本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶

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第73話

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「お久しぶりです、デービス様」

「本当だね。相変わらず忙しいの?」

「はい。卒業式もあるし、結婚式も半年後に決まりましたし……。ところでデービス様、私に言う事ありません?」

私がデービス様の向かいに腰掛けながら問いかけると、彼は苦笑いした。

「仕方ないだろ?フェリックス殿に頼み込まれたら断れなくて」

「ステファニー様の時には断ったのに?」

「……意地悪言わないでくれよ。僕としては君のドレスを作るって言うからローレンの事を教えたんだ。ステファニー嬢のドレスって言うんだったら、絶対に教えなかったさ」


「フフフッ。ありがとうございます。お陰で卒業式でも、またローレンさんの素敵なドレスを着る事が出来そうです。本当はあの夜会のドレスを着て出席しようと思っていたのですが、アイーダ様にそれを言ったら呆れられちゃいました」

私が肩を竦めると、デービス様はホッとした様子だった。

「それを聞いて安心したよ。メグにご令嬢として恥をかかせなくて済んだって事だね。
でも……あの時のフェリックス殿は必死だったなぁ……『夏の夜会のマーガレットは悔しいけれど、とても可愛かった。あのドレスを何処で買ったのか教えてくれ!』ってね。僕が渋ると、自分が今までどれだけ阿呆だったのかを語って聞かせてくれてね……興味深かったよ、ある意味」

デービス様はその時を思い出しているのか、クスクスと笑った。

「悔しいって……」

「あのドレスを用意したのが僕だった事が、今更ながら悔しかったらしいよ。それと……今までずっと君の隣に立つ権利を放棄していた事もね」

「そうですか……」
私は少し恥ずかしくなって俯いた。そんな私にデービス様は静かな声で言った。

「でも……今日会えて良かったよ。僕……明日この国を発つ予定なんだ」

「明日?!そんな、急に……」

私は動揺して聞き返した。

「少し前に……父が亡くなったらしいんだ。その話をつい先日聞いてね。もう葬儀も何もかも済んでしまったらしいんだが……一度国へ帰るつもりだ」

「でも………」

その国と家を捨てたのはデービス様だ。私は少し心配になる。デービス様が戻る事で、また実家の義母とトラブルになるのではないか……と。

「大丈夫。実家には近寄らない。別に亡命した訳じゃないし、もう実家は弟が継いでいる。僕はあの家とは関係ない人間だよ。……でも、父は父だ。墓前に花ぐらい手向けたいと思ってね」

「そうでしたか……。デービス様がそうお決めになったのなら。気をつけて」

私にはそれが精一杯の言葉だった。

「おいおい、そんな悲痛な顔をしないでくれよ。もう済んだ事だ。僕にとっては全て過去だよ。過去に囚われていては前に進めない。きっとこれは僕にとって必要な事なんだよ。それに……そのまま僕は世界中を旅するつもりだ。今から楽しみなんだ。旅先から手紙を書くよ。君もいつか……いや、それは彼が許しそうにないな」

そう笑うデービス様の顔は晴れ晴れとしていた。


「デービス様からのお手紙、楽しみに待っています。いつか……私もデービス様の様に旅をしてみたいです。……叶うなら、ですが」

私もそう言って笑った。
本当は寂しい。もうこの図書館に来てもデービス様は居ない。そう思うと少し泣きそうになるのをグッと私は我慢して、右手を差し出した。

「この場所でデービス様に出会えて、本当に良かった。デービス様の書いた小説を楽しみにしていますね」

「僕もだ。この国を好きになれた理由に、間違いなく君の存在がある。君の様に純粋に物語を楽しんでいる人が居ると思うと、僕も頑張って本を書こうって思えるよ。君の様な人達に僕の物語を届けられるように……ってね」

そう言ってデービス様は差し出した私の右手をキュッと握って、私達は固い握手を交わす。

デービス様は最後に、

「幸せになるんだよ。君はもっと欲張りになって良いんだ」
と笑った。
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