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019 メイド サン

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 村長さんに顔を通したおかげで、村で遊んでも良いことになったオレは、メイドのサンと一緒に牧場の中を歩いている。

「いいですか、確かに此処を通るのが近いのですが、牧場ですからね、牛とかブルとかがいますから気をつけるんですよ。牛やブルに気がついたら、柵の外に逃げるのです。」

 もう、これで何度目だろうか。
 同じ注意を繰り返され、オレはゲンナリしている。そもそもオレ達は牧場の真ん中を突っ切って牛舎を目指している。それなのに柵の外まで逃げるなんて無理だ。だけど心配し過ぎたサンは繰り返し繰り返し同じことばかり言う。

 
 ここは、そう、強硬手段を取ろう。

「サンち、ゃ!」
 痛っっ、舌を噛んだ。

 貴族の子になると、メイドさんにも慣れなくちゃいけない。オレはどうしてもメイドさんを呼び捨てにできなくって敬称をつけてしまう。
 サンさんって言おうとすると舌を噛んじゃうんだ。オレ専属のメイドにサンが抜擢された理由だ。呼び捨てにしやすくてちょうどいいだろうって。
 それにディック様があれこれ考えるのが面倒くさかったみたいだ。

 ちなみにサンがいない時はメイド頭のメリルさんがついてきてくれる。こちらもオレがちゃんと名前を呼べないから……。メルル、メリュリュ、ムリュリ……。メリルさん本人が面白がっているんだ。酷い。

 オレは大きな器のおかげで吸収が早いし、早くに自立できるようにって、山で訓練をしていたから、赤ちゃん言葉は卒業したんだ。でも、こんなところでつまづくなんてね。

「サン、走ろう」

 オレはサンの手を引っ張って走り出す。新しい草の香り、土の湿気、少し曇った空気を体一杯に受けて走ると気持ちがいい。
 ほら、サンは追いつけな、い?

 オレは山でいろんな人に稽古をつけて貰っていたから体力には自信がある。みんな、凄い凄いと褒めてくれたもの。そりゃ、父様達には敵わないけど、行商に来る商人さんには負けなかった。ここは牧場といっても山の上と比べたら平地のようなものだ。

 だから、そこらのメイドには負けないつもりで全力で走ったのに……。サンはにこにこ、余裕でオレの手を引いていた。

「はぁ、はぁ、も……、無理」

 ばたりと草の上に突っ伏すと、荒れた呼吸に身体が上下する。息は上がったけど、しつこい注意からは逃れた。結果オーライ。

「コウタ様は走るのがお上手ですね。ほら、もう少しで牛舎ですから、あそこで飲み物でもいただきましょう。」

 夢中で走ったオレは気付けば牛舎の近くまで来ていて、あんなに注意されたのにいつの間にか周囲は草を喰む牛達で一杯だ。
 サン、逃げなくて良かったの?


 うわ、やっぱり?
「やめてってば、ほら、みんな、ちゃんと撫でに行くから」
 
 たくさん受けた注意なんて何のその。
モーと鳴いて近づいた牛がやっぱりベロンとオレを舐めとる。くすぐったい。

 寝転んだ身体を起こすようにベロン。転がすようにペロン。頬を舐め、おでこを舐め……。わぁ、よだれでベッタベタ。

 一際大きい身体はブル。牛は動物だけど、ブルは魔物だ。この牧場でだけ飼育されている特別な魔物。だけどその瞳は優しくて慈しむようにオレを眺める。

「ちょっと、もう、それはいらない」
 オレを踏まないように慎重に近づいたくせに、オレの顔におっぱいを近づける。まるで飲めとでも言うかのように。

 
 うん、ここで飲んだブルのミルクは確かに美味しい。牛のミルクよりも濃厚で甘い。山で飲んでいた山ヤギのミルクよりもずっとずっと。だけどスッキリと優しい味だ。

 オレ、確かにちっちゃいけど、ブルに比べたら赤ちゃんみたいかもしれないけど、流石にブルの乳にむしゃぶりつくほどちびっ子じゃないよ! ああ、もう、よしよしって撫でてあげるから! 許して!

 ブルに執拗なまでに纏わりつかれたオレをサンが慌てて抱きあげてくれた。
 すごい、サンがキッと睨んだだけで、ブルはすごすごと後退り。

 無事にベンチにストンと座ったら、ゴシゴシとよだれをタオルで拭き取ってもらい、二人でうふふと目を合わせた。

 そんなオレ達の様子を見ていた牛舎掃除の叔父さんが、搾りたてだとミルクをくれたよ。

「ありがとう!」
 もちろん、ご機嫌一杯のにっこり笑顔を振り撒いた。

 パタタと空を楽しんでいた青い小鳥も、ミルクを飲みに降りてきて、牧場のこと、ディック様のこと、村のこと、山のこと、仕事中の叔父さんも巻き込んで、たくさんたくさんおしゃべりをした。



 う……。く、苦しい……。胸が潰される……。
 重い息苦しさで目が覚めると、オレはベットに寝かされていて、ラビがドカンと胸の上に乗っかっていた。
 置いて行っちゃったから? 怒ったのかな? さらり、ふかふかのお腹に顔を埋めれば、気のせいかな?ほんのりバターの香りがした。

 グゥとお腹がなったので、お昼を食べていないことに気づく。

 そうか、オレ、牧場で寝ちゃったんだ。ゆらりゆらりと牛の背中で運ばれたことを朧げに思い出した。
 オレは大きなベットからズルリと滑り降りてパタと扉を開けた。






 こんな幸せ、夢じゃないかしら?

 数いるメイドの中からコウタ様専属として抜擢された私。まだこの館に来て日が浅い方だけど、『サン』この名前をつけてくれた両親に感謝するわ! 抜擢理由? そんなのどうでもいいの。

 コウタ様はサッラサラの漆黒の髪に光が当たると虹色に輝いて光の輪が出来るの! 本物の天使様みたい。

 大きな瞳に長いまつ毛。私としては、ちょっと困った様子で眉毛を下げて、上目遣いの表情をする時が一押し! 堪らなく可愛いの!

 ディック様も執事のセガ様も、息子様達だって、それぞれに味があって素敵だけど、素敵だけどね! コウタ様を見てしまったら駄目よ~。あれは卑怯なくらい可愛いわ。
 そしてね、ちっちゃいのに紳士なのよ。挨拶もお礼も欠かさないし、今日なんか猛獣? 猛牛?に囲まれる牧場で、私を庇って走ってくれたのよ。
 
 もちろん手を取って!


 まあね、私だって一応免許皆伝のプロのメイドよ。いざとなれば牛の十頭や百頭、一蹴りでいけますけどね。いけますけどね。

 でも女ですもの。守って貰うと嬉しいわ! これだけで五十年は味のない堅いパンだけで生きていけちゃう!


 あっ、お目覚めになった気配だわ! 早く行かなくちゃ! 私の隙を狙うメイドから愛しのコウタ様を守らないと!



 ん、オレ、ブルル、なんか……寒気?殺気がするかも……?
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