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072 暴君の領地  (ブルジャーノの後悔)

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 領主の息子に脅され、エンデアベルトに移送された俺(ブルジャーノ)は、自身の犯した罪への裁きと姉の処遇に怯えている。


 あれはごく普通の何でもない日だった。エンデアベルトへのこの冬最後の積荷。毎年の恒例行事だが、最近はモルケル村の景気がいいと多めに荷を積み、いつも通りの兵と冒険者の護衛で、ほくほく顔で帰還する予定だった。

 だが、よりによって四つ足の襲撃に遭う。その悲報は瞬く間にナンブルタル領にも伝わって来た。

 新婚だった姉さんの絶望に満ちた瞳を俺は忘れない。尊敬する義兄が犠牲になるなんて。あろうことかフォルテの奴がたった一人生き残り、エンデアベルト家に寝返って帰ってくるとは……。

 俺はフォルテが許せなかった。新米兵の中でも気弱な奴が生き残るなんて。これがもし義兄さんだったのなら……。今後も兵の育成に力を発揮できたのに。姉さんとの幸せな家庭が築けただろうに。いくらでも広がる未来に俺は悔しくてならなかった。
 あのガキに言われるまでは……。


ーーーー大切な人に託された命。生きる以外に何ができる? どうしてその悲しみに寄り添えないの?

 フォルテはたった一人生き残った贖罪を抱えながら生きていく。義兄達から託された想いと共に。確かにそれはとてつもなく辛いことだ。アイツが義兄を崇拝していたのだから尚更だ。

 俺は姉さんを支えながら生きていく。だが、フォルテの代わりに領主の息子を……、奴らが何よりも大切にしているガキを殴ってしまった。情けない。最愛の姉さんと共にエンデアベルトまで連行され、あの暴君の元でどのような扱いをされるのだろうか。

 いや、俺はいい。

 どうなっても自業自得だ。だが、俺の巻き添いをくった姉さんはどうなるのだろうか。奴隷のように酷い扱いをされるのだろうか。華として不埒な目に遭わされるのだろうか。


 エンデアベルトの暴君の噂は有名だ。若い頃は冒険者として名を馳せた破天荒な領主。王に功績を認められたのに傅くことを嫌い、辺境で好き勝手に暴れ回っている。その証拠に王からの謁見の招待にも顔を見せず無礼を働いたそうだ。美しき妻と優秀な次男が王都に軟禁されているのは暴君の反乱を王が制しているとの噂だ。

 暴君の長男も親に似て破天荒。奴らは殺戮魔だ。領主の奴は息子を育成するためにそこらの魔物や野党を一掃して歩いた。ナンブルタル領の発展はその恩恵に預かったと聞いている。

 海に山に荒野にと魔物を相手に街の外壁の工事をするのは難しい。だが、奴らが日々魔物を狩り続けたお陰で、魔物の数が減り、この地方の治安が安定したのだ。それだけならよかったのだが……。

 奴らは魔物退治に飽き足らず、稽古だ鍛錬だとナンブルタル領の兵まで駆り出し、メチャクチャな訓練を課すようになった。そのせいで陸軍兵の大半は東部イスタニアンに逃げ、ナンブルタル領の陸軍兵が壊滅したのだ。陸軍が海軍に馬鹿にされるのも、待遇が悪いのもそのせいだ。



 エンデアベルトに入る直前、俺達は危惧された通り四つ足の襲撃に遭った。俺は拘束を外され、戦力の1人として戦うこととなる。姉さんさえいなければ逃げるチャンス。だが、その考えは一瞬にして砕け散った。

 休憩所に張られたとてつもなく大きな結界に齧り付く魔物は尋常じゃない数だった。ガシガシと軋む歯音に俺はただ震えることしかできなかった。
 結界を解く合図と共に、破天荒と言われた長男がこともなげに魔物を切り払い、凄まじい勢いで屍の山を築いていく。奴らの仲間達も怯むことなく何百という数を次々と仕留め、地獄の中にわずかな光が差し込んだ。
 兵士達と俺はただ目の前に溢れてくる数頭を相手に剣を振るが、仕留めるまでには至らない。次に美しき若者がザンとトドメを刺してくれるお陰で救われていく。

 人外とはよく言ったものだ。長男どころか次男の坊ちゃんの腕も相当なものだった。これがエンデアベルトの力。俺は一層恐怖に引き攣り、再び拘束されてこの地に降り立った。


 エンデアベルトに着くと簡素な兵舎の奥の小部屋に放り込まれた。血濡れた体を洗えと全裸にされ、温かな大きな湯船が用意される。いや、俺達は陸軍兵だ。温かな風呂など入れる身分じゃない。だが、兵士達は捕虜となっている俺と一緒に湯船に浸かり、旅の無事を労ってくれる。何かがおかしい。

 湯から上がると、部屋長という兵が俺のベッドに案内する。狭い部屋には4台の2段ベッドが造り付けられていた。その1つの上段が俺の場所だと言った。下段はフォルテだ。俺の処分が決まるまではここで一兵として鍛えろとのことだ。馬鹿じゃねぇのか?俺は罪人だ。野放しにするってぇのか?

 反抗したい気持ちを抑え、部屋長についていく。食堂だ。贅沢な肉料理が並び、少しだが酒もある。今日は荷が着いたことと襲撃にスースやブル、オークが混ざっていたからご馳走だと他の兵らに感謝された。何だ、この和気あいあいは? 

 暴君のお膝下だと警戒していたが、ここの奴らは同じ釜の飯を食い合う仲だと友好的だった。警戒を解かない尖った俺に一線をひきながらも、肉が足りないだ、パンを食えだ、酒まで注いで甲斐甲斐しく世話を焼く。


 ほろ酔い気分で潜り込んだベッド。狭いが布団は柔らかく、湿った匂いはするものの清潔だ。警戒されているのかいないのか。俺は迂闊にもぐっすり眠り込んでしまった。がさついたナンブルタル領の埃塗れの兵舎との違いに俺もフォルテも戸惑うばかり。

 明け方、悪戯心に抜け出そうと扉を開けると夜勤明けだという兵に見つかった。戦闘止むなしと身構えるが奴は無防備に姉さんの所在と様子を俺に話す。何と、しばらく介護のメイドが付き添い静養させるとのことだ。罪人の身内の扱いはどうなっている?信じられない事ばかりに戦意を失い部屋に戻る。部屋では誰もが背を向け寝入っているように見せてはいるが恐らく目が覚めているだろう。そんな気配だ。

 翌日の昼近く。兵士長の尋問の際に、あの小さいガキが行方不明だと報告が入る。いい大人達がガキの捜索だ?こぞって捜索隊に加わる奴らを不思議に思った。

「坊ちゃんは可愛いんだぜ」
「俺、一緒に馬の世話をしたんだ。汚れるって言ったのに一生懸命やってくれてさぁ」
「何だそりゃ。俺なんか花をもらったぜ。母ちゃんに渡せってな。ちょうど母ちゃんが差し入れを持って会いに来てくれたときでさ。親孝行できたんだ」
「花の一本なんか羨ましくないな。俺なんか内緒だよってキャラメル食わせてもらったよ」
「うわぁ、ずるいぜ」
 口々にくだらん自慢話をする奴らに、ああそうだろうと納得する。身分をひけらかすこともせず、力の差を省みず、ただ己の信念に忠実であろうとするチビだ。慕われるのもわかる。そんな奴をこの俺は……。

 握っていた拳にグッと力を入れる。フォルテが忠義を誓うはずだ。

 だが、やはりここは暴君のエンデアベルト。その洗礼の時はすぐに訪れた。

 明らかに機嫌の悪い長男が、稽古をつけると訓練に乗り込んできた。あの坊ちゃんが見つからないことでヤキモキしているのだろう。穏やかだった兵達が緊張の面持ちで震え上がる。
 木剣同士の打ち合い。人外の奴は複数の兵に同時に挑まれても汗一つかかずボッコボッコと裁き切る。立てば倒され、転がされ、あっという間に気力、体力を失った男達が積み上がる。
 ほんの一呼吸おけば、信じられないことに丸腰で俺達に臨む。こちらの武器は自由だと馬鹿にしている。魔法兵が魔法を使うことすら許可をする。だが、誰一人として奴に触れることすら出来ない。ベテランの兵でさえ、しばらく立ち上がれないほどの訓練にやはり暴君の噂は本当なのだと怯え上がる。

 俺はこの先どのような処分を受けるのだろうか? 呑気な兵達に気を許すことなく、姉さんを助け出して故郷に帰れるのだろうか? それとも暴君の元でなぶり殺しにされるのだろうか。

 思いの外、居心地の良い世界に混乱しながら、俺は処遇を受け入れるほかなく、ただ生きるだけの存在になっている。


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