19 / 75
19話
しおりを挟む翌日、私はソワソワしながら、殿下の帰りを待っていた。
私も荷が着く場所へ向かいたいと殿下に伝えたのだが、殿下は『任せて!』と言って、出掛けて行った。
殿下が居ない…という事は私が自分の仕事だけに集中出来る、数少ない時間という事だ。
私は、殿下の執務室へと向かう。
昨日のうちに、私の執務室と共同という事に勝手にされてしまった為だ。
私が執務室へ向かっていると、殿下の執務室の前でエレーヌ様と、殿下の事務官が揉めていた。
「どうしたのです?」
と私が少し離れた所から、声を掛けると、揉めていた2人とエレーヌ様に付き添っていた侍女と護衛が一斉にこちらを見た。
エレーヌ様は私の姿を認めると、
「まぁ…妃殿下。何故こちらへ?」
と怪訝そうな顔で私に問いかけた。
うーん。いつもより態度が刺々しい。
すると、揉めていた事務官が、
「こちらの執務室は妃殿下と殿下の共同の執務室になっております。
ですので、先程も言いました通り、2人の許可がなければ、このお部屋には立ち入る事は出来なくなっております」
とエレーヌ様に私の代わりに答えた。
へぇ~。私の許可も必要なんだ…。殿下がそう決めたのね。
「共同?そんなの初めて聞いたわ!どういう事なの?!」
と食って掛かるエレーヌ様。
どうも、共同になったのは初耳だったらしい。執務室に入ろうとしたら、私の許可が必要だと止められた…って所か。
私は執務室の前に到着すると、困っている事務官に代わり、
「どういう事も何もありません。その事務官の言う通りです。
エレーヌ様が例え殿下から執務室への出入りを許可されていたとしても、私は許可しておりませんので」
殿下の考えは簡単にエレーヌ様をこの部屋へ入れさせない事だろう。
この前、待ち伏せされて怖かったと言っていたし。
私は咄嗟に殿下の考えを汲み取りエレーヌ様にそう答えた。
そして私は続けて、
「それに、殿下は只今ご不在でいらっしゃいます。執務室に何の用が?」
とエレーヌ様に向かって言った。
すると、エレーヌ様は、
「へ?殿下は出掛けているの?…じゃあ……私の言う事を聞いて下さったのね」
と独り言の様に呟いた。
『私の言う事』とは父を嵌める為の嘘の事だろうか?
エレーヌ様は殿下が彼女の言う事を真に受けて、父の積み荷を確認に行ったのだと思ったようだ。
私はつい不安になる。
…もし殿下が本当はエレーヌ様の味方で、私と父を陥れようとしているのなら?
いや…今はそんな事を考えても仕方ない。
殿下を信じるしか…そう考えながら、私は自分の中の矛盾に気づく。
いつの間にか、殿下を信用している自分がいる。
父の件が本当なら、そして殿下が父を助けてくれたなら、殿下の中身が殿下ではない誰かだと信じるつもりだったのに…。
私が黙っていると、
「そう…。なら殿下には後でお話があると伝えて」
とエレーヌ様は目の前の事務官に言うと、私の方へ向き直り、
「そういえば…最近、妃殿下はやたらと殿下の側に張り付いていらっしゃるとか?急にどうなさったのです?
今さら殿下に媚を売っても…」
と言ってクスリと笑った。
笑ってはいるが、目が笑ってない。
エレーヌ様も内心穏やかではないだろう。もう10日程殿下はエレーヌ様の元へ通っていない筈だ。
ここ3日は私と一緒だし。
「媚を売る?私が?エレーヌ様の目にはそう見えてますの?それならば、良い眼科医を紹介しますわ」
と私が扇で口元を隠せば、エレーヌ様は一瞬、怒りのオーラを纏った。
しかし、直ぐ様いつもの可愛らしい雰囲気に戻ると、
「まぁ…そんな風に仰らなくてもよろしいではないですか。妃殿下が私をお嫌いなのは重々承知しております。
しかし、私は妃殿下と仲良くなりたいと常日頃思っていますのよ?」
と小首を傾げる様子は小動物にしか見えない。
いつも私から虐められていると殿下に嘘を吹き込んでいるくせに…白々しい。
「嫌い?私、そんな事を思った事も口に出した事も御座いませんわ。
というより…貴女を気にした事も御座いません。私は私のやるべき事をやるだけ。
仲良くしようとは思っておりませんが、嫌うなんてとんでもない」
これは本当の事だ。殿下の事は大嫌いだったが、エレーヌ様には何の感情もなかった。殿下の話を聞くまでは…だが。
すると、エレーヌ様はハラハラと涙を流し始めて、
「そんな言い方…あんまりですわ。私は仲良くしたかったのに…」
と俯いた。
お付きの侍女が急いでハンカチを取り出し、エレーヌ様を慰めるように背中を擦った。
…馬鹿馬鹿しい。こんな事で泣く?
先に喧嘩を売ってきたのは、そっちでしょう?
43
お気に入りに追加
935
あなたにおすすめの小説
義妹に苛められているらしいのですが・・・
天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。
その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。
彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。
それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。
儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。
そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。
【完結】〝終の山〟と呼ばれた場所を誰もが行きたくなる〝最高の休憩所〟としたエレナは幸せになりました。
まりぃべる
恋愛
川上エレナは、介護老人福祉施設の臨時職員であったが不慮の事故により命を落とした。
けれど目覚めて見るとそこは、全く違う場所。
そこはお年寄りが身を寄せ合って住んでいた。世間からは〝終の山〟と言われていた場所で、普段は街の人から避けられている場所だという。
助けてもらったエレナは、この世界での人達と関わる内に、思う事が出てきて皆の反対を押し切って、その領地を治めている領主に苦言を呈しに行ってしまう。その領主は意外にも理解ある人で、終の山は少しずつ変わっていく。
そんなお話。
☆話の展開上、差別的に聞こえる言葉が一部あるかもしれませんが、気分が悪くならないような物語となるよう心構えているつもりです。
☆現実世界にも似たような名前、地域、単語などがありますが関係はありません。
☆勝手に言葉や単語を作っているものもあります。なるべく、現実世界にもある単語や言葉で理解していただけるように作っているつもりです。
☆専門的な話や知識もありますが、まりぃべるは(多少調べてはいますが)全く分からず装飾している部分も多々あります。現実世界とはちょっと違う物語としてみていただけると幸いです。
☆まりぃべるの世界観です。そのように楽しんでいただけると幸いです。
☆全29話です。書き上げてますので、更新時間はバラバラですが随時更新していく予定です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
作られた悪役令嬢
白羽鳥(扇つくも)
恋愛
血塗られたエリザベス――胸に赤い薔薇の痣を持って生まれた公爵令嬢は、王太子の妃となる神託を受けた。
けれど王太子が選んだのは、同じく胸に痣のある異世界の少女。
嫉妬に狂ったエリザベスは少女を斧で襲い、王太子の怒りを買ってしまう。
罰として与えられたのは、呪いの刻印と化け物と呼ばれる伯爵との結婚。
それは世界一美しい姿をした、世界一醜い女の物語――だと思われていたが……?
※作中に登場する名前が偶然禁止ワードに引っ掛かったため、工夫を入れてます。
※第14回恋愛小説大賞応募作品です。3月からは不定期更新になります。
※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる