死にたがりのうさぎ

初瀬 叶

文字の大きさ
上 下
5 / 34

何でもない特別な日

しおりを挟む
「綺麗だね~」
ピカピカ光る電飾に彩られたパレードに目を輝かせていると、

「ここに来るの初めて?」
とミミが尋ねる。

「ううん。何回も来てるよ。でも何回見ても同じ様に感動するもん、私」

「うぇっ!てか、泣いてんの?何で?」

「綺麗なもの見ると感動しない?それにさぁ、ほら物語があるじゃん」

「ただ、歳のせいで涙腺緩んでるだけじゃねーの?」

「そうとも言う」

私はパレードから目を離さずに、そう答えた。目を離すなんて勿体ない。……私に次はないのだから。

ミミもそれからは憎まれ口を叩く事なく、二人で並んでパレードを眺めていた。


パレードが私達の目の前を通り過ぎる。沿道に並んでいた観客達もワラワラと散らばり始めた。
少しだけ寂しい気分になったが、口に出すのは憚られる。すると、

「何だか寂しいね」
とミミが呟いた。ミミが私の気持ちを代弁してくれたようで、少し嬉しい。ふと気を抜くと涙が溢れそうなのを何とか堪えた。


「うわ!見て、見て!パークが一望できるよ!お客さんが居なくなっても、働いてる人にはまだまだ仕事あるんだね~」

奮発したスイートルームの窓にペタリと張り付いて外を見る私に、

「荷物少し持つ気はないの?おばさん」
と後ろから、片手にトランクをゴロゴロ引いて、もう片方に飲み物やデザートを買い込んだコンビニの袋を持ったミミが声を掛けた。

「ジャンケンで負けたの、ミミじゃん」


「そう言えば小学生の頃、ジャンケンで荷物持ちとか良くやってたな。……俺いつも何でか負けるんだよ」

「だってミミって一番最初に絶対にパー出すもん」
私が振り返ってそう言うと、

「はぁ?!どうりでおばさんとのジャンケンもいっつも負けると思ってたんだよ!!何で言ってくれないんだよ!」
とミミは文句を言った。

「言うわけないじゃん。何で自分が不利になる事言わなきゃいけないのよ」

「いや、ずりーよ。まぁ、いいよ、今度からは絶対負けないから!!」
と意気込むミミに、

「ミミ、今度から勝敗はジャンケンじゃなくて、あみだくじで決めるから」
と私が言うと、ミミはまた『はぁ?ずりーよ!』と同じ言葉で私に抗議した。語彙力のない奴め。


この部屋はツインルームだ。ベッドとベッドは少し離れて並んている。
それを複雑そうに見ている男……そうミミだ。

「どしたの?」

「いや……普通、二部屋取らない?」

「スイートルーム取ったって言った時、お金の心配してたくせに。私にもっと散財しろって言うの?」
と私が言えば、ミミは少し困った様な顔をした。

同じ家で暮らしてるんだから、別に気にしなくて良いのに。


お風呂に入ってベッドに横になる。ミミは既に横になって目を閉じている。私はフットライトだけを点けたまま、ベッドサイドの電気を消した。
パークはとても広くて、結構歩いた。……腰が痛む。
私は起き上がって、フットライトを頼りに冷蔵庫に入れたミネラルウォーターを取り出した。痛み止めを飲む為に。

「……痛むの?」
目を開けたミミが私に尋ねる。 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「まだ寝てなかった」
と言ってミミはまた電気を点けると、起き上がった。

「寝てていいよ。私も飲んだら寝る」

「腰?」
私はその問いに答えずに、薬を飲んでさっさとベッドに横になった。

ミミはそんな私に近づいて、私の寝ているベッドの縁に腰掛けると、私の腰を布団の上から擦り出した。

「……何で腰だと思ったの?」

「膵臓癌って腰が痛むって……」

「調べたの?」
と尋ねる私の問いに、今度はミミが答えなかった。そして、

「すっげぇ痛むって……」
と小さな声でミミが言う。

「実はさ、私の母親も膵臓癌で死んだのね。我慢強い母だったけど、痛いって……言ってたな」
私は、そんな母の腰を今のミミと同じ様に擦っていた事を思い出した。

ミミは何も言わず、ずっと私の腰を擦っていた。痛み止めが効き始めた私は、はしゃぎ疲れた事もあって、いつの間にか眠りについていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...