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その35

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私は殿下のドレスを脱がせ、湯浴みをさせる。

本来なら、湯殿にいる侍女と、外で体や髪を拭き、乾かし、整えるのは違う侍女が行うのだが、なんせ、此処には私1人。
あっちもこっちも私1人だ。

重労働が終わり、殿下が寝台へ行けば、やっと私の夕食の時間。

私は殿下が寝室で休んだのを確認し、自分の夕食を取りに、厨房へ向かおうと扉を開けて、叫びそうになる。

そこには、クリ…王太子殿下が腕を組んで仁王立ちしていた。

既のところで、叫び声は堪えるも、びっくりして私は思わず扉を閉めようとした。

王太子殿下はその扉に閉まる寸前で足を挟む…閉められなかった…。

「おい!何故閉める?」

「いえ、あの…びっくりして…」
と私は答えるも、扉のノブからは手を離せない。
出来れば閉めたい。
だって、何故か王太子殿下が不機嫌そうだから!


「後で話があると言ったろう?」

と王太子殿下は言うが、そんな事、真に受ける訳がない。
だって、この国の王太子殿下が、侍女に話がある訳がないだろう。

普通なら、王太子殿下なんて雲の上の人。話し掛ける事も、話し掛けられる事も滅多にないのだ。

「はぁ…確かにそうお聞きしましたが…」
と私がゴニョゴニョ言っていると、

「とりあえず、此処ではなんだ。ついてこい」
と言われる。

……私は殿下の湯浴みでヘトヘトだし、お腹も空いている。
何故今なのか?

「あの…私、夕食を取りに厨房へ…」
と私が言いかけると、

「わかってる。夕食は用意しているから、早く来い。これは命令だ」
と言われてしまった。

命令…私の主は、王太子殿下ではないのだが…断る事は出来ないよね…。

扉の前に控えている護衛も、私達のやり取りを唖然としたまま見つめている。

そりゃそうだろう。これだけ見たら、私が何かして、王太子殿下から罰せられる様に見えるのではないか?

私は何もやっていない。…筈だ、多分。


私は先を行く王太子殿下の後を追う。

扉の前の護衛には、少し部屋を離れる事を伝え、くれぐれもミシェル殿下を頼みますと言付けた。


王太子殿下はそのまま、医務室に向かっている。

「あの…王太子殿下。私のこの傷はもう診てもらっております。
お薬も頂いておりますので、どうぞお気になさらず…」
と私は言うが、

「血が滲んでいる。黙ってついて来い」
と私の意見は丸っと無視だ。

私は結局その後を黙ってトボトボとついて行った。

医務室の扉を王太子殿下が開けると、

「あれ?クリスティアーノ?どうした?怪我でもしたか?それとも、食あたりか?」
と聞き覚えのある声がする。
キャンベル医師だ。

「違う。俺じゃない。彼女を診てくれ」
と言って、王太子殿下で隠れた私を、殿下はそっと前に押し出した。

「あれ?シビルちゃん?どうしたの?頬の傷が痛みだした?それとも別の傷?」
と私の顔をキャンベル医師は覗き込んだ。

「おい!知り合いか?」
 と私の肩を掴んで、王太子殿下が訊ねる。
…だから、1度診てもらっていると言ったじゃないか…。

私の答えより先にキャンベル医師が、
「頬の傷、僕が診たんだ。薬、合わなかったりした?」
と私にキャンベル医師は優しく訊ねてくれる。

私は、
「いえ。ガーゼを外していたら、また血が滲み始めたみたいで…痛みはないですが…あの…王太子殿下にご心配をお掛けしたみたいで…」
と、ボソボソと答えると、

「なんだ~。そっか。また痛みだしたのかと心配したよ。確かに、血が滲んでるね。じゃあ、こっち座って?
ガーゼ、なんで外したの?」
とキャンベル医師は私の頬の血を拭い、傷口に薬を塗りながら私に訊く。

「あの、今日はミシェル殿下が陛下の晩餐会に招待されまして。流石にそこで、頬にガーゼを当てたままだと、目立ち過ぎると思ったんです。
晩餐会が終わってからも、色々と仕事をしてる内に、すっかりガーゼを着ける事を忘れてしまって…」

そう私が答える間も、キャンベル医師は、手当てをサクサク終わらせていく。

王太子殿下は、それを黙って見守っているだけだ。

「さ~てと。これで大丈夫だよ。薬、沁みなかった?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。お手数お掛けしました」
と私がお礼を言うと、

「いいよ~。いつでもおいでよ。なんなら、毎日でも、僕が手当てしてあげようか?
僕としてはその方が、毎日シビルちゃんに会えて嬉しいんだけどな。
考えるとその方が、僕にとっては得だよね?だって、シビルちゃんに僕の事、知ってもらえるチャンスだし。
その方がシビルちゃんが、僕を好きになってくれる確率も上がるでしょ?」

とキャンベル医師が無邪気に私に提案すると、今まで黙っていた王太子殿下は、

「おい!オットー!何を口説いてるんだ?!」
と慌てたように、キャンベル医師に言う。
すると、

「え?だって、僕、シビルちゃんに交際申し込んでるんだもん」

と事も無げにキャンベル医師は答えた。
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