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カケラ・その48
しおりを挟む翌日、俺は朝早くからばあちゃん家を抜け出した。
病院の面会が十時からなのは理解していたが、それまでに父親に迎えに来られては困る。
流石に家に居なければ、無理やり連れて帰られる事はないだろう。ほんの少しでもいい。……葵に会いたい。
俺はもしかしたら、葵とゆっくり話す時間がないかもしれないと、昨日手紙を書いた。手紙なんて書いたことないな。スマホで伝える言葉より何故か緊張した。
洒落た便箋なんて物は無かったから、ルーズリーフを半分に切って、そこに自分の連絡先と、これから付き合って欲しい事と、それだけを書いた。それだけなのに、何回書き直したかわからない。せめてもう少し字が上手かったらな……と思っても今更だった。
俺と葵が過ごした、この約一ヶ月を思えば、きっと多くを語らなくても、想いは通じるはずだと信じたい。……そして葵も同じ気持ちでいてくれるはずだと、期待を込める。
幻ではない葵との対面にドキドキする。俺は、二人が出逢ったあの人魚の入り江にも別れを告げるため、足を運んだ。
最近は夏が長い。もう八月は終わるというのに、今日も真夏の暑さだ。
入り江はいつも通り、静かにそこにあった。
「ここで出逢ったんだよな」
目を閉じて、あの日を思い出す。葵に出逢ったあの日。彼女は俺を見て目を丸くした。
『あれ?君は誰?』
彼女の少し首を傾げたその姿に……俺は多分一目惚れしたんだ。あの時は気づかなかったし、最初は怒られるかと思ったけどな。そう考えて俺は一人笑う。
俺は海に近づいて、そっと両手で海水を掬った。
まだ日差しは痛い程だというのに、海の水は確かに少し冷たくなっていて、四季が曖昧になったこの国にも、きちんと秋の足音が近付いているのを感じさせた。
俺は少しの間、海を見つめていた。
じいちゃんもこの入り江で人魚に出会ったのだろうか。
俺達の前に姿を現した人魚は……同じ人魚だったのだろうか?
人魚の寿命なんて考えた事はなかったが、肉を食べれば不老不死になるぐらいだ。きっと人魚自体も長生きなんだろうな……と漠然と思った。
だけどあの人魚は凄く寂しそうだった。どうしてあの人魚がこの入り江に現れたのかはわからない。もしかして人魚に恋をしたとか?……だけど、人間を好きになったって報われないし、その人間はきっと先に死んでしまうだろう。あの人魚がとても孤独に見えて、俺は少し胸が苦しくなった。
「ありがとう」
俺は海に向かってそう一言残すと、緩やかな坂を登る。
今から隣町へ行けば、面会時間の少し前には病院に着くだろう。振り返らずに坂の上を目指す俺の耳に、海風に乗って微かに人魚の歌声が聴こえた気がした。
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