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その90
しおりを挟むクリス様は、私を王城に連れて帰りたがったが、私は明日、改めてミシェル殿下の元に戻る予定にしていたので、丁重にお断りした。
公爵領と王都は近いが夜なので馬に乗るのも危ないから、泊まってはどうかと言うイヴァンカ様の提案に、クリス様の、『今日の仕事が殆んど手付かずなので、帰らなければならない』と言う答えを聞いて、申し訳なく思った。…間違いなく、私のせいだろう。
クリス様は結局、渋々ながら、王都へ帰っていった。
今夜は公爵邸に泊めてもらい、明日の朝私は、ミシェル殿下の元へ向かう。
公爵邸の侍女の方がついているとはいえ、やはり心配だ。
あんなに嫌い……いや、少しオブラートに包んで言えば苦手だったミシェル殿下だが、後1週間程でお別れしなくてはならないと思うと……何だか…うん。
寂しいって言ってしまうのは、ちょっぴり悔しいけど、やっばり寂しい…。本当にちょっぴりだけど。
なので後1週間は、悔いのないように殿下のお世話をしようと私は心に決めた。
しかし…公爵邸で私に用意された客間が、豪華過ぎて、身の置き所がない。
まず、広すぎる。
ベルガ王国の王城にある部屋も、3人用を1人で使っていたので、広くはあったが、所詮は使用人用の部屋だ。
華美ではないし、此処よりは狭かった。
実家なんて、貴族とは名ばかりの小さな屋敷だったし、アルティア王国の王宮の使用人用の寮なんて、辛うじて個室に入れていたが、ベッドと小さな机に、服を3着も掛けたらぎゅうぎゅうのクローゼットだけで、目一杯の広さしかなかった。
なので、狭い所の方が落ち着くのは、貧乏性の私には仕方ない事だと思う。
この客間に案内された時、自分には相応しくないと固辞したのだが、
『貴女はこの国の王太子殿下の婚約者なのよ?当然の待遇だわ。
シビルはずっと侍女として働いてきたけど、これからは、使用人を使う立場になるの。
それ相応の振る舞いも必要になるのだから、これぐらいの事には慣れた方が良いわよ?』と言われてしまった。
そう言われると、何も反論出来なかった。
しかし…こんな豪華な寝台で眠れるんだろうか?私はベッドの肌触りの良いシーツを撫でながら溜め息をつく。そして、ベッドについてる装飾をみて、また溜め息。
こんな豪華な装飾…寝てる間に、壊したらどうしよう…。
お世話をする時には散々見てきた豪華な家具も、きらびやかな装飾も、こんな風に感じた事はなかった。
自分が使うと思うと…はぁ…。恐ろしくて仕方ない。
私、こんなんで、王太子妃なんてなれるのだろうか…。
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