人魚のカケラ

初瀬 叶

文字の大きさ
上 下
37 / 55

カケラ・その37

しおりを挟む

翌朝、俺はばあちゃんにおにぎりのお礼を言うと、早速入り江に出掛けた。 

やはりという気持ちとがっかりする気持ちが入り混じる。……そこに葵の姿は無かった。

今日は少し波が高いようだ。お盆も終えこの田舎町に海水浴で来る客も減った。
だがこの入り江はいつも通り誰もいない。そう俺以外誰も居ない。

確か、盆を過ぎると海月が出るようになるから海には入るなってじいちゃんに言われてたよな。
俺は波打ち際ギリギリを歩く。海月の姿は見えないが、水が少しだけ冷たい様な気がした。

俺は心の中で葵に語りかける。俺は他に何を見つけたらいいんだ?どうしたら、葵にまた会える?何が正解なのかわからぬまま、俺は海を眺めていた。

夕方、俺は諦めて入り江を後にした。もしかしたら『希』って呼ぶ葵が姿を現すのではないかと期待する事をやめられなかったのだが、空振りに終わった。
葵の本当の姿を……病院に居る葵を見つけない方が良かったのではないかと、俺は今更ながらに後悔していた。

「ごめんばあちゃん。俺今日も食欲ないや」
食卓の上には昨日元気が無かった俺の為に作られた俺の好物が並んでいる。ばあちゃんの優しさにグッと力を入れていないと、涙が零れそうだ。

「そうかい……まぁ、あんまり無理せん事だ。ゆっくりとお休み」
とばあちゃんは俺に近づくと背中を撫でた。

「ばあちゃん……」
ダメだ、泣くな。ばあちゃんが余計に心配するじゃないか。

「希。あんたは昔っから我慢強い子だったよ。コケて膝を擦りむいても泣かんかった。覚えとるかい?あんたにじいちゃんが自転車の乗り方を教えていた時の事」

ばあちゃんは俺の背を擦りながらそう言った。
そうだった……俺に自転車の乗り方を教えてくれたのは、他でもない、じいちゃんだった。大好きだったじいちゃん。じいちゃんが亡くなった時、おれはまだ子どもで『死』の意味をちゃんとは理解していなかった。
だから、また此処に来れば会えるんじゃないかと……そう子どもながらに思っていた事を思い出す。
あれから此処に来る事がなくなってしまったから、会えない事がじいちゃんが亡くなってしまったからなのか、俺が此処に来なくなってしまったからなのか、曖昧なまま、いつの間にか俺はじいちゃんの死を受け入れていた。


「覚えてるよ。じいちゃんが根気良く教えてくれたんだ」

「そうそう。あんたは何度転んでも口を真一文字にグッと結んで泣くのを我慢してた。膝から血が出ていても、何度も何度も乗れる様になるまで諦めなかったね」

そうだった。諦めたらじいちゃんに見放されてしまうのではないかと、それが怖かったんだ。
自転車でコケて怪我をする事より、俺はじいちゃんに嫌われるのが怖かった。
仕事ばかりの父親、あまり俺に感心のない母親。この田舎のこの場所が幼い俺の心の拠り所だった。

「そうだったね……」

「希……今のあんたはその時と同じ顔をしているよ。何があったのかは、ばあちゃんわからないけどね。あんたが泣いても、諦めても……誰も希を責めやしない。誰もあんたを嫌いにならんよ」
と言うばあちゃんの言葉に俺は、

「大切な人と会えなくなった時、……人はどうやってその悲しみを乗り越えたら良い?その人を忘れるにはどうしたら良い?」
と思わず尋ねていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

処理中です...