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ミミ
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「手伝わせてごめんね」
「いや。大丈夫です」
葬式って忙しいんだな。喪服を持ってなかった俺は限りなく黒に近いグレーのスーツを身に纏っている。……ちょっと場違いか。
次は火葬場か……。そう思っていると、受付を頼んでいた女性から、
「私も火葬場、一緒に行っても良いかな」
と尋ねられる。
遺影に使った写真に……一緒に写っていたあの人の同僚って人だ。
あの人のスマホには職場の電話番号が残っていた。結局、仕事でトラブルがあった時の為に残していた様だ。真面目なあの人らしいっちゃ、らしい。
「あ……俺、ちょっとわかんないんで聞いてきます」
俺が背を向けると、
「あの……連絡をくれてありがとう」
そうその人は俺に言った。
振り返ると、その人は頭を下げながら、肩を震わせていた。
ほら、泣いてるじゃん。
俺が職場に連絡した事で、たくさんの弔問客が訪れた。
この人が学生時代の友達の一人の連絡先を知っていたらしく、高校、大学……いや、小中の友人だという人も結構来ていた。
そして、その訪れた人の殆どが泣いていた。遠方に居て、病気すら知らされていなかった人はショックを受けていた。
あの人は全然孤独じゃなかった。たくさんの人に囲まれた人。
確かに親族って言える人は少ない。でも、それが何だ?ってぐらい人に好かれてた人。血の繋がりだけが全てじゃないだろ?俺が良い例だ。
モルヒネを投与してから一日と三時間。
俺があの人の名前を呼ぶ事が許された、僅かな時間。
あの人の名前を知ったのは、藥袋に書かれた名前を見た時。結構可愛い名前じゃんって思った。だけど俺はずっと『おばさん』って呼んでた。
だって、それがあの人の望みだとわかっていたから。俺の名前を知りたがらない事も。だから俺はミミのままで居ようと思った。
だけど、どうしても最後に本当の俺を知って欲しくて、名前を耳元で言ったんだけど……きっと聞こえていないよな。
骨になったあの人を見るのが一番辛かった。正直、焼かないでくれって思ったけど、それは無理だろうから口にはしなかった。俺の描いたあの人の笑顔は棺に入れて一緒に燃やした。天国に持って行って欲しかったから。
あ、推しのうちわを入れるのは止めた。流石にそんな雰囲気じゃなかったんだ。ごめんな。
俺はポケットから預かっていた指輪を骨壺に鎖ごと入れた。ほら、俺は忘れなかっただろ?記憶力だけは良いって言ったじゃん。
あの人はまた意外だといった風にニヤけるんだろうな。
火葬場からの帰り、英二さんは
「葬式って、忙しいだろ?でも、これは残された人が悲しみに溺れてしまわない様に……って事だと思うんだ。忙しくしてる間は、割と忘れられるんだ……色々」
と寂しそうに微笑んだ。
「そうっすね」
「だから……少し経ったらガツンと来るよ。覚悟してて」
と彼は怖いことを言う。
俺はその日が来るのをビクビクして待つ羽目になりそうだと思った。
「いや。大丈夫です」
葬式って忙しいんだな。喪服を持ってなかった俺は限りなく黒に近いグレーのスーツを身に纏っている。……ちょっと場違いか。
次は火葬場か……。そう思っていると、受付を頼んでいた女性から、
「私も火葬場、一緒に行っても良いかな」
と尋ねられる。
遺影に使った写真に……一緒に写っていたあの人の同僚って人だ。
あの人のスマホには職場の電話番号が残っていた。結局、仕事でトラブルがあった時の為に残していた様だ。真面目なあの人らしいっちゃ、らしい。
「あ……俺、ちょっとわかんないんで聞いてきます」
俺が背を向けると、
「あの……連絡をくれてありがとう」
そうその人は俺に言った。
振り返ると、その人は頭を下げながら、肩を震わせていた。
ほら、泣いてるじゃん。
俺が職場に連絡した事で、たくさんの弔問客が訪れた。
この人が学生時代の友達の一人の連絡先を知っていたらしく、高校、大学……いや、小中の友人だという人も結構来ていた。
そして、その訪れた人の殆どが泣いていた。遠方に居て、病気すら知らされていなかった人はショックを受けていた。
あの人は全然孤独じゃなかった。たくさんの人に囲まれた人。
確かに親族って言える人は少ない。でも、それが何だ?ってぐらい人に好かれてた人。血の繋がりだけが全てじゃないだろ?俺が良い例だ。
モルヒネを投与してから一日と三時間。
俺があの人の名前を呼ぶ事が許された、僅かな時間。
あの人の名前を知ったのは、藥袋に書かれた名前を見た時。結構可愛い名前じゃんって思った。だけど俺はずっと『おばさん』って呼んでた。
だって、それがあの人の望みだとわかっていたから。俺の名前を知りたがらない事も。だから俺はミミのままで居ようと思った。
だけど、どうしても最後に本当の俺を知って欲しくて、名前を耳元で言ったんだけど……きっと聞こえていないよな。
骨になったあの人を見るのが一番辛かった。正直、焼かないでくれって思ったけど、それは無理だろうから口にはしなかった。俺の描いたあの人の笑顔は棺に入れて一緒に燃やした。天国に持って行って欲しかったから。
あ、推しのうちわを入れるのは止めた。流石にそんな雰囲気じゃなかったんだ。ごめんな。
俺はポケットから預かっていた指輪を骨壺に鎖ごと入れた。ほら、俺は忘れなかっただろ?記憶力だけは良いって言ったじゃん。
あの人はまた意外だといった風にニヤけるんだろうな。
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「葬式って、忙しいだろ?でも、これは残された人が悲しみに溺れてしまわない様に……って事だと思うんだ。忙しくしてる間は、割と忘れられるんだ……色々」
と寂しそうに微笑んだ。
「そうっすね」
「だから……少し経ったらガツンと来るよ。覚悟してて」
と彼は怖いことを言う。
俺はその日が来るのをビクビクして待つ羽目になりそうだと思った。
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