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カケラ・その37
しおりを挟む翌朝、俺はばあちゃんにおにぎりのお礼を言うと、早速入り江に出掛けた。
やはりという気持ちとがっかりする気持ちが入り混じる。……そこに葵の姿は無かった。
今日は少し波が高いようだ。お盆も終えこの田舎町に海水浴で来る客も減った。
だがこの入り江はいつも通り誰もいない。そう俺以外誰も居ない。
確か、盆を過ぎると海月が出るようになるから海には入るなってじいちゃんに言われてたよな。
俺は波打ち際ギリギリを歩く。海月の姿は見えないが、水が少しだけ冷たい様な気がした。
俺は心の中で葵に語りかける。俺は他に何を見つけたらいいんだ?どうしたら、葵にまた会える?何が正解なのかわからぬまま、俺は海を眺めていた。
夕方、俺は諦めて入り江を後にした。もしかしたら『希』って呼ぶ葵が姿を現すのではないかと期待する事をやめられなかったのだが、空振りに終わった。
葵の本当の姿を……病院に居る葵を見つけない方が良かったのではないかと、俺は今更ながらに後悔していた。
「ごめんばあちゃん。俺今日も食欲ないや」
食卓の上には昨日元気が無かった俺の為に作られた俺の好物が並んでいる。ばあちゃんの優しさにグッと力を入れていないと、涙が零れそうだ。
「そうかい……まぁ、あんまり無理せん事だ。ゆっくりとお休み」
とばあちゃんは俺に近づくと背中を撫でた。
「ばあちゃん……」
ダメだ、泣くな。ばあちゃんが余計に心配するじゃないか。
「希。あんたは昔っから我慢強い子だったよ。コケて膝を擦りむいても泣かんかった。覚えとるかい?あんたにじいちゃんが自転車の乗り方を教えていた時の事」
ばあちゃんは俺の背を擦りながらそう言った。
そうだった……俺に自転車の乗り方を教えてくれたのは、他でもない、じいちゃんだった。大好きだったじいちゃん。じいちゃんが亡くなった時、おれはまだ子どもで『死』の意味をちゃんとは理解していなかった。
だから、また此処に来れば会えるんじゃないかと……そう子どもながらに思っていた事を思い出す。
あれから此処に来る事がなくなってしまったから、会えない事がじいちゃんが亡くなってしまったからなのか、俺が此処に来なくなってしまったからなのか、曖昧なまま、いつの間にか俺はじいちゃんの死を受け入れていた。
「覚えてるよ。じいちゃんが根気良く教えてくれたんだ」
「そうそう。あんたは何度転んでも口を真一文字にグッと結んで泣くのを我慢してた。膝から血が出ていても、何度も何度も乗れる様になるまで諦めなかったね」
そうだった。諦めたらじいちゃんに見放されてしまうのではないかと、それが怖かったんだ。
自転車でコケて怪我をする事より、俺はじいちゃんに嫌われるのが怖かった。
仕事ばかりの父親、あまり俺に感心のない母親。この田舎のこの場所が幼い俺の心の拠り所だった。
「そうだったね……」
「希……今のあんたはその時と同じ顔をしているよ。何があったのかは、ばあちゃんわからないけどね。あんたが泣いても、諦めても……誰も希を責めやしない。誰もあんたを嫌いにならんよ」
と言うばあちゃんの言葉に俺は、
「大切な人と会えなくなった時、……人はどうやってその悲しみを乗り越えたら良い?その人を忘れるにはどうしたら良い?」
と思わず尋ねていた。
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