54 / 55
カケラ・その54
しおりを挟む「斎藤くんだね、担任の櫻井だ。じゃあ、クラスに案内しよう」
櫻井と名乗った教師に連れられ、俺は扉の前に立つ。こういう時って何でこんなにドキドキするんだろ。
俺は深呼吸を一つ吐いた。
『ガラガラガラ』
教師が引き戸を開く音が、殊更大きく感じる。
「おーい!静かにしろよ~!もうホームルーム始めるぞー!」
教師の後に付いて教室の中に入る。
俺という異物の存在に、それまでザワザワとしていた生徒がスンッと静かになった。
皆の視線が突き刺さる。値踏みされている様な感覚に一瞬怯みそうになるが、俺の視線は一点に注がれている。
髪……切ったんだな。
あの時に見たプリクラの時の長さぐらいに切り揃えられた少し茶色の髪が開かれた窓から吹く風に少しだけなびいている。
そこだけ切り取られた様なそんな感じだ。彼女と俺だけ時間が止まっている様な。……ま、そんな事はないから、
「今日は転校生を紹介するぞー!」
その教師の言葉を皮切りに、また教室はざわつき始めた。こんな中途半端な時期の転校生に好奇心いっぱいの視線が注がれる。
「さ、自己紹介を」
担任に促され、俺は真っ直ぐ前を向いた。
「斎藤 希です。『希望』の『希』と書いて一文字で『のぞむ』と読みます。
隣町に越して来たばかりですが、少しずつ馴染めるといいなと思ってます。よろしくお願いします」
……あんまりしっかり練習しすぎたかな?高校一年でこれは……ちょっとおかしいか?
そんな事を考える。クラスの連中は『こいつ……練習してきた?』みたいな目で見てきているが、俺の視線はある一人に注がれたままだ。
『葵』
あんなに感動的に『親子二人支え合っていこうな』と誓った父親は、あの後すぐに海外勤務が決まった。
離婚の話が出るずっと前に打診されていた話だが、それから殆ど話が出る事がなかったから、話自体が無くなったのだと思っていたと、父親はバツが悪そうに頭を掻きながら俺にそう言った。
父親は俺を連れて行く気満々だったようだが、それを俺はあっさりと断った。
そして……ここに来た。
父親とは離れ、ばあちゃんと暮らす事を選んで……葵が居るこの高校へと転入したのだ。
一応進学校に通っていた俺は転入試験にも合格し、新たな生活を始める事にした。
……諦めるって誰が言ったよ。
SNSって怖いよな。たとえ葵がそれを使っていなくても『二年半寝たきりの女の子が突然目を覚ました』なんて面白い話を誰も呟かないなんて事はありえない。
あの後、葵は驚くほどの回復で、日常生活を取り戻した。二年半寝たきりだったのに、わずかなリバビリで退院に至ったのは、やはり癒やしの力を持つ人魚の涙の影響だろう。
俺が病気らしい病気をしないでこうして元気なのも何よりの証拠だ。
だが、葵がたとえ普通以上に元気になったとはいえ、高校三年生として通学するのは無理がある。彼女はまた一年生からやり直す事になったらしい。……ここまで全てSNSで知り得た情報だ。……マジで怖いな、ネット社会。
正直、父親の海外赴任の話を聞いた時、チャンスだと思った。
『せっかく努力して、良い学校入ったのに申し訳ない』と言う父親の言葉に、ああ、俺が努力した事は認めてくれていたのか……と少しだけ嬉しくなったが、そんな事よりも俺は葵と同じ高校に行く事が出来ないかと画策する方で頭がいっぱいだった。
葵は俺を忘れた。ならばまた俺を一から知ってもらえばいい。俺はその単純な思考に至った。
彼女の記憶が真っ白ならば、そこにまた俺という人物を描けばいい。それだけだ。
あの夏の思い出は俺の心の中にしか無くなったとしても、これからもっと多くの思い出を作ればいい。……諦めるなんて馬鹿らしいだろ?
葵と同じクラスになったのは、本当に偶然だ。
同じ高校一年生になれるのだから、なんとしてでも友達になろうと思って、意気込んでいたが、神様は俺の味方らしい。いや……神様じゃなくて人魚様かもな。
俺の胸は歓喜に満ち溢れているが、なるべくそれを表情に出さないように努力した。初日からニタニタした転校生など、気持ち悪いだけだ。
「じゃあ……斎藤君の席は……あそこだ』
先生の指差す席に思わず顔が綻ぶ。どこまでも俺は葵と縁があるらしい。
隣の席に座る俺を見て、葵は少しだけ目を丸くした。そして彼女はこう言った。
「あれ?君は……」
13
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
片思いに未練があるのは、私だけになりそうです
珠宮さくら
青春
髙村心陽は、双子の片割れである姉の心音より、先に初恋をした。
その相手は、幼なじみの男の子で、姉の初恋の相手は彼のお兄さんだった。
姉の初恋は、姉自身が見事なまでにぶち壊したが、その初恋の相手の人生までも狂わせるとは思いもしなかった。
そんな心陽の初恋も、片思いが続くことになるのだが……。
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる