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第32話
しおりを挟む泣いている母をロイは抱えるように立たせると、私に、
「クロエお嬢様……いえ、オーヴェル侯爵。今まで長い間お世話になりました。
お母様の事は私にお任せ下さい。それでは失礼いたします」
と頭を下げた。
「後は貴方に任せるわ。今まで長くオーヴェル家に仕えてくれた事、感謝しています」
との私の言葉に、ロイは少し寂しそうに微笑むと母を連れて部屋を出て行った。
部屋には私1人になる。
……疲れた。
一時、ボーッとしてしまう。
すると、部屋をノックする音が聞こえ、私は我に返った。
廊下で控えていたマルコ様から、
「ジュネ公爵様がお見えでございます。応接室へお通しいたしましたが、よろしかったでしょうか?」
と声がかかる。
私は返事をして、応接室へ向かった。
「お待たせいたしました」
と私が声を掛けると、何故か窓際に立っていたセドリックが振り向いた。
……何故座っていないのかしら?
「彼女は……エンデ修道院に?」
と言いながら長椅子に腰かけるセドリックに合わせて、私も向かい側に座った。
「ええ。さっき出発した筈よ。後はロイに任せたから、見送る事はしなかったの。母も私の顔など、もう見たくないでしょうから」
「そうか」
言葉少ないセドリックに少し違和感を覚える。
いつもなら、もう少し憎まれ口でもたたきそうなものなのに。
私はそんなセドリックに、
「どうかした?何だかいつもの貴方とは違うみたい」
「うん?……まぁ、ちょっとな」
奥歯に物が挟まったような話し方だ。
「貴方が母の行いを不問にしてくれた事、本当に感謝してるの。改めてお礼を言うわ、ありがとう」
「あぁ。……その事なんだがな。あれから良く考えて、流石に何にも見返りなし……ってのは、ちょっと割に合わないかもな、と」
え?不問にしてくれるのではないの?……確かに、公爵を傷つけて只で済むなんて虫のいい話だとは思っていたが。
「それはそうよね。と言っても母の馬車を今から追いかけるから……」
と私が腰を上げようとすると、
「あ!いや……、前公爵夫人を今さら罪に問うつもりはない。だが、他のもので埋め合わせをして貰いたいんだ」
と、セドリックは私をもう1度腰かけるように手で促した。
「侯爵家として責任を取れと言うなら、私はそれを受け入れるわ。それほどの事を母はしたもの。私に出来る事は何でもする」
私は覚悟をした。セドリックの事だ、私を牢屋に入れるような事はしないだろう。
考えられる事は、共同事業での利益の分配割合を変える事ぐらいか。それぐらい甘んじて受けよう。
この事業はきっと上手くいく。損をする訳ではない。オーヴェル侯爵家が傾くような事態にはならない筈だ。
すると、セドリックは少し笑って
「『何でもする』とそう言ったな?……ならばクロエ、俺と結婚しろ」
とそう言った。
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