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カケラ・その36
しおりを挟むそこからどうやってばあちゃん家に戻ったのか覚えていない。
頭の中には病室で横たわる葵の姿がこびりついていた。
俺は間違いなく葵とこの約三週間を一緒に過ごした。
病室に居る彼女は入り江で会っていた時よりも顔色が悪く見えたが、それでも葵だった。
俺が見間違えるわけがない。
玄関で靴を脱ぐ俺にばあちゃんが、
「希?どうしたんね!顔色がえらい悪いやないか。どっか悪いんか?気分は?」
と心配そうに尋ねる。俺は、
「ごめん、ちょっと気分が悪くて……夕飯いらないや」
とそれだけ言うと、部屋へと足早に戻った。
俺の頭の中は混乱していた。病室で青白い顔で横たわる葵と、あの入り江でとび跳ねる葵。どちらも間違いなく葵なんだろうが……俺の知っている葵は後者だ。
俺は布団を敷いてその上に寝っ転がった。眠たい訳じゃないが、頭の整理が追いつかずに、目を閉じる。瞼の裏にはいつもの葵の笑顔が見えた。
俺があの場所で出会ったのは……葵じゃないとしたら、誰なんだ。
小一時間程経った頃、控え目に襖の外からばあちゃんの声が聞こえる。
「具合はどうね。何か薬が必要かい?」
「いや、休んでたら良くなるよ。大丈夫」
『大丈夫』と言いながらも全然大丈夫ではないのだが、上手く説明する事も出来ない。
するとばあちゃんから、
「ここにおにぎりを置いとくから。お腹が空いたら食べるんだよ」
と声がかかって、コトンとお盆を置く音がした。
足音が遠ざかる。俺はそっと襖を開けた。
廊下には、二つのおにぎりとたくあんが皿に乗せられ綺麗にラップが掛けられていた。グラスには氷と麦茶が入っている。
俺はお盆を持ち上げると部屋へ入った。
おにぎりを口にする前に、まず麦茶を一口飲んだ。やっぱり美味しいや。
ばあちゃんは変わらずそこに居てくれる。麦茶の味も変わらない。それが何だがとても嬉しくて、俺はポロリと涙を零した。
俺は涙を手の甲と拭うと、ポケットから、葵の手紙を取り出した。もう一度便箋を広げる。
『みつけて』
何度読み返してもたった一行だけ。
俺は……葵を見つけることが出来たのだろうか?彼女は本当の自分を見つけて欲しかったのだろうか?ならばこれで彼女の望みは叶ったという事なのか?疑問は尽きない。
手紙を裏返してみたり、電灯の光に透かしてみたりしたけど、これ以上の手がかりはない。
俺はどうしたら良いのだろう。もう……葵と話す事は出来ないのだろうか?
色々考えてもこれ以上ここで出来ることはない。……なら諦める?それとももう一度病院に行く?
ぐるぐると考えが巡る。
俺は手紙をテーブルの上に置くと、また明日あの入り江に行ってみようと心に決めた。
少しだけ期待する。また葵のあの笑顔に出会えるのではないか……と。
明日やるべき事が決まり、少しだけ心が軽くなる。俺はおばあちゃんのおにぎりをラップを剥がして一つ摘むと口に入れた。やっぱりおにぎりも美味しかった。
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