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57話
しおりを挟む話しかけるタイミングを失ったまま、殿下がアパートの扉を開くのを見守った私は、少し遅れてその扉を開いた。
殿下が少し驚いた顔で振り返り私を見て、
「……おかえり」
と小さな声でそう言った。
私は、
「殿下もおかえりなさい。夕飯はいかがいたしますか?」
と玄関で靴を脱ぎながら声を掛ける。
部屋で靴を脱ぐのも普通になってきた。
すると殿下は、
「いや…すまないが、また出掛けるんだ。夕飯は必要ない」
と言葉少なに私に言うと何かを机から取って鞄に入れた。
必要な物を取りに来ただけなのだろう。殿下は部屋へと上がった私の横をそそくさと通りすぎようとした。
私はその殿下に、
「殿下、私、この部屋を出て行こうと思っています」
と声を掛けた。殿下は足を止めて私に振り返ると、少し驚いた顔で、
「……ここを出て何処に行くと言うんだ?」
と私に答えた。久しぶりに殿下と目を合わせたかもしれない。
「バイト先の店長から、部屋を貸して貰える方を紹介していただきました。ここは殿下のお部屋です。殿下はここに戻って来て良いのですよ?」
「ここは……ハヤトの部屋だ。私の部屋でもない。私と顔を合わせたくないのなら、私が出て行く。だからマイラが出て行く必要はない」
「私が出て行くのは単なる自立です。バイトを続けていける自信もつきましたし、お金を稼ぐ楽しさも知りました。殿下がどうとか…そんな事じゃありません」
…半分本当、半分嘘だ。でも自信がついたのは本当。前の自分は周りに侮られないよう王太子妃として張り詰めた生活をしていた。どんなに頑張っても誰にも評価されず、少しでも隙を見せれば指を差された。
ここでは、頑張ったら頑張った分だけ評価して貰える。自分の働いた対価を賃金として目に見える形で受け取れる。
私にとって、ここでの暮らしは驚きの連続だが、昔の自分より自分らしく生きているという実感が私には嬉しかった。
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