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88話

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「カークランド、今日はありがとう」
その静寂を破ったのは陛下のその一言だった。

「いえ……私の方こそ。記憶が戻ったとしても元の自分にはもう戻れないと……そう思っておりました。ある意味、私も共犯です。罰を受けます」
カークランドは深々と陛下に向かって頭を下げた。

「お前はもう罰を受けた。いや……ジョージ・カークランドは一度死んだんだ。存在しない者を処分する事は不可能だ。ところで、今は何という名を?」

「今はラッセルと。妻の亡くなった祖父から名を頂きました」


「そうか、良い名だ。今言った通り、お前はラッセル。もうカークランドではない。ジョージ・カークランドは自身の死をもって罪を償ったという事だ。……今は幸せに暮らしているな?」

「はい。妻は死にかけた私を助けてくれただけではなく、普通の生活が出来る様になるまで面倒を。その間、献身的に私を支えてくれて、結婚するに至りましたが、妻には心から感謝しております。
今は村で小麦を作る傍ら、林業も営んでおります。裕福ではありませんが、人並みの暮らしは出来ております。騎士をしている時は近衛になりたくて……正直腐っておりました。だから、あんな馬鹿な話を真に受けて……」
と少し俯くカークランド……いやラッセルに、陛下は、

「貴族の三男というのは、難しい立場だ。貴族として贅沢を知った者が、平民として暮らすのは困難だ。
良い婿入り先を見つけるか、騎士として手柄を立てて騎士爵を得るか……。プライドの高い貴族にはその二つぐらいしか選択肢がないだろうからな。だが、お前は今、幸せだと言った。死にかけたのかもしれんが、ある意味怪我の功名だったのかもしれんな」
と言って彼に頷いてみせた。

「その通りだと思います。あの時の私も変なプライドに縛られておりました」
と少し微笑むラッセルは幸せそうに見えた。

「もういいぞ。ご苦労だった。奥方が心配しているだろう。馬は用意している。持って帰れ」
と言う陛下に、ラッセルは意を決した様に顔を上げ、躊躇いながらも口を開いた。

「あの……一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?申してみよ」

「ローランド殿…、ローランド様はこれから……どうなるのでしょう」

そう言ったラッセルの顔は、心からローランド様を心配している様だった。
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