82 / 260
072 暴君の領地 (ブルジャーノの後悔)
しおりを挟む領主の息子に脅され、エンデアベルトに移送された俺(ブルジャーノ)は、自身の犯した罪への裁きと姉の処遇に怯えている。
あれはごく普通の何でもない日だった。エンデアベルトへのこの冬最後の積荷。毎年の恒例行事だが、最近はモルケル村の景気がいいと多めに荷を積み、いつも通りの兵と冒険者の護衛で、ほくほく顔で帰還する予定だった。
だが、よりによって四つ足の襲撃に遭う。その悲報は瞬く間にナンブルタル領にも伝わって来た。
新婚だった姉さんの絶望に満ちた瞳を俺は忘れない。尊敬する義兄が犠牲になるなんて。あろうことかフォルテの奴がたった一人生き残り、エンデアベルト家に寝返って帰ってくるとは……。
俺はフォルテが許せなかった。新米兵の中でも気弱な奴が生き残るなんて。これがもし義兄さんだったのなら……。今後も兵の育成に力を発揮できたのに。姉さんとの幸せな家庭が築けただろうに。いくらでも広がる未来に俺は悔しくてならなかった。
あのガキに言われるまでは……。
ーーーー大切な人に託された命。生きる以外に何ができる? どうしてその悲しみに寄り添えないの?
フォルテはたった一人生き残った贖罪を抱えながら生きていく。義兄達から託された想いと共に。確かにそれはとてつもなく辛いことだ。アイツが義兄を崇拝していたのだから尚更だ。
俺は姉さんを支えながら生きていく。だが、フォルテの代わりに領主の息子を……、奴らが何よりも大切にしているガキを殴ってしまった。情けない。最愛の姉さんと共にエンデアベルトまで連行され、あの暴君の元でどのような扱いをされるのだろうか。
いや、俺はいい。
どうなっても自業自得だ。だが、俺の巻き添いをくった姉さんはどうなるのだろうか。奴隷のように酷い扱いをされるのだろうか。華として不埒な目に遭わされるのだろうか。
エンデアベルトの暴君の噂は有名だ。若い頃は冒険者として名を馳せた破天荒な領主。王に功績を認められたのに傅くことを嫌い、辺境で好き勝手に暴れ回っている。その証拠に王からの謁見の招待にも顔を見せず無礼を働いたそうだ。美しき妻と優秀な次男が王都に軟禁されているのは暴君の反乱を王が制しているとの噂だ。
暴君の長男も親に似て破天荒。奴らは殺戮魔だ。領主の奴は息子を育成するためにそこらの魔物や野党を一掃して歩いた。ナンブルタル領の発展はその恩恵に預かったと聞いている。
海に山に荒野にと魔物を相手に街の外壁の工事をするのは難しい。だが、奴らが日々魔物を狩り続けたお陰で、魔物の数が減り、この地方の治安が安定したのだ。それだけならよかったのだが……。
奴らは魔物退治に飽き足らず、稽古だ鍛錬だとナンブルタル領の兵まで駆り出し、メチャクチャな訓練を課すようになった。そのせいで陸軍兵の大半は東部イスタニアンに逃げ、ナンブルタル領の陸軍兵が壊滅したのだ。陸軍が海軍に馬鹿にされるのも、待遇が悪いのもそのせいだ。
エンデアベルトに入る直前、俺達は危惧された通り四つ足の襲撃に遭った。俺は拘束を外され、戦力の1人として戦うこととなる。姉さんさえいなければ逃げるチャンス。だが、その考えは一瞬にして砕け散った。
休憩所に張られたとてつもなく大きな結界に齧り付く魔物は尋常じゃない数だった。ガシガシと軋む歯音に俺はただ震えることしかできなかった。
結界を解く合図と共に、破天荒と言われた長男がこともなげに魔物を切り払い、凄まじい勢いで屍の山を築いていく。奴らの仲間達も怯むことなく何百という数を次々と仕留め、地獄の中にわずかな光が差し込んだ。
兵士達と俺はただ目の前に溢れてくる数頭を相手に剣を振るが、仕留めるまでには至らない。次に美しき若者がザンとトドメを刺してくれるお陰で救われていく。
人外とはよく言ったものだ。長男どころか次男の坊ちゃんの腕も相当なものだった。これがエンデアベルトの力。俺は一層恐怖に引き攣り、再び拘束されてこの地に降り立った。
エンデアベルトに着くと簡素な兵舎の奥の小部屋に放り込まれた。血濡れた体を洗えと全裸にされ、温かな大きな湯船が用意される。いや、俺達は陸軍兵だ。温かな風呂など入れる身分じゃない。だが、兵士達は捕虜となっている俺と一緒に湯船に浸かり、旅の無事を労ってくれる。何かがおかしい。
湯から上がると、部屋長という兵が俺のベッドに案内する。狭い部屋には4台の2段ベッドが造り付けられていた。その1つの上段が俺の場所だと言った。下段はフォルテだ。俺の処分が決まるまではここで一兵として鍛えろとのことだ。馬鹿じゃねぇのか?俺は罪人だ。野放しにするってぇのか?
反抗したい気持ちを抑え、部屋長についていく。食堂だ。贅沢な肉料理が並び、少しだが酒もある。今日は荷が着いたことと襲撃にスースやブル、オークが混ざっていたからご馳走だと他の兵らに感謝された。何だ、この和気あいあいは?
暴君のお膝下だと警戒していたが、ここの奴らは同じ釜の飯を食い合う仲だと友好的だった。警戒を解かない尖った俺に一線をひきながらも、肉が足りないだ、パンを食えだ、酒まで注いで甲斐甲斐しく世話を焼く。
ほろ酔い気分で潜り込んだベッド。狭いが布団は柔らかく、湿った匂いはするものの清潔だ。警戒されているのかいないのか。俺は迂闊にもぐっすり眠り込んでしまった。がさついたナンブルタル領の埃塗れの兵舎との違いに俺もフォルテも戸惑うばかり。
明け方、悪戯心に抜け出そうと扉を開けると夜勤明けだという兵に見つかった。戦闘止むなしと身構えるが奴は無防備に姉さんの所在と様子を俺に話す。何と、しばらく介護のメイドが付き添い静養させるとのことだ。罪人の身内の扱いはどうなっている?信じられない事ばかりに戦意を失い部屋に戻る。部屋では誰もが背を向け寝入っているように見せてはいるが恐らく目が覚めているだろう。そんな気配だ。
翌日の昼近く。兵士長の尋問の際に、あの小さいガキが行方不明だと報告が入る。いい大人達がガキの捜索だ?こぞって捜索隊に加わる奴らを不思議に思った。
「坊ちゃんは可愛いんだぜ」
「俺、一緒に馬の世話をしたんだ。汚れるって言ったのに一生懸命やってくれてさぁ」
「何だそりゃ。俺なんか花をもらったぜ。母ちゃんに渡せってな。ちょうど母ちゃんが差し入れを持って会いに来てくれたときでさ。親孝行できたんだ」
「花の一本なんか羨ましくないな。俺なんか内緒だよってキャラメル食わせてもらったよ」
「うわぁ、ずるいぜ」
口々にくだらん自慢話をする奴らに、ああそうだろうと納得する。身分をひけらかすこともせず、力の差を省みず、ただ己の信念に忠実であろうとするチビだ。慕われるのもわかる。そんな奴をこの俺は……。
握っていた拳にグッと力を入れる。フォルテが忠義を誓うはずだ。
だが、やはりここは暴君のエンデアベルト。その洗礼の時はすぐに訪れた。
明らかに機嫌の悪い長男が、稽古をつけると訓練に乗り込んできた。あの坊ちゃんが見つからないことでヤキモキしているのだろう。穏やかだった兵達が緊張の面持ちで震え上がる。
木剣同士の打ち合い。人外の奴は複数の兵に同時に挑まれても汗一つかかずボッコボッコと裁き切る。立てば倒され、転がされ、あっという間に気力、体力を失った男達が積み上がる。
ほんの一呼吸おけば、信じられないことに丸腰で俺達に臨む。こちらの武器は自由だと馬鹿にしている。魔法兵が魔法を使うことすら許可をする。だが、誰一人として奴に触れることすら出来ない。ベテランの兵でさえ、しばらく立ち上がれないほどの訓練にやはり暴君の噂は本当なのだと怯え上がる。
俺はこの先どのような処分を受けるのだろうか? 呑気な兵達に気を許すことなく、姉さんを助け出して故郷に帰れるのだろうか? それとも暴君の元でなぶり殺しにされるのだろうか。
思いの外、居心地の良い世界に混乱しながら、俺は処遇を受け入れるほかなく、ただ生きるだけの存在になっている。
3
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
変わり者と呼ばれた貴族は、辺境で自由に生きていきます
染井トリノ
ファンタジー
書籍化に伴い改題いたしました。
といっても、ほとんど前と一緒ですが。
変わり者で、落ちこぼれ。
名門貴族グレーテル家の三男として生まれたウィルは、貴族でありながら魔法の才能がなかった。
それによって幼い頃に見限られ、本宅から離れた別荘で暮らしていた。
ウィルは世間では嫌われている亜人種に興味を持ち、奴隷となっていた亜人種の少女たちを屋敷のメイドとして雇っていた。
そのこともあまり快く思われておらず、周囲からは変わり者と呼ばれている。
そんなウィルも十八になり、貴族の慣わしで自分の領地をもらうことになったのだが……。
父親から送られた領地は、領民ゼロ、土地は枯れはて資源もなく、屋敷もボロボロという最悪の状況だった。
これはウィルが、荒れた領地で生きていく物語。
隠してきた力もフルに使って、エルフや獣人といった様々な種族と交流しながらのんびり過ごす。
8/26HOTラインキング1位達成!
同日ファンタジー&総合ランキング1位達成!
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる