていやがる。
 エンデアベルト家の剣幕に目を白黒させた奴ら。少しはこちらに協力してくれもらわねぇとな。

 素早くソラの首根っこを掴んだセガがこちらも穏やかで恐ろしい笑みを湛えて聞いた。
「まず、妖精についてお教え願えませんか? 不可侵と申されるのでしたら……、危険か否かだけで結構ですが」

『グ、苦しいピッー! 守護鳥様になにを……?! ピ、ピピ、』

 急に掴まれて怒った瑠璃色の鳥だが、冷気に観念したように大人しくなった。

『妖精は精霊の遣い。 敵意を持たなきゃ無害なやつ。綺麗な魔力を好むからコウタによってきただけ。』

「ほう、では危険はない、よろしいですね? では精霊様は?」 

『厄災で力を失った女神の代わりに力を与えるのが精霊の役目。妖精を助けたコウタは気に入られた。 精霊に加護をもらったけど真名までは多分知らない。 小さい身体、自由に動かせる加護。きっと身を守るのに役立つ』

「左様ですか。 そのような加護が。ではひとまず安心できそうですね」
 執事の手が僅かに緩むと、ソラはぐわんと猛禽になって身構えた。

「いや、コウタだぜ? 身体が自由に動かせるって不味くねぇか? 魔法が使えて、身体能力も上がるってんだろう? また三歳児から逸脱するってぇのか?」

 アイファは慎重だ。危惧は分かるが、身体能力に限ってはアイファだって相当に年齢を逸脱していた。エンデアベルトだと言えば問題ないだろう。


「おう、妖精や精霊は対した問題じゃねぇ。あれだ、ナンブルタル領で出会った悪魔か? こっちが本題だな。そいつはなんだ? ジロウ、お前、関係あるだろう? 不可侵だ何だと誤魔化すんじゃねぇぞ。」

 俺たちの威圧にピリリと表情を変えたグランは、大きな耳を後ろに倒して、ふうと溜息をつくと小さく丸まって目を閉じた。的中か? 言いたくねえっ言ったて、今日は許さねえんだが……。

『僕、子供だし、神獣じゃないから詳しくは分かんないよ』

「言える範囲、分かる範囲でいい。あれが “運命の日”の相手か? やべぇ奴っぽいが……?」

 俺は丸まったジロウの首根っこを押さえながらググと力を入れる。

『“運命の日”の相手? そんなのは知らないけど、僕たちが下界に来たのは、封印の緩みを感じたから。ずっと昔、初代のタロウが勇者と一緒に倒した魔王の封印』

 ジロウの話に時々ソラが時々補足をする。
 魔王は魔素と人の恐怖や悪意といった穢れを食べて力をつけ、魔物を凶悪化して世界を支配する。恐怖、殺戮、混沌、乱れた世界を創り愉しみ、新たに力をつけながらどこまでも勢力を伸ばすのだそうだ。
 いにしえの勇者伝説。勇者一行は魔王を討伐し、その地を封印した。だが、厄災で全てが失われ、さらに長い年月の経過で封印が緩んだ。それを察知して神獣達が警戒していたところに金の魔力で再び蓋がされた。
 ジロウ達は突然に現れた金の魔力を探っていたそうだ。それが先日、大きく歪んだ金の魔力によって封印が解かれ、第二の魔王になる可能性を秘めた悪魔が飛び出したとのことだ。

 奴は、力を失って身を潜めているが、自由になった今、時間をかけて力を蓄え、いずれ世界に影響を及ぼすだろう。その時、狙われるのは封印に蓋をするほどの金の魔力。だからジロウが世界の理を護るために派遣されたのだ。

「……てぇことは、結構不味い状況にあるのか?」

「おい、コウタが狙われるってのは決定事項なのかよ」
「嘘よ、嘘! あんなに恐ろしいやつに狙われるなんて」

『魔王が復活するか、悪魔のままなのか、僕にはわからないよ。ただ、コウタの魔力は心地いいんだ。僕はずっと一緒にいたいだけよ。 襲われれば守るけど、それ以上は分かんない』

「奴が復活するのはいつだ? 大体の時期も分からんのか?」
『うーん。僕の時間と人の時間は違うからなぁ。すぐだとも思うし、ずっと先だとも言える。 大丈夫、時が満ちたら分かるよ』

「ちっとも大丈夫じゃねえが、こんなものか? おい、そうだ。 従魔契約だが、取り消せんのか?」

『えぇ? どうして? 僕、コウタとずっといたいのに? ダメなの?』

 クライスが意地悪く言う。
「ああ、ダメだ。 取り消せるなら取り消してくれ。ソラはともかく、魔法が使えない三歳児がグランを従魔にするなんておかしいだろう? 注目の的だ。 悪魔の前に国に取り立てられてしまう。場合によっちゃコウタをめぐって戦争が起きるよ」

『僕、犬なのに……』

 しゅんと耳を塞いで項垂れるジロウだが、漆黒の流線はその肢体の屈強さを強調し、明らかにウルフなんかの類じゃないとわかる。

「ああ、犬だ。 犬なんだろう? だったらその気配、何とかしろ! てめぇの気配が強すぎて、牛も馬もびびってるぜ? ここは酪農の村なんだ。 それから、犬なら犬らしくできねぇとな……。キール」

 待ち構えていたキールが赤い革ベルトをグランの首に巻きつけた。

『これ……、魔道具?』

「ああ、一応大きさの変化に対応できるように魔法付与がされているが……。犬なら、分かるだろう? 飼い主が制御できてるって印が必要なんだよ。 我慢できなきゃ諦めろって言うことだ」

 ジロウは慣れない革ベルトをつけた身体をプルプル振って確認すると、さらに身体の大きさを変えたり、後ろ足で首回りを掻いたりした。

『わぁ、すごい! ねえねえ、僕、犬になれたよ。 かっこいいでしょ? 僕の持ち物、嬉しいな』

 パタパタと尻尾を振って喜ぶグランに俺達は安堵した。ついでニコルがソラに小さな足枷を差し出す。

「小鳥から猛禽までは対応できないかもしれないけど、鳥にだって従魔の印が必要なんだよ。荒野じゃ討伐されかねないだろう?」

 ピピと足を差し出したソラだが、猛禽の太い足にはめた足枷は魔法を弾くようにガコンと壊れた。

「ああ、やっぱりダメかぁ。」
 ガックリと項垂れるニコルを見て、一瞬白い煙を纏ったソラは首周りの羽を白く染め、リボンの様に2本の羽を逆立てた。
『これならいいでしょう? シリウスの知恵で昔はこうしていたの』

 二度見して驚いている我々をよそに互いの姿を見せ合ってはしゃいでいる。その間をメリルがズイと割り込む。

「シリウスとは……、もしやコウタ様のお父上で? その辺りの情報も頂きとうございます」

 シュタと伸ばされた手を、すんでのところで逃げ切り、小さな瑠璃色の鳥は天井をパタタと飛ぶ。

ーーーーガシ! ガシ、ガシ!
「ギ、ピピ……?!」

 メリルの手から逃れても幾重にも伸びた俺達の手からは無理だろう。

 悪いな。
 低めに張ったシールドじゃぁ天井に逃げ仰せまい。シールドを壊すほどの本気を出せば、愛しのコウタちゃんにお目玉を喰らうしなぁ?

「ソラちゃんの飛行能力を考えなかっとでも……?」
 氷笑の力強い拳に捕まった奴は、ツンとそっぽを向く。

『私はコウタの守護鳥なの。 守る以外は知らない。 知ってどうするの? どうにもできないでしょ? コウタの魔力はシリウスともサチとも違う。 女神だって敵わないんだから! 凄いでしょう』

「なっ?! どう言うことだ?」
「お母様はサチさんっておっしゃるの?」
「ふふふ。 油断されましたね。 で、もう少し詳しくお聞かせ願いましょうか」
「ああ、まだ夜明けまで、たっぷり時間はある。なんなら毎晩だって聞いてあげられるぜ……」

 ごごごごと黒い気配を纏った俺たちに、あるのかないのか分からない小さい首をぐるぐると回した奴は、目をぎゅっと瞑ったまま嘴を硬く閉ざした。

 だが、いいさ。 案外に頭は回らない奴だ。じっくり、ねっとりセガとメリルが落としていくだろう。
 俺達はちっこい瑠璃とでっかい漆黒を囲みながら誰も彼もが意地悪く唇を引いた。

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