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その54

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フェルト女史と殿下の授業が終わり、私は帰る女史に声をかけた。
殿下の事はレジーに頼んでいる。

「フェルト女史。少しお話をよろしいでしょうか?」
と失礼を承知で呼び止める。

女史は、
「あら、シビルさん。どうしたの?」
と目を丸くしたが、

「話なら、何処かに座りましょうか?」
と言って、ある部屋に案内してくれた。

…正直、畏れ多い場所である事は間違いないが一応私は訊いてみる。

「こちらは…」

「主人の執務室よ。隣に応接室があるから、そちらでお話しましょう」
と言って私を部屋のソファーに座らせると、メイドにお茶の指示を出した。

「で、私にお話って?」
と私に向き合い、フェルト女史が訊ねてくれる。私は、

「あの…フェルト女史はこの国に来た時、何もアテは無かったんですよね?どうやって、女性1人で、生きていく力を付けていったのでしょうか?」
と質問した。
フェルト女史は少し驚きながらも、

「私はこの国に来た時、ほんの少しの着替えとほんの少しの宝石しか持ってなかったのだけれど、たまたま国境を越えた後に出会った夫婦に親切にして頂いたの。
そのお家に住まわせて貰いながら、仕事を探したわ。
でも、私は人間だし、今まではただの貴族令嬢でしょう?最初は全く何処にも相手にされなかったの。
私に出来る事は、読み書きや、算術だったから、主に教師や家庭教師の仕事を探したけれど、全然無くて。
でも、職業紹介所にしつこく何度も何度も通っていたら、ある商会の経理の仕事をやってみないかって言って頂いて。そこで働き始めたわ。
最初は失敗ばかりで…本当に自分は何にも出来ない人間なんだって思い知らされたの。
でも少しずつ仕事を覚えて、なんとか人並みのお給料を貰えるようになった時、今までお世話になっていた家を出たの。
国から持って来た宝石は、そこに全て置いてきたわ。
お礼…なんて言うのは烏滸がましいかもしれないけど、今でも感謝しているし、父と母だと思ってるの。本当の父や母より、私を大切にしてくれたから」
…きっと、穏やかに話をしているけれど、当時は想像出来ない程の苦労があったに違いない。

「苦労…されたんですね」
…何だか軽い言葉に聞こえるが、それしか私には言えなかった。

「そうね。確かに大変だったわ。でも、人間、必死になれば何でも出来るものよ。
婚約破棄に国外追放、それに家族からの裏切り。あの時は死んでしまいたいと思ってたけど、私が今は父母と思っている2人がね、『死ぬのはいつでも出来るけど、生きる事は今しか出来ないよ』って言ってくれたの。
今でもその言葉を胸に頑張ってるのよ」
そうフェルト女史は微笑んだ。

此処をクビになるかもしれないと不安になっていたけれど、私も必死になれば、何でも出来る気がして、少し心が軽くなった。
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