死にたがりのうさぎ

初瀬 叶

文字の大きさ
上 下
32 / 34

ミミ

しおりを挟む
「手伝わせてごめんね」

「いや。大丈夫です」

葬式って忙しいんだな。喪服を持ってなかった俺は限りなく黒に近いグレーのスーツを身に纏っている。……ちょっと場違いか。

次は火葬場か……。そう思っていると、受付を頼んでいた女性から、

「私も火葬場、一緒に行っても良いかな」
と尋ねられる。

遺影に使った写真に……一緒に写っていたあの人の同僚って人だ。
あの人のスマホには職場の電話番号が残っていた。結局、仕事でトラブルがあった時の為に残していた様だ。真面目なあの人らしいっちゃ、らしい。

「あ……俺、ちょっとわかんないんで聞いてきます」
俺が背を向けると、

「あの……連絡をくれてありがとう」
そうその人は俺に言った。
振り返ると、その人は頭を下げながら、肩を震わせていた。

ほら、泣いてるじゃん。

俺が職場に連絡した事で、たくさんの弔問客が訪れた。
この人が学生時代の友達の一人の連絡先を知っていたらしく、高校、大学……いや、小中の友人だという人も結構来ていた。

そして、その訪れた人の殆どが泣いていた。遠方に居て、病気すら知らされていなかった人はショックを受けていた。

あの人は全然孤独じゃなかった。たくさんの人に囲まれた人。
確かに親族って言える人は少ない。でも、それが何だ?ってぐらい人に好かれてた人。血の繋がりだけが全てじゃないだろ?俺が良い例だ。

モルヒネを投与してから一日と三時間。
俺があの人の名前を呼ぶ事が許された、僅かな時間。

あの人の名前を知ったのは、藥袋に書かれた名前を見た時。結構可愛い名前じゃんって思った。だけど俺はずっと『おばさん』って呼んでた。
だって、それがあの人の望みだとわかっていたから。俺の名前を知りたがらない事も。だから俺はミミのままで居ようと思った。
だけど、どうしても最後に本当の俺を知って欲しくて、名前を耳元で言ったんだけど……きっと聞こえていないよな。



骨になったあの人を見るのが一番辛かった。正直、焼かないでくれって思ったけど、それは無理だろうから口にはしなかった。俺の描いたあの人の笑顔は棺に入れて一緒に燃やした。天国に持って行って欲しかったから。
あ、推しのうちわを入れるのは止めた。流石にそんな雰囲気じゃなかったんだ。ごめんな。

俺はポケットから預かっていた指輪を骨壺に鎖ごと入れた。ほら、俺は忘れなかっただろ?記憶力だけは良いって言ったじゃん。
あの人はまた意外だといった風にニヤけるんだろうな。

火葬場からの帰り、英二さんは

「葬式って、忙しいだろ?でも、これは残された人が悲しみに溺れてしまわない様に……って事だと思うんだ。忙しくしてる間は、割と忘れられるんだ……色々」
と寂しそうに微笑んだ。

「そうっすね」

「だから……少し経ったらガツンと来るよ。覚悟してて」
と彼は怖いことを言う。

俺はその日が来るのをビクビクして待つ羽目になりそうだと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

ある妻と夫

月(ユエ)/久瀬まりか
ライト文芸
結婚三十年になる夫婦の呟き。 妻視点と夫視点で書いています。 病気を表す言葉が出てきますので、苦手な方はご遠慮ください。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! 夫のカノジョ / 垣谷 美雨 さま(著) を読んで  Another Storyを考えてみました。 むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

処理中です...