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その94

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とりあえず、移動で疲れたであろう殿下の着替えを済ませ、お茶を淹れる。

いよいよ、私の口から殿下へ、クリス様の婚約者になった事、そしてランバンへは付いて行けない事を伝えなければならない。

「殿下、少しお話してもよろしいでしょうか?」

「?何?改まって」
殿下は不思議そうに、私に訊ねる。

「実は、私、殿下に付いてランバンには行けないんです。ここ、ベルガ王国の王太子殿下に婚約者として、この国に残るよう言われております」
私は一気に全てを言い切った。

殿下は、

「…そう。わかったわ」
とそれだけ言うと、特に興味もなさそうに、私の淹れたお茶を飲んだ。

私は心の中で、(え?それだけ?)と思ったが口には出さない。正直、拍子抜けだ。

すると殿下は、

「何?引き留めて欲しいの?」
と私に意地悪そうな笑みを向けた。

「いえ…そういう訳では…」
と私が口ごもると、

「良かったじゃない。あんたみたいな能面女でも良いって言ってくれるんだから、それで。
私もあんたみたいな無表情の女を一生側に置いておいたら、私まで無表情になりそうだったもの。丁度良いわ」

「…私は殿下のお側に一生張り付いておくつもりでしたけどね」

「…なら、あんたを引き取ってくれた王太子殿下に感謝しなきゃ」

そう言いながらも、殿下の目には光る物があった。

それを指摘しても、きっとこの天邪鬼な王女様は絶対認めないだろう…私はそれを見て見ぬふりをした。

私が黙っていると、殿下は1枚の絵姿を見せてくれた。

それは、イヴァンカ様から、殿下が馬車に乗る前に手渡されていた物だ。
さっき、私がお茶を用意している時に、殿下はそれを眺めていた。

「これは?」
と私が訊ねると、

「私の婚約者になったブロア殿下よ。優しそうよね」

「本当に…とても穏やかそうです」

その絵姿に描かれた男性は、とても穏やかそうに微笑んでいた。
殿下が今までお気に入りだった男性達のような美丈夫ではないが、纏う雰囲気がとても温かそうだった。

「それと、これ」
と手渡してくれたのは、手紙だ。

「私が読んでも?」

「構わないわ」

その手紙は、ブロア殿下からだった。
婚約が整った際、イヴァンカ様の元へ届けられたそうだ。
その手紙には、まだ見ぬミシェル殿下への気遣いの言葉が並べられていた。
ベルガ王国での事を全てご存知であるブロア殿下だが、その事については触れておらず、政略結婚ではあるが、お互い歩み寄って支え合える夫婦になりたい事。
その為には、努力は惜しまないと。そしてミシェル殿下に会えるのを楽しみにしていると書かれていた。
手紙を読んでいる私に、殿下は、

「私も、努力しようと思う。王女に生まれて、特に不自由もなく生きてきたのに、結婚だけは不自由なのが、とても嫌だったの。
でも、やっと自分の役割を理解出来たし、今回の結婚については納得してるし、有難いと思ってる。
フェルト女史のように、自分で自分の居場所を切り開く程の度胸も力もないけど、与えられた居場所を大切にする事は出来ると思う。
その為の努力はするつもり。ブロア殿下にも、ちゃんと自分を認めて欲しいから。
だから、あんたも…頑張りなさい」
殿下は、私を見てはっきりと言った。

いつの間に、殿下はこんなに大人になったんだろう。私ですら気づいていなかった。
でも、イヴァンカ様は気づいていたのだろう。だからあのタイミングでこの2つを殿下に渡したのだと思う。

「はい。私も殿下に負けぬよう、努力いたします」
と私は頭を下げた。

その言葉に殿下も、

「私があんたに負ける訳ないじゃない」
といつもより柔らかな声で微笑んだ。
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